131. 託された希望
全員が馬車から投げ出されるが、レイとマールはガウスとマーシュに抱えられていたので無傷で済んだ。
「マーシュさん!?すぐ治します!」
しかし、自分の情緒が不安定なのに明確なイメージが必要な魔法が使えるわけも無かった。
今まで当たり前にできていたことができず、余計に焦ってしまう。
そんなやり取りをしてる間にも、兵がどんどんと近づいてくる。
「マーシュ!お前は二人を連れて逃げろ!」
「あなた………もし死んだりしたら許さないわよ!」
「………子供達を任せた。」
そう言ってガウスが走り出す。
「パパ!!だめ!!」
レイが涙を浮かべて手を伸ばすが、掴めるのは空気だけだった。
「マールちゃんしっかりして!今すぐ逃げるわよ!私に付いてきて!」
泣きじゃくるレイを抱えてマーシュは走り出す。
(そうだ……私がしっかりしないと…お父さんとお母さんのためにも私が生きないと…!)
9歳の少女にはあまりにも重すぎる運命だが、それに押しつぶされずに立ち上がる。
(身体強化魔法、速度強化魔法、抵抗減少魔法、常時回復魔法、気配遮断魔法、音遮断魔法……)
走りながら次々と魔法を掛けていく。
マーシュに追いついてからはマーシュにも掛け、どんどんと距離を離していく。
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その後、太陽が沈んでから数時間後までずっと走り続けていた。
身体的な疲労はないが、眠気が来る。
眠気を覚ます魔法もあるのだが、効果が切れると溜まった眠気が一度に襲いかかってくるので一時的なしのぎにしかならない。
「マールちゃん。そろそろ休みましょうか。」
一歩でも離れるために走りながら会話をする。
「私は夜通しでも大丈夫です。」
「だめ。明日のために少しでも眠らないと。それに……精神的な疲労は取れないでしょ?」
レイはあの後そのままマーシュの腕で眠ってしまい、羨ましいと思ってしまっていた。
「……わかりました。ならあそこの木で休みましょう。」
「それが良さそうね。」
そうして休憩の準備をする。
メルドまで続く川沿いを走っていたので、水と食料には困らなかった。
「レイ、起きなさい。ご飯食べるわよ。」
「ん……」
マールが魚を捕り、解毒魔法、炎生成魔法をかけてレイに渡す。
眠い目を擦りながら魚を食べる。
段々と意識がはっきりとして、ガウスがいないことに涙を流しながら何とか食べ終える。
マーシュとマールも暗い気持ちで腹を満たしていく。
「マールちゃん。交代で見張りをしましょう。先に私が、次にマールちゃんが、眠くなったらまた私を起こしてくれてもいいわ。」
「………わかりました。」
「今はあまり眠れないかもしれないけど、頑張って寝てちょうだい。レイも落ち着いたら寝なさいよ?」
「ひっく………わかった。」
レイとマールは、思い思いの方法で何とか睡眠をとる。
レイは泣き疲れて眠り、マールは軽く睡眠魔法を掛けて眠る。
そうして数時間後、交代の時間が来る。
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「マールちゃん、交代してもいいかしら。」
「ん………わかりました。」
マールが起き上がると、マーシュが倒れるように深い睡眠に入っていった。
「ふわぁ………眠たい……」
周りを警戒しながら眠ならないように気持ちの整理をする。
(お父さんもお母さんもガウスさんも命を懸けて私たちを守ってくれたんだ。マーシュさんだって辛いのに何とか頑張ってくれてる。私もエルと会うまで頑張らないと……)
そうしてほんの少しだけ自分の世界に入ってしまい、警戒が怠ってしまった。
ザシュ!
と、自分のすぐ左側を何かが通り過ぎる音がした後、とんでもない激痛が走る。
「うああああああああああああああ!!!!!!」
その声でマーシュが飛び起きる。
「マールちゃん!?何が……」
マーシュがマールを見て驚愕する。
無いのだ、マールの左腕が。
左腕ははるか彼方まで飛ばされてしまい、取りに行くのは困難だ。
(回復魔法回復魔法回復魔法回復魔法回復魔法回復魔法回復魔法回復魔法!)
何度魔法を使っても、痛みが治まるだけで腕は生えてこない。
取り乱しているせいで、どこからか放たれた水速射魔法にも気づかない。
「地防御魔法!」
マーシュがマールの前に立ち、魔法を防ぐ。
「マールちゃん。レイをお願いね。」
「え……?」
「念動魔法!」
マーシュが寝ているレイと一緒にマールをさらに奥まで飛ばす。
「マーシュさん!!」
その声も虚しく響き、消えていった。
「……あなた、ごめんなさい。私もすぐそっちに行くわ。」
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吹き飛ばされたと分かってからはレイを何とか抱えて走り続ける。
何日も、何ヶ月も。
レイはマールの負担にならないようマールの補助を受けながらできるだけ自分で走るが、夜は眠気に負けてしまう。
マールは夜も眠気覚ましの魔法を使い続け、絶え間なく足を動かし続ける。
そうしてどれくらい走っただろうか。
ある一つの植物の前までやって来た。
「……これ、エルの匂いがする…」
それは以前、エルが食料確保のために作った植物魔法だった。
燃やしたはずだったが、燃え残りがあったのかまた生命の息吹を吹き替えしていた。
「マール姉、ここで休もう?」
「……そうね。流石に私も疲れたわ。」
精神的な疲れは魔法では治せない。
マールは魔法を切らさないよう常に全集中で走りつづけていたので、脳の疲労もとてつもなかった。
「これって食べられるのかな…」
「一応解毒魔法を掛けておいたわ。久し振りにご飯にしましょうか。」
飢えをしのぐ魔法を解くと、食欲が爆発して二人は一心不乱に葉っぱを食べ進め、根まで食べ尽くした。
「エル……私たちを助けてくれてありがとう……」
マールは涙を流してエルラルドに感謝する。
「マール姉…どういうこと?」
「今食べた植物にエルの魔力を感じられたの。」
「状況は違うけど、エルもここでご飯を食べてたみたいよ。」
「そうなんだ……お兄ちゃんが……」
感傷に浸りながらまた歩みを進める。
何とかケルタナ村を訪れることができたが、宿に泊まるお金が無いことに気づいて落胆しながらまた歩みを進める。
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そうして数年後、歩き続けてようやくメルドが見えてくる。
「あそこにエルが……」
「やったよマール姉!私たち逃げ切れたんだ!」
久し振りに安堵の表情を浮かべながら足取りも軽くなる。
国に入りエルラルドがいるという魔法学校を訪れるが、すでに卒業しているという。
代わりに今とある宿にいるという情報をくれたのでそこに向かうことにした。
そこでは4人が暗い表情で俯いていた。
「あの、ここにエルがいるって聞いたんですけど…」
おずおずとそのリーダーらしき人に尋ねる。
「エル?ああ、あいつか。ここにいるぞ。どうかしたのか?」
「会わせてくれませんか?」
「………今のエルラルドは壊れてる。用事なら後にしてくれないか?」
「壊れてるって…どういうことですか?」
「あいつの故郷のアッシュ村が侵略されちまったらしい。加えて婚約者のミレイヤ王女も暗殺されて今の精神がぐちゃぐちゃなんだろう。エルラルドの世話係によるとミレイヤ、マールと何度も繰り返してるらしい。」
その言葉に複雑な感情を覚えながら
「なら尚更合わせてください。私がそのマール=スー=フォクレシアです。」
堂々とそのリーダーに告げた。
マール視点終了です。次回からまたエルラルド視点になります。