130. 選ぶ者、捨てる者
「はぁ………はぁ………はぁ………全然当たらない……」
マールは夕方までずっと魔法使いっぱなしだったのだが、未だに一度も当たらずにいる。
「もう限界かい?」
「はぁ………はぁ………」
(なんで…?私はエルから魔素魔法を教わったから魔力を使わないはずなのに……)
自分がなぜ疲れてるのか分からずに困惑する。
「あんまり無理しないほうがいいよ。よく耐えてるほうだ。」
(あの人が剣を抜いてから魔法も上手く使えないし、気持ち悪い…………)
呼吸魔法を使ってるので呼吸はできるのだが、身体に纏わりつく気持ち悪さは拭えない。
「うっ………はぁ………はぁ………え、エレクトロ………ガハッ…!」
ついに吐血してしまう。
「もう無理みたいだし、あたしの勝ちだね。」
ベルザが剣を収めると、気持ち悪さがサッと晴れる。
「はぁ………はぁ………はぁ………ふぅぅ…」
「落ち着いたかい?」
「はい、少しは………私の魔法が全然当たらないし、何より不思議な魔法を使うんですね。」
「魔法じゃあないんだけどね。それに狐ちゃんの筋は悪くないよ?魔法の多重展開ができるなんてすごいじゃないか。」
「たくさん練習したから………それにエルほどじゃないし……」
「自己肯定感が低いんだねぇ……ま、調子に乗りすぎるのも困ったものだからね。」
(さっきのこの人の魔法……こんな感じかな?)
マールなりに先ほどの攻撃を再現してみる。
「き、狐ちゃん!?あんた呪気が使えるのかい!?」
「うーん……さっきのよりは気持ち悪さが足りないかな?もうちょっと粘っこくてベタッとした不快感……」
どんどんと威力を増していく。
「うっ……でもこれ自分も気持ち悪くなる……実戦じゃ無理か……」
「あ、あんた何者なんだい!?あたしの呪気を見様見真似で……」
「え?まあ気持ち悪さとか空気汚染とかを再現すればいいだけだからそこまで難しくは……」
(とてつもない才能だね……そりゃあフィアンセ君が認めるわけだ……下手したらフィアンセ君以上……)
「あ、そういえばあなたの名前何ですか?」
「名乗るほどのものじゃあないよ。あたしは狐ちゃんを見れて満足だし、もうここに用はない。」
「え?」
「じゃ、元気にやりなよー?狐ちゃん。あ、妹ちゃんにもよろしくねー。」
そう言って本当に村を出発してしまった。
(嵐みたいな人だったな……)
「マール姉ー!」
レイが駆け寄ってくる。
「マール姉!大丈夫だった!?」
「大丈夫だけど、今日はもう疲れちゃった。」
「あの人は?」
「もう帰っちゃったみたい。」
「えー…つまんない!村にお客さんが来たと思ったらすぐみんなどこか行っちゃうんだから……勇者様もすぐ帰っちゃったし……」
レイにはあの勇者の本性を教えていない。
誰かに話すような内容じゃないと思ったからだ。
「あ、マール姉!明日パパが帰ってくるんだって!マール姉のママとパパも呼んでみんなでご飯食べようよ!」
「そうなの?まだ7月なのに……まあわかった。お母さんたちに伝えてくるよ。」
「絶対だよ!じゃあまた明日ー!」
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翌日、フォクレシア家とアルセトラ家が外で待っていると、ガウスが帰ってくる。
「あ!パパー!」
レイが駆け寄るが、切羽詰まった表情のガウスが大声を上げる。
「全員逃げる用意をしろ!ユーグリル王国が帝都に陥落した!帝都の兵がすぐそこまで来てる!」
「な、何ですって!?わかった!今すぐ行きましょう!レイ!あなたも早く乗りなさい!」
「え!?ま、マール姉は……?」
「マールちゃんは……」
マーシュがメルとフォルの方をちらりと見る。
「………ガウスさん、うちの娘をお願いできないかしら…」
「俺からも頼む。負担になるかもしれないがマールを守ってくれ…」
二人して頭を下げる。
「………わかった。無力で本当に申し訳ない…」
「お母さん?お父さん?どういうこと…?私二人と別れるの嫌だよ…?」
震える声で懇願するように訴える。
「マール?エルラルド君と頑張るのよ?私たちはずっと応援してるから。」
「お前はお前の幸せを見つけてこい。」
「嫌だ……嫌だよ!私も残る!もう大切な人が離れてほしくない!」
涙を流して激昂する。
「マールちゃん、ごめんね?睡眠魔法。」
「あ…………」
マールの意識が急速遠のいていく。
レジストしようにも焦りすぎて魔素を上手く操れなかった。
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マーシュはマールを抱えてガウスの馬車に乗る。
二人用なので子供達を膝に乗せて搭乗する形だ。
「……メルさん、フォルさん。助けられなくて本当にごめんなさい。」
「今度はうちの娘をよろしくね?マーシュさん。」
「なるべく時間は稼いでみせる。早く出発してくれ。」
「その命、絶対に無駄にしないとここに誓おう。すまない!」
ガウスが鞭を振るって急いで馬を走らせる。
その姿が見えなくなった頃、黒い龍の紋章をつけた兵がアッシュ村になだれ込んでくる。
彼らは大規模な集団魔法で村を荒らしたり、民間人を殺戮していく。
一人、また一人と顔なじみが死んでいくのはまさに地獄絵図だ。
「あなた、愛してるわ。」
「……俺も愛してる。」
二人は命の灯火が燃え尽きるまで無謀な戦いに抗い続けた。
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マーシュが隠密魔法を掛けて、追手にバレないよう静かに移動していく。
「パパ……村のみんなは…?」
「済まない、俺が助けれる命はこれだけだ。」
ガウス、マーシュ、レイ、マールのみが馬車に乗っており、村からは火の手が見える。
「あなた……ここからどこに逃げるの?」
「ケルタナ村で体勢を整えてからは、エルラルドがいるメルドに行こうと思ってる。そこであいつを回収して、デトラントに行く。」
(エルラルドがメルドに行ってて良かったな……5人は運べない。メルの娘を置いていくことになっていただろう…)
「ユーグリル王国が没落って……本当なの…?」
「ああ、そのために早く帰ってきた。俺は国よりお前たちの方が大切だし、国ももう終わりだ。命令違反などにはならない。」
(村の者たちはおそらく全員死亡。ユーグリル王やその親族、従者、兵士も無事では済まないだろう。ゼル、セティア、お前らも………)
ゼルは残ると言うセティアのために逃げなかった。
相変わらず合理的に動けない頭脳だ。
「ん……お母さん?」
マールが目を開けると、重たい空気が流れていた。
流石にその空気を察し、自分の親がどうなったのかは想像してしまったのだろう。
「いやあああああああああああああ!!!!!!!!!」
「馬鹿!そんなに大声だしたら…!」
ヒュッと風を切る音がなったあと、馬車が全壊した。