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1 帰り道には幽霊がいる

「帰り道に、幽霊がいるんですよねぇ……」

 小林さんは、フウとタメ息をついた。


 営業所に新しく赴任してきた新人で、オン・ザ・ジョブ・トレーニングの最中の子である。

 飲み込みは早いし、機転が利く。戦力として計算できるようになるのに、時間はかからないだろう。


 加えて、子供のときから”ときどき見える”体質だったらしい。

 なんとか上手に対処できるようになったのは、女子高を卒業した後、医短に入ってからだったんだとか。


「あー、そりゃ大変だ。ルート変えなきゃね」

 対してオレは、全くその手の感受性が欠落している人間だ。



 先だっても客先から帰社するときに、同行していた小林さんから

「先輩、めっちゃ踏んでますけど」

と、駅地下で教えてもらったくらいだ。

「それ、かな~り良くないモノみたいです」


 オレは「うわっ!」と飛び退すさ

「売店で塩買ったほうがいいかな?」

と訊き返した。


 小林さんは、のほほんと微笑んで

「いやぁ、踏まれていたモノは、怒っているというよりか、ダメージ大で大破炎上撃沈確実って雰囲気でしたから、たぶん大丈夫でしょう」

と太鼓判を押してくれた。

「だいたい先輩は普段から、ナニが居ようと無造作に、突き飛ばしたり蹂躙したりしてますけど、特に何の霊障とかも感じてないですよね?」


 そんな風に言われると、オレがムチャクチャ無神経でガサツなやからっぽく見えてしまうではないか!

 オレは公共交通機関では直ぐにお年寄りに席を譲るし、道に落ちているゴミを――目に入ればだが――拾ったりと、自分の無駄にイカツメな外見を気にして、世間サマに対してアレコレ気を遣っているというのに……。


「見えてたら気を遣うことも出来るだろうけど、そもそも見えないんだよ」

と弁明すると、小林さんは「そういうのって、相手にも判るみたいですから『怖いヤツだな~。見た目もヤバそうなヤツだしなぁ。コッチに気が付いてないみたいだし、コイツとは関わり合いにならんとこぅ』って、大目に見てもらえる……いや、半ば積極的に忌避されてるんでしょう。野球でいうなら申告敬遠対象の強打者、です!」と無礼千万な分析をした。


 そして彼女は「無事これ名馬の、お得な体質なんですよ」と取って付けたように軽く言い放ったあと、慌てて「人徳があるんですよ」と言い直した。


 ……ふてェ野郎だ。

 ヤロウではなく、見た目は可愛らしい女の子だけど。



 近頃は退社後に、小林さんにメシを奢るのが常である。


 入社直後の初期研修期間中は、本社の寮で朝晩食ってたらしいのだが、営業所には所謂いわゆる社員寮というものが無い。

 住居支援の手当が出るから、その範囲内で自力で賃貸アパートを借りるのである。


 もっとも地方だと、東京に住むより(贅沢を望まなければ)住居費・生活費は遥かに安いから、交通の利便性とか地域の治安を考えるだけで良く、住居を確保するのは総務係の手を借りなくとも難しくない。


 むろん寮住みだと食事で頭を悩ます必要は無いが、賃貸住みの身分になればメシを自力で用意しなくてはならなくなる。

 まあヤロウどもであれば「寮に住むより全然気楽!」と豪語するヤカラが多いのだが、女の子だとなかなか簡単にはいかない(らしい)。


 なぜなら、見た目は少々小キタナイが安くて美味い大衆食堂や町中華には「ちょっと一人では入りづらい」からなのだそうだ。


 だからオレは「慣れだよ、慣れ。そんなモンだ。近頃は一人メシの淑女も増えたから」と、仕事終わりに安いメシ屋の紹介に付き合うハメになってしまった。

 小林さんにしてみれば、先輩(オレの事だ)のオゴリで食費が浮くわけだから、シメシメというところだろうか。(なんか腹立つが)



 で、冒頭の発言である。


 小林さんはスタミナ肉野菜炒め定食(大盛り)とエビ焼売しゅうまいをモリモリと小ぶりな口に押し込み、頬を絶賛飽食中の齧歯類げっしるいのように膨らませながらタメイキを吐いたのだ。

(もごもごと聞き取りづらくはあったが)


「避けちゃえば良いじゃないか。道を変えるとかさ」

 オレは上品にサバ味噌煮を口に運びながら、小林さんのコップに瓶ビールを注いだ。

「君子危うきに近寄らず、だ」


 でも! と小林さんはビールを大胆にあお

「コンビニに寄って帰るには、そのルートが最短なんですよぅ」

と強硬に反論してきた。

「明日の朝ゴハン、帰りに買っておきたいじゃないですか」


 ふむ。

 小林さんの体形なら、朝はフルーツと牛乳だけ、と言われても普通疑いを持たないだろうが、彼女の食欲を把握したオレとしては

――朝からバクダンオムスビを、最低二個くらいは貪り食っておかないと昼までたないに違いない。

と理解が進んでいる。


「メシを炊けよ。インスタントの味噌汁と缶詰・漬物を備蓄しておけば、腹は満たせるだろ?」


「炊飯器を持っていません。飯盒もメスティンもダッチオーブンも土鍋も、です!」

小林さんはそう威張ると

「そこまでマウント取って来るなら、先輩、電子ジャーを恵んでください。十万円越えのナントカ炊きが出来るヤツ」

と逆ギレした。


 ここで「ご飯は普通の安い片手鍋でも炊けるんだよ。オレの学生時代の悪友なんて、ヤカンで米を炊いていたし」という正論を言っても通じまい。

 かと言って、「知るか! パックご飯も買っとけ」と単に突き放してしまうのは教育係失格だろう。


「安い炊飯器なら買ってやる。一万円以下のヤツな。こんどの定時退社日にリサイクルショップに連れて行く。適当なヤツを選べ」

と舌打ちしたら、小林さんは「安月給の先輩に、そこまでは望めません」と上から口調でニンマリと笑った。


「ご飯食べ終わったら部屋までエスコートしてください。ルート上に『対象』が居るはずですから。先輩、私の部屋に寄るの初めてですよね? 確認するまでも無いことですけど」


 オレの本音を言わせてもらうのなら、毎度毎度メシを奢るより、ジャーを買い与えたほうが安上がりなんだが……。



 定食屋の勘定を済ませ、「今後、肉は牛・豚・鶏のうち、どれか一種しか選べないとしたら何を選ぶか?」といった深遠な世間話をしながらコンビニまで歩き、小林さんの朝メシ(握り飯と大盛り焼きそばと濃厚豆乳)の代金まで何故かオレが払うと、いよいよ彼女のアジトへと歩を進めた。

 オレの読み通り、オニギリは巨大なバクダンオムスビだった。焼きそばまでは読めなかったけれども。


「で、幽霊が居るというのは、まだ先なのか?」

と質問すると、小林さんは人通りがそこそこある通りを一度注視し

「昨日はこの辺りでしたが、今日はもっと先まで進んでるみたいです」

と言い、ゲップした。

「失礼。オゴリだと思って、炭酸、飲みすぎました」


 ……まあオレ相手だから良いようなものの、このさき彼氏を作るつもりなのだったら、暴食はともかく暴飲は避けたほうが良い……と思う。

 酔い潰して『オモチカエリ』を企む悪いヤツだって、世の中には掃いて捨てるほどいるのだから。

 既に遠距離恋愛中の彼氏がいるのだとすれば、その彼氏のためにも、だ。


 もっとも小林さんはビールを鯨飲げいいんしたにも関わらず、乱れた様子は見せない。

(ゲップを除けば、だが)

 足元もシッカリと、というより、むしろ堂々としている。ちびっ子のくせに。


「昨日はここで、今日は先、ということになると……幽霊はだんだんと小林さんの家に近付いて行っている?」

 オレの質問に小林さんは「その傾向にある、と言って良いと思います」と、大事な食料を詰め込んだレジ袋を握り直した。

(レジ袋は「持ってあげよう」と申し出たんだが、「世間様から見た先輩の好感度より、大事なオニギリです」と断られていた)


「始めのころは駅前、それからバス停近辺。今はバス停からアパートへ帰る途上。『あたしリリーさん。今バス停にいるの』って電話を掛けては来ませんけど」


「偶然、幽霊の進行方向が小林さんの家方向と重なっているだけ、ってコトは? ほったらかしていたら通過して、今度はどんどん遠さかって行くんじゃあないのか」

 言ってみて、その可能性は捨てきれないが、だからとして”そうではない”可能性を排除するのは危険だ、と思い直した。

 彼女の身に何か有ったら、これまで小林さん相手に費やしてきた教育時間(と食費と)が無駄になってしまう。


「じゃあ、ココから先は見落としが無いよう、慎重に進むか」

とオレは頷いた。

「もっともオレ自身は、双眼鏡を持っていようが虫眼鏡を使おうがガイガーカウンターを振りかざそうが、どうせ何も見えないんだけどね」



「やっぱり、来てます」


 小林さんの視線の先には、少々古びたモルタル二階建てのアパートが建っていた。

 部屋の間取りは、たぶん六畳間プラス四畳半といったところか。

 若い女性が一人で住むにはちょっとセキュリティが問題な気がするが、まあ治安は良い街だし、普通か。


「で、どこに立ってる?」

 街灯が照らす路上には、ホントウに『それ』が居るにしろ、単に小林さんの虚言にしろ、オレには猫の子一匹見えない。


「階段の前です。私の部屋は二階の右端で。私の部屋の方を見上げているみたい。けれど……」

 小林さんはレジ袋を握りなおすと

「あ、彼女、こっちに気が付いたみたいです。通せんぼをするみたいに、階段の前で両手を広げました」

とオレの後ろに隠れた。


『彼女』というくらいだから、幽霊は明らかに性別的には女性なのだろう。

 ただし情報量が少な過ぎて、年齢・背格好は全然わからない。

 ただ小林さんが『彼女』という単語をチョイスしたことから、老婆や幼子である可能性は低そうに思われる。

 また、通せんぼという意思表示をする以上、『彼女』は生前に小林さんと何らかの関わりが有ったということか。


 小林さんは――彼女のパーソナリティを考える限り――過去にイジメなんかをしていたとは思えないから、恋愛がらみの悪縁なんだろうか。

 例えば、幽霊の好きだった相手が小林さんに惚れ込むあまり、生前の『彼女』が振り向いてもらえなかったとか?


 オレがウ~ムと唸っていたら、小林さんが背中側からスーツを引っ張った。

「先輩、オシッコが漏れそうです……」


 幽霊は見慣れている小林さんだから、心理的に、ということは無いだろう。

 ビールのせいで物理的に膀胱がパンパンになっているのに違いない。

 ……コンビニで済ましとけよ。


「レジ袋はオレに寄こせ。両手でオレの肩を掴んで、部屋の鍵は直ぐに取り出しやすい胸ポケットへでも入れとけ。敵ピケットを強行突破する」

 オレは小林さんに告げると、ひとつ大きく深呼吸をした。

「突入!」



 アパートの下まで突進すると、階段で小林さんを前に出し、後方をガードしながら彼女の背中(腰?)を押して急なスチール階段を駆け上った。


 ピケットライン蹂躙中に階段の手前で、小さく『ああ……』という感じの若い女性の声が聞こえたような気はしたが、幽霊が阻止行動に出てくるかも、という先入観から来る気のせいだろう。

 何かに体当たりしたとか、弾き飛ばしたなどという感触(体感?)は一切無かった。


 小林さんとレジ袋とを部屋に押し込むと、オレはすかさず階段へと引き返し、念入りに掃討作戦を実行した。

(階段・階下を、肩をいからせて靴音高く何度も練り歩いただけだけど!)

 気分は重装歩兵、もしくは最強ロボット兵士である。


 すると何世帯分かのドアが開いて

「うるさい!」

「なに騒いてんの!」

「警察呼ぶよ!」

とお叱りの怒声(というか罵声)を雨あられと浴びせられてしまった。


 オレは無敵ロボット兵から、一瞬で素の善良な市民にへと変身が解け

「すいませ~ん! ごめんなさい。なんだか怪しいヤツ見掛けまして、念のために警戒してました」

と大慌てで弁明した……が、外見は厳つい大男だ。


 そのせいか「怪しいのはオマエだよ。動くな! 逃げても無駄。動画撮ってるから」と威嚇されてしまった。

「直ぐに警察が来る。観念して大人しくしてろ」


 気付けば、ドアから顔を出してきているのは若い女性ばかり。

 まあ、若いと一括りにしたけれど、社会人だとすると”準お局様級”美人も含めてね……。

 このアパートは女性専用なのだろうか。

 住人同士の統制が取れていて、小林さんのためには心強い。


 が、オレとしては進退ここに極まった。

 ただトイレさえ終えれば小林さんが弁護してくれるだろうから、内心パニくってまではいない。


 黒髪を後ろでひっくくった、上下黒ジャージで黒縁メガネの”準お局様級”が、右手に録画中(と思しき)スマホ、左手に木刀を持って進み出てくると

「身分証明!」

と怒鳴りつけてきた。

 後ろには、他の乙女たちもマグライトや竹刀を手に続いている。バトントワリングのバトンを構えている子は学生なんだろうか。


「ドイツ国防軍山岳猟兵師団軍曹、ヨハン・シュミット。認識番号は……」

などというジョークは確実に事態を悪化させるだけだろうから、運転免許証と名刺とを素直に差し出した。


 準お局様は右手のスマホを、藤色パジャマの小妖精のような女の子に託すと、歩み寄って免許証と名刺を受け取り、眼光鋭く視線を走らせた。

 左手の木刀は、ピタリとオレの喉元に向けられたままだ。

 ただしオレと彼女との間合いは、山刀マシェティや刺身包丁ならともかく、長い木刀で威嚇するには近付き過ぎている。


 免許書を差し出した手で木刀の切っ先を軽く左に払い、一歩踏み込んで準お局様の鳩尾みぞおちを正拳か掌底で突くという行動に出ることも出来なくはない。

 準お局様は剣道の心得があるようには思えないが、もし有るのだとすれば、オレが暴力行為に出ることは無いと踏んでいるのだろう。

 まあ、面が割れている上に名刺まで渡している以上、やらないけど。


 それに、女子供に手を上げるなんてのは言語道断・人間失格。いくら男女同権・機会均等が叫ばれる世の中になっても、だ。

(ただし武装女子に理不尽に急襲されたなど、明らかに正当防衛が成立する超レア・ケースなら、その戒めを『解除』しても良いのだろうが、普通は……有り得まい)


「ああ、角部屋の小林さんの」

 準お局様は免許書を返して寄こすと、名刺のほうはポケットにしまった。

「で、肝心のカノジョは?」


 声は幾分和らぎ、木刀の切っ先も喉元からは外されたが、まだ信用を得るには至っていないカンジ。

 それはそうだろう。

 オレが会社で可愛い小林さんに目を付け、悪辣サイコストーカーと化して彼女を追い回しているという可能性だって有り得るからだ。


 今だって駅から彼女を付け回し、部屋に戻る小林さんに『付け入り』の乱入を試みた不届き者だと疑うことも出来る。


「オナカが痛いと言うから、送ってきたんですよ。夜間診療やってる救急病院には行きたくない、と言うものだから」


 帰り道に出る幽霊を警戒してエスコートした、と主張しても準お局様には(と言うか小林さんの特技を知らない一般市民には)信じてもらえまい。

 ウソを吐くのは事態を複雑にする可能性が無きにしも非ずで嫌なのだが、準お局様が小林さんの能力を知らなかったら、幽霊うんぬんのトピックスを持ち出すほうが混乱を招くような気がする。

 ただ「オシッコ漏れそう」をそのまま伝えるのもなんだから、そこは「オナカ痛い」に少々脚色させてもらった、というわけだ。


「ああ」と準お局様は優しめの声で反応した。

「殿方にはなかなか解ってもらえないことが多いのですが、女性には誰しも、毎月ごとに最短でも一週間ほど、心当たりのある症状なんですよ」


 言葉を選んでいるが、準お局様は小林さんが生理痛を起こしたのだと推測したようだ。


 我が実家の妹によれば、生理痛なるものは最大時には下腹部を全力でグー・パンチされた上に高圧電流を通電されているような痛みで、その前後も麻酔無しで虫歯治療をするような不快痛が延々続くのだとか。

 その間、妹はムチャクチャ不機嫌な暴君へと変貌する。普段は大人し目・優し目なキャラクターであるにも関わらず。


 それが毎月だから大変だろうが、今現在はこれに乗っからない手はない。


「あ! え~と……『月に代わってお仕置きよ』っていう……」


 オレと準お局様とが真面目な顔で微妙な遣り取りをしているのが余程おかしかったのか、藤色パジャマの小妖精が噴き出し

「そんなコト言ってるヤツは、お仕置きされてしまえ!」

とオレに向かって暴言を吐いてから、スマホを準お局様へ返した。

「そろそろお巡りさんが来ちゃうから。この人の弁解、大きな音立てていた説明には、全然なってないです」


 警察を呼ぶ、と言っていたのは脅しではなかったらしい。

 面倒ではあるが、かわいい後輩が住む物件として考えれば警戒堅固で悪くない。



 そうこうしているうちに小林さんが部屋から出て来た。

 階上から女性陣に囲まれているオレを見て慌てたようで、凄い勢いで階段を駆け下りてくる。

「先輩! なにをヤラカシたんです!」

 急いで降りて来た割には、彼女、スーツからウグイス色の芋ジャージに着替えているんだが……。

 ……まあ『間に合わなかった』ということで、間違い無かろう。

 髪も濡れているし、ついでに急いでシャワーも浴びたんだろうな。


「アナタの上司が階段で大きな音を立てていたから、問い詰めていたところ」

と準お局様が、オレに代わって説明してくれた。

「……上司でホントウに間違いないのよね?」


 ハイ! と元気よく小林さんは認めると

「お世話になってばかりの先輩です。ウソみたいに丸っきりの善人です。見た目はアレですけど」

と失礼な紹介をした。

「ここのところ、毎晩のように美味しいゴハンをたからしてもらってます。定食屋とか町中華ですけど。安くて量が有って美味しいトコに詳しいんです。一人メシ女子には敷居が高いカンジの。もう美味し過ぎて、毎回ガツガツいっちゃいます」


 まあ! と準お局様は驚くと、皆に「はい、解散。帰った、帰った」と指示を出した。

「みんなしてバットや竹刀を持って集まってたら、凶器準備集合が適用されちゃうよ」


 準お局様は小林さんの腹痛を、生理痛ではなく”食い過ぎ”であると判断し直したようだ。

 小林さんの、ポッコリ膨らんだ芋ジャージのお腹を見れば、そう誤解したのも郁子むべナルカナ……。



 ミニパトで到着したお巡りさん二人組には、小林さんと準お局様(今川さん、というらしい)が事情を説明した。

 オレは……なんと言うか……ペコペコしながら所在無げに突っ立っていただけだ。


「はい、瘦せ型ショートボブの女の人が、近頃毎晩のようにアパートを見張っていて気持ち悪かったもので。服装はカットソーにスキニーデニムだったり、ミニワンピだったりまちまちなんですけど」

 小林さんの説明は、割と具体的。

「背の高さは、私より頭半分くらい高い感じです。いや……頭一つかな? 年齢は、私くらいか……年下か。だから興信所の調査員のヒトなんかだとかは考えにくくって」


「それで会社の上司さんに相談して、来てもらったというワケですね?」

 中年お巡りさんは一瞬オレに視線を飛ばし、頷きながらクリップボードにメモをとる。

「頼もしそうな上司さんだ。それで、その女性に心当たりは?」


「ないです」と小林さん。

「あったら、直接話ししますから」


 うん。確かに小林さんのキャラだったら、そう出るだろう、と今にしてみれば思う。

 相手が生きていようと、そうでなかろうとね。

 ま、よっぽどの事が無い限りは、だが。


 だからもしかすると、小林さんのいう『ショートボブの女の人』は幽霊でもなんでもない只の実在の女の子で、実際に今夜もアパート近くにまで来て、建物を見張っていたのかもしれない。

 オレは小林さんが「階段の前で通せんぼしている」と言ったものだから、階段近辺にしか注意していなかったので、建物脇の街灯の光が届かない影になっている部分とか植え込みの中にでも潜伏していたら気付かなかっただけ、という可能性がある。


 すると小林さんがオレに対して”女の人がなぜ『階段の前』にいると言ったのか”という問題が新たに生じてしまうが、いくら考えても正解らしいものを導き出すのは難しい。

 アパートの住人の誰かと、刃傷沙汰を起こしそうだと警戒したのか?

 オレが容貌魁偉な姿を見せることで、謎の女の子が警戒して見張りを諦めるだろうと?

 まあ、後で訊いてみれば分ることだから、今は黙っているほうが良い……のかな?


 お巡りさんと小林さんとの会話が一段落したところで、オレは中年お巡りさんに名刺を渡し

「交番まで同行して、調書にサインとかした方が良いですか?」

と訊いてみた。


 お巡りさんは「いえ、この書類にフルネームでサインだけしてもらえば」とクリップボードとボールペンとを差し出した。

「今後、周辺のパトロールを強化しますから、皆さんご安心下さい」



 ミニパトが帰ると、準お局様の今川さんが

「ちょっと小林ちゃん? そんな変な女がうろついていたんなら、教えてくれなくちゃ。そりゃあ、頼りがいのある上司に相談する方が、手っ取り早いのかも知れないけれど」

と小林さんを詰め、小林さんが

「でも、生きている女の人っぽくないカンジなんですよぅ」

と言い返した。

「透明寄りの半透明だし、生気が無い感じの、なんだか地に足のついてないフワフワ漂っているようなヒトで」


 ……う~ん。

 謎のショートボブは――1度は生身かと疑ったが――幽霊ってことで確定?


 小林さんの証言に、準お局様の今川さんが「えええ!」と叫び、長くなりそうだったので、オレは課長兼営業所長のスマホへ電話をかけた。

 交番にしょっかれはしなかったが、一応調書(?)にサインまでしたのだから、常識的な社会人として報告は上げておかなくちゃならない。報告・連絡・相談による情報共有は、基本中の基本だ。


 所長は無駄口を挿まずオレの報告に聞き入っていたが

『それで小林くんは無事なんだな?』

と確認してきた。


 無事です、と答えると

『なら良かたい。ご苦労さんやったね。今度皆でお祓いにでも行かんといかんな』

と所長は電話の先でガハハと笑った。

 大雑把おおざっぱな元九州人らしい反応で、オレも肩の荷を下ろしたようにホッとした。


 けれども一つ気になる事がある。

「所長、小林さんが”見える体質”って、実は知ってらっしゃったんですか?」


『おお。教育係を頼む時に、いろいろとさとい子だ、と教えといたろ? キミとなら凸凹でこぼこコンビで抜群の組み合わせだと思ってなぁ』


 ナルホド。小林さんは敏い子で、オレは鈍いヤツって事か。


 この日はそこでお開きとなり、オレは「どうです? お茶でも」と言う小林さんと今川さんからのお誘いをやんわりと辞退し、大通りまで歩いて流しのタクシーを拾って家まで帰った。

 なんと言うか……想定の範囲外の出来事の連発に、スゴく疲れちゃったからだ。

 明日も朝から普通に仕事だし。


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