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暗闇に逆光  作者: Srock
1/1

暗闇に逆光1

「ふわぁ…」


 私は目をこすり欠伸を一つ噛み殺す。そうする事によってこの眠気をどうにか遠ざけた。せっかくお父さんのいる時間に起きてるのだ、まだまだ話足りない。まだまだお父さんと一緒に居たい。


「…んん」


 さらに太ももに乗せた手で抓り痛みでもって吹き飛ばす。これで数秒程を稼いだ形。…それでも睡魔は着々と私に忍び寄る。今まさに肩に手をかけんと―


「こら、駄目じゃないか。女の子がそんな事しちゃいけません。痕になっちゃっても知らないよ?」

「う〜。…別にいいもん、服に隠れちゃうもん」


 とっても優しい、大好きな声を認識した脳が再起動を果たす。結局先の動作、延命措置などこの空気の揺れには遠く及ばない。私にはお父さんが一番の眠気覚ましだ、他は要らないものとなる。

 お父さんは私の手を退けると膝の少し上辺りをさすってくれた。この大きな手も私は大好きだ。


「隠れるところも気にしないと駄目だよ?外側を美しく見せるのもそうだけど内面があってこそだからね。…痛くないかい?」


 ベッドの縁に腰掛けた私、床に膝を突き目線を合わせるお父さん。その細められた瞳は暖かい、反射する私は暖炉の前にいるかのよう。それでいて私を心配する涼やかな色をも湛えていた。…それが堪らなく私は嬉しい。

 私の事を考えてくれるお父さん、世界で一番なお父さん。だからもっともっとお父さんを困らせてしまいたくなる。もっともっと私の事を心配してほしくなってしまう。

 だから私はとびっきりの虚言で以て―


「大丈夫!お父さんのおかげで痛いのなくなった!!」

「ははっ、そう。よかったよかった」


 けれども喜びが溢れてしまい意図せず真実が口から出てしまう。…お父さんには嘘を付けない体質と最近知った。ただただ不便で仕方ない。だがこれには欠点だけでなく利点も確かにあった。しかも不満を帳消しに出来る程のサプライズが度々にやって来る。

 今回もそれだった。


「お父さんね、この笑顔を見ると『明日も頑張ろう』って思えるよ。だから今日は遅くまで起きてくれててありがとう。悪い子といっぱい話せてお父さん嬉しいよ。…お母さんにはこの事ナイショだよ?」


 ニパッと私が笑えばお父さんも同じ表情で私を見つめてくれる。とんでもないご褒美だ。

 ついでにとよしよしも沢山してくれる。…お父さんはその貴重さをわかっているのだろうか?その一撫では私の一週間分のエネルギーを秘めているというのに。


「うん!ナイショにする!!お父さんと私の秘密ね!!」

「しー、大きな声で言うとお母さんにバレちゃうから。…あははっ」

「うふっ!あはは!!」


 ついさっき抱いた勿体ない思いなどたちまちにどうでもよくなる。それこそこんなつまらない事にお礼など不要だ。私の方こそお父さんの笑顔を思い浮かべれば嫌な勉強にも頑張れる。

「しー」っと口に人差し指をあてがうお父さん。お父さんに習い私も「しー」をして右手を口元に。おでこを互いにくっつけ合っては二人して真剣な顔を。そしてどこかおかしくなって笑いあった。


「…ふわぁあ〜、くぅー」


 だけれど最後には限界が訪れる。成長途上の細い喉ではもはや飲み下せない程に育った睡眠欲求。居心地悪い事に気づかれてしまい『ここから出せ』と暴れ出す。私は大口を開けてその塊を体外に示してしまった。足掻きは弱々しく、間延びした悲鳴は事象に反して産声のよう。

 そして目敏いお父さんは私の変化を見落とさない。


「うん、そうだね、もうこんな時間か…。名残惜しいけどもう寝なさい、寝ないと大きくなれないからね」

「えっ!?やだーー!!」


 お父さんは私の背中と膝裏に手を入れると抱き抱える。一度勢いを付けば自分の肩に私の胸を乗せお尻を片腕で支えた。空いた手でお布団を捲るとゆっくりとその隙間に私を降ろす。そのまま剥がした掛け布団を掛けようとした。

 私はそれをバッ!っと跳ね除ける。ここで次回予告など堪ったものではない。上に記したよう全然に話足りないのだ。私はお父さんの寝間着を握り締めて離さず全身で駄々をこねた。とはいえ威勢のよかったのは最初だけ。幼い体では耐えられようはずもなく徐々に瞼が閉じてゆく。


「ほら、あったかくして寝るんだよ。大丈夫、眠るまでお父さんは傍にいるからね」

「…やーあー、まりゃ起きてるー」


 達者な舌は回れども舌足らず、用をなしていない。視界も暗く染まっていき意識も曖昧に…。胸に心地良い振動があるは何だろうか?一定に刻まれるそれが忌まわしい、私をお父さんから遠ざける。


「おと…、さん。…て…」

「うん、握るよ」


 もぞもぞと布団より動かしていた手が包まれる。たったそれだけで私は安心して夢の旅路へ。


「お休み。…ん?ちょうどだね」


 囁くような、それでもはっきりと届く声が揺り籠へと私を導いて…。


「5歳のお誕生日、おめでとう小春(こはる)



 ――――――――――


 春の木漏れ日和、私の名前の由来が季節。

 窓際の席はポカポカとした陽気でいる。カラカラと窓を開ければ優しい風が私の頬をくすぐった。


「ん〜…、ふー」


 私は伸びをして深呼吸する。さすれば恵風に乗る花の香りが私をもて遊んだ。視線を中庭に投げればそれこそ千紫万紅に咲き誇る春花達。彼女らは鮮やかにも私を迎え入れ楽しませた。

 それら種々の芳しさの中にも強弱がある。またこの季節の移り変わりは激しく昨日の今日で形勢は様変わりだ。庭園についてはシーズン毎に便りがアップされる。友人達と共に見比べながら歩いたのはここ数日の事、記憶に新しい。

 私は目を閉じ再度深呼吸を、脳裏に浮かぶは…。


「…今日は特にあの2つかな」


 一つはフリージア、甘酸っぱい香りだ。甘ったるくない爽やかさが特徴的か。数多い色彩の中でも黄色の花弁が最も強くアロマ主張するらしい。

 もう一つは…、これはヒヤシンスか。単体ではワイルドなグリーンノート。しかし多くの助けを借りた今はすこぶるに調子が良い。

 それぞれタイプの異なる清涼感。それらが鼻腔を通り抜けるとスッと私の頭を軽くした。私は息を吐く、そして下ろした幕を上げてレンズに光を集める。さすれば目当ての色味らは容易にして見つかった。

 思い描いていたそれ以上に彼女らは美しかった。


「綺麗…」


 だがあの花々が整然として美しいのは人の手によるもの。人工的故。重機によって均されたならば科学的に培養された腐葉土の寝床を。降り注ぐ水道水は散布量を管理されたスプリンクラーによる。そして完成されたるは嫋やかに真っ直ぐ空へと立つ茎。支え要らずの彩を私に見せびらかす。

 作為にあふれる造園。

 ここにあるは確かに自然だ。確かに自然であるのに自然を淘汰されている自然という現象。エコロジカルは自然と寄り添う事、決して自然でない。ならばこいつらは寄り添う側の代表のようなもの。いかに美しくとも行為によっては醜怪になる。腐った百合は雑草よりひどい臭いを天地に放つだけ。鼻で笑う惨めさでしかない。


「綺麗…」


 顔を上げ目を細めればガラス張りの高層ビルがピント合わす。あれら無数に建ち並んでいるは幻覚か?もうもうと煙を履く連なる首長竜達。地を這う高速のトカゲは誰もが気にもならない?屋上に緑の絨毯を。公園には広葉樹、道路脇にて電柱に紛れさせれば尚の事よろしい…。

 圧倒的な灰色の中の若干に混ぜた緑色。局所的なカラクリは人々の頭をおバカにしたのか。結局は外側が美麗でいるなら建前と誰もが気付かない。美しい絵の具で何重にもキャンパスを塗り潰すだけ。見たくない真っ黒を覆い隠す素晴らしき技法。腐った肉、それを香草・香辛料で食べれる物にする大衆酒場とも。提供されるアルコールはメチルかもしれないな。


「綺麗…」


 私の生き様と同じだ。


「んん〜…」


 私は三度胸を膨らませた。この肺に満ちる嘘つきのそれを血に溶かす。溶かすと共に全身に行き渡らせる。

 あぁ…、私にはわからない。皮肉屋の私には皮肉なお前達が私に見えるから。指差されて『あの中の一つがお前の首だ』と言われよう。であるなら『そうか』と納得出来てしまうから。簡単に踏み潰せる匂い立つパレット。それと同等以下の矮小な私だから…。

 わからない…。どうしてだ…。どうしてそうまでして花など育てる?そんな欺瞞を述べてどのような意味がある?これも思春期特有における自己精神の確立による痛いアレか?他者や社会とのギャップによって生じる不安感の現れか?それなら…。

 どうか無様な私に教えてほしい。


「綺麗ね」


 お父さんとお母さんを殺した私の生にはどんな意味がある?

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