172. 怒りの矛先
「___さい…」
(なんだ…?どこからか声が……)
「___さいよ…」
(というか俺なんで眠ってたんだ?確か……マールとレイが捕らえられてて…)
「起きなさいって言ってるでしょ!?」
「ん…?」
「ふん!やっと起きたわね?」
仁王立ちした勝ち気で美人ないかにもわがままお嬢様って感じのやつが目の前にいた。
「誰だお前?」
「わたくしのことを知らないとは随分と低能な暮らしをしてきたんですのね!」
「………お前を知ってたところで俺の人生に何ら優位に働くことがあるとは思えんな。」
「なんですって!?あなたのような下民にそんなことを言われるような筋合いはありませんわ!」
(お話にならないな。今更こんな高飛車お嬢様が今更出てくるのか?)
「まあいい、ここはどこだ?」
「スライト王国の地下牢ですわ!それももっとも厳重な『死の堅牢』ですのよ!」
(随分と大層な名前をつけられてるようだな。こういう名前がついてる時は脱出者0とかそういう感じなんだろう。)
「魔法は相変わらず使えねえか……」
「あなた魔法使いなんですのね?でもここでは何の力も出せませんわ。床にある魔法陣が魔法妨害の役割を果たしていますの。」
「……魔法妨害というよりは魔力妨害だな。魔気解放も使えないし、体の中の魔力が乱されて気分も悪い。」
「わたくしも最初はそうでしたわ。でももう慣れてしまいました。あなたもすぐに慣れますわよ?」
こんな環境なら是非とも慣れたくない。だが今の俺にできることは恐らくない。これはハクたちの救護を待つしか無さそうだ。
「現状は分かった。あと俺はお前を知らない。そんなに自己評価が高いなら自己紹介でもしてくれよ。」
待ってましたと言わんばかりに胸に手を当てて得意げに宣言する。
「ふふん!わたくしは偉大な帝都ウォルキデシス第一王女、ソフィ=ウォルキデシスですのよ!無礼な態度を弁えなさい下民?」
「帝都…?」
ドクン!
(ああ、やっと見つけた。俺の…俺達の故郷を滅ぼした元凶。しかも第一王女だって?忌々しい、憎い、恨めしい!俺から大切な多くのものを奪ったゴミ共、あんな国滅べばいい、滅んで当然。)
「な、なんですの下民?いきなり立ち上がったりして…」
心臓の鼓動が荒くなっていく。今は俺を止めるものはいない。なら存分にストレス発散させてもらうとしよう。
(魔法が使えないのが実に惜しい。せめて魔気解放さえ使えればな…)
手錠や足枷のようなものはない。よっぽど自分たちの技術に絶対的な自信があるんだろう。それが今はありがたかった。
「ち、近寄らないでくださいまし!あなたのような下民はわたくしに触れることすらおこがまし_」
彼女が何かを言い終える前に鳩尾に深く拳を入れる。
「ゴフッ…!」
「これで終わると思うなよ?お前らのようなゴミは一度殴った程度じゃ気が収まらねえ。」
無様にも横たわり、殴られた個所を押さえて顔をしかめながらも俺を睨んでくる。
「い、痛いですわ……このわたくしにこんなことを…!あなた絶対に許しませんわ!」
「もう黙れよ。」
容赦なく顔面を殴りつける。彼女の整った顔がどんどん腫れていき、困惑と絶望が入り混じった瞳で俺を呆然と見つめる。
「強いやつが正義。そういう考え方なんだろ?お前ら帝都ってやつらは。だから侵略戦争だってするし、その土地の領民だって皆殺しにする。だったら俺もお前らのやり方でお前に何度も拳を入れてやるよ。安心しろ。殺しはしない。むしろ殺させねえ。死んだら終わっちまうからな。」
「や、やめてくださいまし……わたくしは…」
「黙れと言ったはずだ。」
そうしてその空間には鈍い音と彼女の悲鳴で満ちていく。巡回の警備員が来た時にソフィと引き離され、警備員に蹴られたり殴られたりされる。
(こいつらは絶対に殺す。俺の本来の力が戻ったら真っ先に潰す。帝都も潰す。俺から奪おうとするものは全部潰す。)
溢れ出る黒い感情。本来のエルラルドの魂の怒りが漏れ出ていたものだと思っていたが、違うようだ。この怒りと憎しみは全てこいつで発散させてもらうとしよう。
そうして地獄のような数日が過ぎていく。食事や睡眠、巡回などといった時間以外は徹底的に彼女に暴力を振るう。見つかっては警備員に暴力を振るわれるが、それでも衝動は抑えられなかった。
あれだけ傲慢だった王女も今はすっかり意気消沈しており、虚空を見つめる廃人になってしまった。
(つまらない。反応がない。まるで俺が悪人みたいじゃねーか。悪いのはこいつらだ。俺をここまで歪ませた張本人。これぐらい当然の報いだ。)
そうして暴力を続けていたある日のことだった。
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「エルラルド=アルセトラ。お前の処刑が決まった。今から3日後、民衆の前で公開処刑だ。」
「………何故俺を固執する。俺に執着する理由はなんだ。」
その時、見張りの後ろから聞き覚えのある声がする。
「久しぶりだなエルラルド=アルセトラ君。実に無様な姿じゃないか。」
寒そうな名前のあのクソ貴族だ。
「………お前か。そう言えばお前はここの王子なんだったか……で、俺に逆恨みでもしに来たのか?」
「逆恨みとは聞き捨てならないな。僕の所有物を奪ったのは君だろ?これは立派な窃盗だ。」
「窃盗だと?あの決闘の条件で了承したのはお前だろ。正当な権利だ。」
「口約束だろ?それになんの意味があるんだ?僕が言ったという証拠は?」
流石は貴族、汚いな。テンプレな汚さだ。
「………たかが窃盗で処刑とは随分と規制が厳しい国なんだな。」
「ただの窃盗じゃないだろ?王子である僕の物を盗むのが下の物の窃盗と同じとでも?価値が違うんだよ価値が。」
相変わらずの上から目線。俺が魔法を使えないということがよっぽど嬉しいらしい。よく喋る。
「安心してくれ。君は僕が直接裁いてあげよう。」
「………今殺せば早く済むんじゃねーのか?」
「何も分かってないな。公開処刑することに意味があるんだ。」
自分より上を認めたくないとかいう貴族特有のプライドらしい。
「目的は何だ?………俺の家族に手を出すつもりなら許さないぞ。」
「ああ…それもいいだろうね。猫もかなり発育していたらしいし、君の妻というのもきっと素晴らしいだろう。ああ、妹もいたんだっけ?そいつが君みたいになるのは面倒くさいし、そっちは殺すのもありかね。」
理性が崩壊しそうになるのを必死に堪える。こいつにだけは弱みを1ミリも見せてはいけない。
「………ふぅ、だったら俺はお前の全てを壊してやるよ。お前の物からこの国全てまで全部な。」
「それは楽しみにしておくよ。それじゃあ僕は忙しいから3日後にまた会いに来るよ。」
「二度と来るなクソが。」
最後に俺に向けて雷電速射魔法を放ち、高笑いしながら兵とともに去っていく。
「チッ…!いい気になりやがって!」
処刑される前に逃れたとしてその後がどうしようもない。結局待つしかないのだ。
(まだかよ…!早く来いよハク!何してんだ…!主の危機なんだぞ…!)
そうして彼の収まらない怒りは再びソフィに向けられた。