143. 馬鹿兄貴
「魔素を自分の魔力に変換だって…?」
「お兄ちゃーん!レイ合格したよ!」
駆けて来たかと思えば勢いよく飛びついてくる。
「よっと。よしよし、よくやった。」
「エル、私もいるんだけど?」
マールは後ろからギュッと抱きしめてくる。美少女サンドイッチの完成だ。片方は妹だけど…
「マールはどっちだった?やっぱり首席か?」
「ううん。首席になったらレイちゃんと一緒にいられなさそうだし辞めといた。」
「首席を蹴ったのか。まあマールなら飛び級で簡単に卒業できそうだけどな。」
俺で卒業できたんだからマールでもできると思う。
「レイ何回も言ったんだよ!マール姉は首席合格の方がいいって!」
「そしたらレイちゃん一人になっちゃうでしょ?それは可哀想よ…」
「レイもう大人だもん!友達ぐらい作れるんだから!マール姉は邪魔しないでね!」
「と本人は言ってるぞ?」
「レイちゃん……」
「過保護なのもいいけど、束縛しすぎるのも良くないんだぞ?」
「まあそれはわかるけど……」
ぶつぶつ言いながらも大人しくなる。
「マール、気持ちはわかる。だからこれに免じて許してやってくれ。」
マールの顔を寄せてキスをする。
「も、もう!エル!不意打ちはずるい!」
「じゃあ不意打ちはもう辞めておくか?」
「そ、それは……その………辞めないで…欲しい……」
「お前可愛すぎるな。」
再びマールにキスをする。
「お兄ちゃんの馬鹿……」
レイのことはお構い無しに続ける。
「………そろそろ僕も話していいかい?」
唇を離し、邪魔者の方を向く。名残惜しそうな顔をするマールがたまらなく愛おしい。
「あー、お前の存在忘れてたよ。もう帰っていいぞ。」
「ここは僕の部屋なんだけど?」
「それもそうか。じゃあ俺達は家に戻るよ。」
「エルラルド=アルセトラ。君は少し残って欲しい。」
突然真剣な表情で真剣に言ってくる。
「訳ありか…」
レイをマールに預けてから、
「マール、レイ、先帰って待っててくれ。」
「うん。わかった。」
「早く帰ってきてね!お兄ちゃん!」
手を振って二人を見送る。やがて部屋の扉が閉められ、学校長と二人きりになる。
「で、俺に何の用だ?」
「まあまあ、まずは世間話でも。新年の入学祭、君にも是非楽しんでもらいたいんだ。」
「はぁ……学園祭?俺は生徒じゃねーぞ?それなのに参加できるのか?」
「祭りなのに生徒だけなわけないじゃないか。メルドは全てを受け入れる。」
「そりゃ大層な信念だこと。で、わざわざそれを俺に話した理由は?」
こういう頭のいい奴らは無駄話をしない。何か目的があって話しているはずだと俺はユーグリル王から学んだ。
「結論をそう焦ってはいけないよ。物事には順序ってものがあるんだ。」
「頭のキレるやつとの会話なんて長引かせたく無いんだがな……」
「じゃあ少しだけ踏み込むとしよう。エルラルド=アルセトラ。君が入学したときの祭りの催し、覚えているかい?」
「催し?」
(入学祭で起こったことと言えばハクを賭けて変な貴族と勝負したこと…?あの時俺が賭けたのは……あれか!)
「気づいたみたいだね。入学祭では毎年催しをやってるんだ。少しでも盛り上げるための余興だと思ってもらっていい。」
「おかげで学校内でミレイヤと話せなかったんだがな……」
「僕だってまさかミレイヤ=ユーグリルが死ぬとは思ってなかったさ。あれは僕にとってもかなりの痛手だ。」
「お前、何を企んでやがる?」
まるでミレイヤを使って何かをしようとしていたみたいな言い草じゃないか…
「それは機会が来れば話すさ。今はその時じゃないとだけ教えておこう。」
「チッ!俺に催しをさせようってのは伝わった。何をさせるつもりだ?」
「話が早くて助かるよ。君にやってほしいことは簡単だ。」
俺に近づき耳元で囁く。
「____。」
「……お前正気か?何企んでやがる。」
「言っただろ?これは余興だ。深く考える必要はない。」
「だとしてもそれは_!」
「僕が許可する。」
「……その後のことは責任取ってくれるんだろうな。」
「もちろん。魂に誓ってもいい。」
魂に誓うと言うのはこの世界で2番目に重たい誓約のようなもの。そこまで言われたら信じるしかない。
「どうなっても知らねえからな。」
「最高の形で叶えてくれると信じてるよ。エルラルド=アルセトラ君。」
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「ただいま。」
「エル、お帰り。」
「ん?ハクとレイは?」
いつもならハクかレイが迎えてくれるはずなんだが…
「二人は買い物してくるって。」
「ハクがレイを連れてくなんて珍しいな。」
普段は俺かマールを荷物持ちに選ぶんだけどな…
「うっ…なんか急に吐き気が……」
「大丈夫か?体調悪いなら無理するなよ?」
「う、うん……」
マールがトイレに行き、しばらくして中から嗚咽が聞こえる。
「マール!?大丈夫か!?」
無理矢理扉を開き、マールを支える。
「エル…ごめん……」
マールがフラッと意識を失ってしまう。
「マール!?マール!おい!返事してくれ!回復魔法!回復魔法!回復魔法回復魔法回復魔法ヒー_」
「お兄ちゃん!どうしたの!?」
いつの間にかレイが真後ろに立っていた。
「レイ!ハクはどこだ!?」
「ご主人様、私がどうかなさいましたか?」
「ハク!お前の解毒魔法を使ってくれ!マールが吐いた!」
ハクの解毒魔法なら風邪も治せる。マールだって治せるはずだ!
「え…?でもマール様のは…」
「いいから早くしろ!」
何グダグダしてるんだよ!お前なら簡単にできるはずじゃねーか!
「お、お兄ちゃん!落ち着いて!」
「レイは黙ってろ!」
「もう!馬鹿兄貴!!」
「な、なんだと!?」
馬鹿…?俺が…?
「ああもう!こんな馬鹿兄貴だとは思わなかった!」
「何が言いたい!」
「何って…発情期にして吐き気が来るなんて一つしかないじゃん……」
一つしかない…?
「理由を知ってるのか?」
「はあもう本当に馬鹿兄貴は馬鹿兄貴なんだから!マール姉は妊娠したの!これでわかった!?」
「…………え?」