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時は流れるままに 7

「だから……そんな顔でアタシを見るなよ」 

 いつものようなたまり場のお好み焼き屋『あまさき屋』でキープしていたウォッカを口にして要がつぶやく。

「仕方ないだろ?いきなり乱入された上に一張羅駄目にされたんだ。気分が落ち込むのも無理の無いことだ」 

 そう言いながら豚玉を焼くカウラ。隣では黙ってアイシャがたこ焼きを頬張っている。

「さすが外道!」 

「なんだ?」 

 要を挑発したこの店の看板娘の家村小夏が出した頭を引っ込めた。

「アタシのおごりなんだ……って、これまでかなりの割合でアタシがおごってないか?」 

「きっと気のせいよ」 

 不機嫌そうな要を前に平然とたこ焼きを突くアイシャ。カウラも慣れてきているので焼けてきた豚玉にソースを塗る作業に集中している。

「それじゃあ、アイシャ。なんでここに来るように仕向けたか聞こうじゃねえか」 

 手にしていたグラスをテーブルに置くと要のタレ目は自然とアイシャに向く。誠も自然と要に合わせてアイシャに視線を向けていた。

「なに?二人とも」 

 平然とたこ焼きを口に放り込むが、熱かったのか慌ててビールを注ぎ込むアイシャ。手元の皿にお好み焼きを移したカウラも手を止めてアイシャを見つめている。

 しばらく沈黙が続く。

「要。アンタの家って……結構お金持ちよね」 

「あ?借金の申し込みならお断りだぞ」 

 アイシャの第一声を聞くと明らかに不機嫌になった要はグラスに手をやった。アイシャは首を横に振る。誠はその様子を突き出しの春菊の胡麻和えを口にしながら眺めていた。

「ちょっとした好奇心からなんだけど、西園寺家のクリスマスってどうなの?」 

 そんなアイシャの一言に要は口をグラスにつけたままものすごく嫌そうな表情でアイシャを見つめた。

「私も興味があるな。胡州四大公家の筆頭の家だ。それとも何か?家が仏教だからクリスマスはしないとか言い出すのか?」 

 カウラも話題の方向を理解すると無責任な笑みを浮かべて要を見つめる。要はカウラの目の前の豚玉をしばらく見つめた後、小さなグラスの中のウォッカを飲み干してグラスをテーブルに置いた。

「まあ……いろいろとあったな」 

 口を開く要を見てアイシャは満足げに頷きながら目で誠に要のグラスに酒を注ぐように合図した。

「クリスマスねえ……」 

 何も無い店の奥に目をやった後、要は注いだウォッカを一口で飲み干した。要のお嬢様としてのクリスマス。

「僕も興味がありますけど」 

「ふーん」 

 そう鼻で笑うと要はしばらく目をつぶった。

「普通の家のとはかなり違うのは確かだな。それにその時期は社交界とやらの盛んな時期でね」 

「ほう!社交界と来ましたか!どうです?カウラさん」 

 粘着質の笑みを浮かべたアイシャがマイク代わりにたこ焼きを箸に突き立ててカウラの前にかざす。そのこっけいな姿にカウラは一瞬戸惑ったが、すぐにアイシャを無視して豚玉に箸をつけた。

「アタシは餓鬼の頃に一、二度顔を出したくらいだけどな、親父もああいう席は苦手だし。まあ西園寺一族では茜が一番得意なんじゃねえかな……ああ、そう言えば叔父貴も……」 

 そう言うと要はまた一息で小さなグラスの中の透明な色のウォッカをあおる。だが、その言葉の中に登場した叔父貴、つまり嵯峨と社交界が誠の頭の中ではどうしてもつながらなかった。

「隊長が……社交界か?」 

 カウラも同じことが気になったらしく、烏龍茶を口に運びながら要を見つめている。

「知らねえのか?茜と楓のお袋はエリーゼ・シュトルベルグ。『ゲルパルトの白百合』と呼ばれた社交界の花とか呼ばれてたんだぜ」 

『え?』 

 誠、アイシャ、カウラの視線が淡々と話す要の顔の前で凍りつく。だが、考えてみればそれは事実を繋ぎ合わせれば誰でもわかることだった。

 楓と茜。双子の姉妹の母がゲルパルトの有力貴族シュトルベルグ家の姫君だということは三人とも知っている。そしてたまに二人をからかうためにエリーゼの社交界時代の画像や動画を誠達に見せびらかす要は何度も見たことがあった。一応は胡州一の名門西園寺家の一員。部屋住みの三男坊とは言えエリート軍人として将来を約束されていた嵯峨にそんな話の一つや二つあっても不思議ではない。知識では、頭では嵯峨と社交界とのつながりは理解できた。だが今のごみ部屋扱いされる隊長室の住人と見た目はほとんど変わらないのに精悍な雰囲気を漂わせている胡州陸軍大学校時代の嵯峨が三人の頭の中ではどうしてもつながらなかった。

「おいどうした?そんなに引くこと無いだろ?」 

 凍り付いている誠達に焦ってグラスを置いて声をかける要。理解したいと思いながら、ハンガーで七輪で秋刀魚を焼いて安酒を煽る姿以外が想像できずに固まってしまうのは三人とも同じだった。

「じゃあ社交界の話題はこれくらいにして……クリスマス!クリスマスよね!社交界の催し物が嫌いな西園寺家ではどう過ごしたのかしら?」 

 話題を変えようとするアイシャの口元が不自然にゆがんでいる。誠も嵯峨の話題から離れようと焼けてきた烏賊ゲソに箸を伸ばして静かに口に運んだ。

 要はアイシャ達の瞳に迫られて腕組みをして考えにふけった。

「そんなに深く考えることなの?」 

 またペースを取り戻してきたアイシャが笑顔で要を見つめる。要の隣の席で烏賊ゲソをかみ締めながら隣の要を見つめていた。

「思い出す限りでは……すき焼きだな」 

 意外な一言に場が凍った。誠が頼んだアンキモを運んできた小夏も怪訝な表情で要を見つめている。

「それ変!」 

 叫んで要を指差す小夏。

「変って言うな!それと人を指差すな!」 

「だって変だよ!ねえ、兄貴」 

「え?ああ……」 

 小夏に同意を求められて誠はうろたえる。確かにクリスマスとすき焼きがすぐに直結して出てくるということが理解できなかった。それに名家の中の名家である西園寺家の豪華な料理がすき焼きだと言うのは理解できなかった。

 嵯峨は食通で通っている。彼が気軽に焼いている目刺しも取り寄せたところを聞いてネットで調べるとべらぼうな価格がついていた。彼の振舞う蕎麦も高級品で知られる蕎麦粉を使用している。それが庶民のお祝いの席のメイン料理のすき焼きとつながる過程が誠にも良く分からなかった。

「すき焼きって……そんな他に物を知らないなら別として……なんだって……」 

 軽蔑するような笑みを浮かべつつちらちら要に目をやりながらビールを飲むアイシャ。彼女のあからさまな挑発行為が要の機嫌を悪化させる。

「へいへい、変ですよ!確かに親父がああだし、叔父貴もああだしねえ」 

 要はそう言うとウォッカを再びグラスに注ぐ。しかし、誠は何で彼女がすき焼きと言い出したかに興味を持っていた。

「僕は知りたいですよ」 

 そうきっぱりと言った誠の言葉に要が口の中の酒を吹きかけた。手で口を覆いながら咳き込む要。

「全く汚いわねえ。誠ちゃんも何で?すき焼き食べたこと無いの?」 

 アイシャの嘲笑。だが、隣のカウラは豚玉を突きながら考えている。

「そうだな。古い家にはそれに似合う慣わしと言うものがあるらしい。西園寺のすき焼きもそれのようなものなんじゃないのか」 

 その言葉を聞いて安堵の笑みを浮かべると隣の要を見た。あまり好きではないカウラにフォローされたのが気に入らないのか、ウォッカを含む口元に不満そうな表情が浮かぶ。

「はあ、なるほど……ねえ」 

 カウラの言葉に納得したアイシャが好奇心に満たされたような顔で要を見つめた。その瞳は黙り込んで酒を飲む要に向けられている。

「いわれとかじゃないと思うぞ。爺さんが肉好きだったってだけの話だからな」 

 そう言うと頭をひねって言葉を連ねた要。それに引き込まれるようにして誠達は要の言葉を聞くことにした。

「いいじゃないの!隠さなくたって。呪い?それともおまじない?聖書の西園寺家流の解釈で生まれたとか言う話なら素敵じゃない」 

「どこがだよ!」 

 そう叫ぶと空になったグラスを置いた要。誠は自分の中ジョッキを置いて要のウォッカの瓶を手にして勺をした。

「お、おう。有難うな」 

 慣れない感謝の言葉を口にしながら再び要は話し始めた。

「たぶん……どうだろな、材料の確保とかさあ、実用的な面で昔からそうなっているんだろうな」 

 要はそう言うと誠の注いだ酒を口に運ぶ。

「あら、西園寺さんのおうちの話?素敵だわ、是非聞かせてちょうだいな」 

 そう言って厨房から現れたのはこの店の女将の家村春子だった。その後ろでは明らかに自分の嫌いな要に母を取られたことを悔しがるような表情を浮かべている小夏の姿がある。

「春子さんなら知ってるでしょ?アタシの家には最近は減ったけど結構な数の居候がいること」 

「それは居候とは言わないでしょ?食客しょっきゃくと言う言葉が正しいんじゃないの?」 

 そう言うと春子は振り向いた。彼女の弾んだ表情に誠の頬も緩む。

「小夏、ビール頼める?」 

 紫の着物の袖をたくし上げて隣の空いた椅子を運んできた春子が通路側に席を構えた。

「え?お母さんも飲むの?」 

「いいじゃないの。どうせ要さんのおごりなんでしょ?」 

 そう言って微笑む春子になんともあいまいな笑いを浮かべた後、要は再び話を続けた。

「まあずいぶん前からのしきたりでね、画家や書家、作家や詩人、芸人ばかりでなく政治を志す書生も主義を問わずに抱え込むのがうちの流儀でね。実際、当主が三人書生に殺されているってのに本当によくまあ続いたしきたりだよ」 

 そう言う要の言葉に合わせるようにビールの瓶とグラスを持ってきた小夏。

「あら、神前君のがもう無いじゃないの。要さんのおごりなんだからねえ。小夏」 

 春子はそう言うとビール瓶を持つと静かに誠のジョッキに注いだ。そしてそのまま自分のグラスにも注いで見せる。

「気が利かねえなあ、神前」 

「いいのよ要さん。それで続きは?」 

 誠は要の話を黙って聞いているアイシャとカウラを見た。誠もとても想像もつかない雲の上の世界の話。それを要は再び続けようとした。

「まあ、胡州は独立直後は神道と仏教以外のイベントは全面禁止だった国だってのはお前等も知っていると思うんだけど、まあ世の中飯の種だ。実際摘発なんてやっていない事実上の解禁状態だったからな、アタシの餓鬼のころは」 

 そう言ってグラスを煽る要。満足げに春子は要の言葉に頷いている。

「当然、解禁されたら便乗商売もいろいろ出てきてクリスマスも話題になるようになった。そこでうちでは食客の中でも稼ぎ時のクリスマスにお呼びのかからない連中がほとんどだからと、クリスマスと正月くらいは力のつくものを食べてもらおうって何代目か前の当主が肉を配ることを考えたんだ」 

「それですき焼き……」 

 アイシャはそう言いながらビールを口にする。誠が中ジョッキを置いた。

「兄貴、注いで来るね」 

 そう言うと小夏は誠のジョッキを持って厨房に消える。カウラも納得したように頷きながら要の言葉が続くのを待った。

「腹に溜まることを重視すると言うわけか」 

 カウラは頷きながら豚玉の最後の一口をつまんだ。その隣でしばらく目をつぶっていたアイシャ。ゆっくりと目を開く。

「でも、上流貴族のレベルの肉ってそんな……」 

「あのなあ、もう一年半の付き合いだろ?観察力のねえ奴だなあ」 

 呆れたような視線をアイシャに発する要のタレ目。実際この目で何度も見られている誠はその独特の相手を苛立たせる感覚を理解して複雑な表情で睨み返しているアイシャのことを思っていた。

「何言うのよってああ……」 

 要に嘲笑のような言葉を浴びせかけられてアイシャは手を叩いて何かを悟る。そんな様子をほほえましく見守る春子。

「はい!兄貴!」 

 計ったようなタイミングで小夏が誠にジョッキを運んでくる。要とアイシャの間の緊張した空気が解けた。

「貧乏舌だもんね、要さんは」 

 春子に指摘されて要は頭を掻いた。確かに要の悪食は有名だった。ともかくまずいと怒っているのは菰田の味付けが崩壊した料理と、目の前の二人の料理を出されたときだけ。後は鮮度が見るからに落ちている魚だろうが、ゴムのように硬い肉だろうが、素材で文句を言うことはまず無い。そして味付けも量の測り方がおかしくて誰もが文句をつけるところでも平気で食べている要を良く見かけた。

「まあ、否定はしねえよ。西園寺の家は代々そうなんだ。爺さんも食い物に文句をつけたことが無いって言うし、親父もおんなじ。まあ遼南貴族の出のお袋やその甥の血筋の叔父貴なんかは結構舌が肥えてて、いろいろ文句を言うけどな」 

 さらりとそう言ってグラスの酒を飲み干す要。誠はなんとなく納得ができたと言うように出されたビールを飲み干した。

「でも結構な量なんじゃないのか?何百人っているんだろ?食客」 

「ああ、でもお祝い事の季節に最下等の肉ばかり買いあさる貴族なんていねえからな。書生連中もコネがあるから流れ作業で何とかなるみてえだったぞ」 

 要はそう言うと今度は自分で酒を注いだ。

「わかったことがあるわ!」 

 突然アイシャが叫ぶ。いかにも面倒だと言うような顔で要がアイシャを見つめた。

「なんだ?」 

 アイシャをにらみつける要の目をじっと見つめた後、アイシャが口元に勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「要ちゃんの話は全く参考にならないということよ!」 

「だったらしゃべらせるんじゃねえ!」 

 大声で怒鳴りつける要。さすがにその大きな声に誠は驚き、カウラと春子は顔をしかめる。

「だから外道って言うんだよ」 

 厨房の入り口の柱に寄りかかっていた小夏は少し引き気味にそう言うと奥へと消えていった。

「あんまり大きな声出さないでよ……」 

 そう言うとアイシャはビールを口に運んだ。その様子をにらみつける要の手が怒りに震えている。誠はできるだけ穏便にことが済むようにと願いながら様子をうかがう。

「でも確かに参考にはならないわね。アイシャちゃん達は普通のクリスマスの過ごし方をしたいんでしょ?」 

 春子の微笑みに苦笑いを浮かべるカウラ。それを見て誠も頭を掻きながら周りを見回す。

「やっぱり恋人と二人っきりって言うのが定番よね」 

「あの、春子さん……」 

 誠は三人の脅迫するような視線を浴びて情けなく声をかける。春子は笑顔で手にしたグラスの中のビールを一息で飲み干した。

「それに至るには私達の経験値が足りないのよ。だから、とりあえず家族や仲間でのクリスマスの過ごし方を体験しようと……」 

 珍しく焦った調子で言葉を並べるアイシャ。隣で大きくカウラが頷いてみせる。

「そういうことなんで春子さんは何か……」 

 ようやくタイミングが見付かり誠が声をかける。その後ろではグラスにウォッカを注ぎながら威圧してくる要の姿があった。

「私ねえ」 

 要の言葉にうつむいて空になったグラスに自分でビールを注ぐ春子。そのままグラスのふちを撫でながら思いにふけるようにうつむいている。

「あんまり良い思い出は無いかな」 

 そう言ってすぐに春子は誠に目を向けた。東都の盛り場で育ったと言う彼女の話を人づてに聞いていた誠はしまったと思いながら頭を掻いた。

 そんな誠を見ると春子は雰囲気をリセットするような笑みを浮かべる。

「やっぱり神前君の話を聞きましょうよ」 

 春子は弱り果てていた誠を見つめた。誠は照れて要達に目をやってすぐに後悔した。春子に色目を使っていると誤解した三人はかなり苛立っていた。ともかくこの場を収めなければと言う義務感が誠を突き動かす。

「まずはケーキですね」 

「それなら私が手配するわよ。なんと言ってもカウラの誕生日なんだから」 

 ようやく落ち着いてアイシャが自慢げに語るのに白い目を向ける要。カウラはどうでも良いというように突き出しを突いている。

「それとチキン。まあ地球では七面鳥を食べるところもあるそうですが」 

「動物ならシャムに頼むか?」 

 要の言葉にアイシャが大きく首を振る。確かにシャムなら七面鳥を持ってきても不思議ではない。時にはこのあまさき屋にもイノシシや山鳥などの猟で取れた肉や、どこから手に入れたのかわからない珍しい鶏の卵などを持ってくることもある。

「鶏肉で良いんじゃないのか?そんな珍しいものは必要ないだろ」 

 烏龍茶を飲みながらカウラがつぶやく。アイシャはその言葉に納得するように頷くと誠の次の言葉を待った。

「ツリーとかはどうします?」 

 誠も久しくクリスマスらしいものとは無縁なので、そう言ってアイシャを見た。ぐっと右手の親指を上げて任せろと目を向けるアイシャ。

「勝手にしろ」 

 そう言うと要はグラスを口に運ぶ。

「他にシャンパンは……」 

「スパーリングワインでしょ?」 

「どっちでもいいよ。でも貴様等は飲むな」 

 カウラの言葉にアイシャが合わせて要が二人に目を向ける。そんな場景を笑みを浮かべて眺めていた誠。

「愉しそうね。うちも店を閉めて神前君のところお邪魔しようかしら」 

 そう言って微笑む春子に要がタレ目で空気を読んでくれと哀願するようなサインを送る。

「冗談よ、冗談。うちが店を閉めたらシャムちゃん達まで押し寄せるわよ」 

「それはちょっと勘弁してもらいたいですね」 

 愛想笑いを浮かべる誠。そんな彼の視線に一人で腕の端末に何かを入力しているアイシャの姿が目に入った。

「何をしてるんですか?クラウゼ少佐」 

「ん?」 

 誠の言葉にアイシャの行動を見つけたカウラが端末の画面を覗きこむ。

「クリスマスを愉しく過ごす100ヶ条。お前、本当にイベントごとを仕切るのが好きだな」 

 呆れたようにカウラは烏龍茶を口に運ぶ。要もカウラの言葉でアイシャの行動に興味を失って静かに空のグラスにウォッカを注ごうとした。

「あれ?空かよ。春子さん」 

「今日はウォッカは無いわよ。先月頂いたジンなら一ケース封も切らずに置いてあるけど」 

「じゃあ、それで」 

 要の言葉に厨房の入り口に立っていた小夏が呆れたような顔をした後中に消えていった。

「でも、愉しそうよね。できれば写真とか撮って送ってね」 

 春子はそう言うとさわやかに笑いながら立ち上がり奥へと消えていく。その様を見送っていた誠の目を見て複雑な表情を浮かべた要。

 誠が厨房を見つめているのを幸いに懐からウィスキーの小瓶を取り出した要は蓋を取って誠の飲みかけのビールのジョッキに素早く中身を注ぎこんだ。

「素敵ですよね、春子さん」 

 うれしそうに言う誠に伏せ目がちに視線を送る要。アイシャは要の行動を見ていたが誠がジョッキに口をつけるのを止めることはしない。

「ぐっとやれ、ぐっと」 

 カウラも煽るようにつぶやく。誠は不思議に思いながら一気にジョッキを空にした。

「あれ?なんだろう……目が回るんですけど……」 

 そう言った言葉を残して誠は腰が抜けたようにその場にへたり込んだ。そしてそのまま意識は混濁した闇の中に消えた。

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