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時は流れるままに 5

 終業のベルを聞いてもゲートには人影が無かった。定時帰りの多い警備部は今日は室内戦闘訓練で不在、年末で管理部は火のついたような忙しさ。

 出動の無いときの運行部は比較的暇なのはゆっくりみかんを食べているアイシャを見れば誠にもわかる。それでもいつも更衣室でおしゃべりに夢中になっていることが多いらしく、報告書の作成の為に残業した誠よりも帰りが遅いようなときもあるくらいだった。

「みかんウマー!」 

 全く動く気配が無いアイシャがみかんを食べている。隣のカウラも同じようにみかんを食べている。

「しかし……退屈だな」 

 要は湯飲みを転がすのに飽きて夕暮れの空が見える窓を眺めていた。

「誕生日ねえ……」 

「ああ、要ちゃんって誕生日は?」 

 突然アイシャが気がついたように発した言葉に要の動きが止まる。しばらく難しい表情をしてコタツの上のみかんに目をやる要。そして何回か首をひねった後でようやくアイシャの目を見た。

「誕生日?」 

「そう誕生日」 

 見詰め合うアイシャと要。カウラは関わるまいと丁寧にみかんの筋を抜く作業に取り掛かり始めた。誠は相変わらずコタツに入れずに二人の間にある微妙な空気の変動に神経を尖らせていた。

「そんなの知ってどうすんだよ。それに隊の名簿に載ってるんじゃねえのか?」 

 投げやりにそう言うと要はみかんに手を伸ばした。

「そうね」 

 そう言うとアイシャは端末に目をやる。要が貧乏ゆすりをやめたのは恐らく電脳で外部記憶と接続して誠の誕生日を調べているんだろう。そう思うと少し誠は恐怖を感じた。

「八月なの?ふーん」 

「悪いか?誠だってそうだろ?」 

 要はそう言って話題を誠に振る。アイシャ、カウラの視線も自然と誠へと向かった。

「え?僕ですか?確かにそうですけど……」 

 突然の展開に頭を掻く誠。その時背中で金属の板を叩くような音が聞こえて振り返る。

「お前等……」 

 そこにいたのは医療班のドム・ヘン・タン大尉だった。医師である彼は正直健康優良児ぞろいの保安隊では暇人にカテゴライズされる存在である。しかも彼は部隊では珍しい所帯持ちであり、できるだけ仕事を頼まないようにと言う無言の圧力をかける嵯峨のおかげで比較的定時に近い時間に帰宅することが多い。

「ああ、ドクター」 

 アイシャの言葉に色黒のドムの細い目がさらに細くなる。

「ドクター言うな!」

「じゃあなんと言えば……」 

「そんなことは良いんだよ!それよりあれ」 

 ドムはそう言うとゲートを指差す。ゲートは閉じている。その前にはファミリー用ワゴン車がその前に止まっていた。

「ゲート開けとけよ」 

「へ?」 

 誠はドムの一言に驚いた。一応は司法特別部隊という名目だが、その装備は軍の特殊部隊に比類するような強力な兵器を保有する保安隊である。誠の常識からすればそんな部隊の警備体制が先ほどまでも誠達の状況ですらなり緊張感に欠けると叱責されても仕方の無いことと思っていた。

 だが目の前のドムは常にこのゲートがこの時間は開いていたと言うような顔をしている。

「あのー、開けといたらゲートの意味が無いような……」 

 ひざ立ちでずるずるドムのところに向かう誠を冷めた目で見つめてくるドム。

「まあ、そうなんだけどさ。いつもなら今の時間はゲートは開きっぱなしだぞ」 

 さすがにその言葉の意味が分かったというように苦笑するドム。彼も遼南帝国では軍に在籍していた経歴がある。この異常にルーズな体制には彼もはじめは戸惑ったに違いないことは誠にも分かった。

「ああ、アタシ等はいつも残業があるからねえ。定時に帰れる人はうらやましいや!」 

 みかんを手にしながらの要の一言にドムの顔が曇る。とりあえず話題が変わってほっとするが間に立つ誠は二人の間でおろおろするしかなかった。

「でもそれでいいならそうすれば。誠ちゃん」 

 アイシャのその一言で誠はゲートを上げた状態で止まるように操作した。

「じゃあ失礼するよ」 

 そう言うと足早に車に乗り込み急発進させて消えていくドム。

「ったくよう。あれじゃあ看護師が欲しいなんて言えねえよなあ。民間の病院の医師の方が数十倍仕事をしてるぜ」 

「そうよね。でもまあ出動時には一番の頼みの綱だもの。普段は英気を養っていてもらわないと」 

 珍しく頷きあう要とアイシャ。それを見ていた誠が立ちひざのままコタツに向かう。

 急に腹の虫が鳴いた。それを聞くとアイシャの表情が変わった。元々切れ長の瞳には定評があるアイシャだが、さらに目を細めるとその妖艶な表情は慣れている誠ですらどきりとするものがあった。

「あら?神前曹長のおなかが……」 

 アイシャはそう言うと舌なめずりをした。当然要のタレ目も細くなって誠を捉えている。

「仕方ないだろ。時間が時間だ。それに貴様等が神前を外に出しておくからエネルギーの燃焼が早まったんだ」 

 二人の暴走が始まる前にとカウラの言葉が水をさす。

「そうなの?誠ちゃん?」 

 今度は悲しそうな表情を演技で作って見つめてくるアイシャ。誠はただ頭を掻くしかなかった。

「でもそうすると買出しか出前か……」 

 そう言いながらも要の手には近所の中華料理屋のメニューが握られている。

「決まってるなら言うな」 

 カウラの一言と無視して暮れてきた夕日と自然に付いた電灯の明かりの中で麺類のメニューを見る要。そんな要を見ながらアイシャが人差し指を立てる。

「ああ、私そこなら海老チャーハン」 

 メニューの背表紙で店を推察したアイシャはそう言い切った。要はしばらく眉をひそめてアイシャを見つめた後、再びメニューに目をやった。

「アタシは麺類がいいんだよな……カウラ。貴様はどうするよ」 

 判断に困った要はメニューをカウラに押し付けた。困ったような表情で誠を見た後、カウラは差し出してくる要の手の中のメニューを凝視した。

「あっさり味が特徴だからな……あそこの店は」 

 そう言いながらすでにカウラは食欲モードに入っていた。意外なことだがこの三人ではカウラが一番の大食だった。

 基本的にカウラ達、人造人間『ラストバタリオン』シリーズの人々は小食で効率の良い代謝機能を保持している。運行部部長の鈴木リアナなどは『お姉さんと言えば半チャーハン』と言うキャッチフレーズをアイシャが考えるほど食欲とは遠い存在だった。

 その中で代謝機能の効率化や食欲の制御、栄養摂取能力の向上研究の成果はカウラには見られなかった。172cmの身長の彼女だが、時としては186cmの誠よりも食べることがある。そしてこう言う出前のときもしばらく選択に迷う程度の食へのこだわりがあった。

「私もご飯物がいいな。出来れば定食で……回鍋肉定食か……それでいいか」 

 そう言うとカウラはメニューを要に返す。そして要はそのメニューを誠からも見える位置に置いた。

「おい、神前はどうするよ」 

 要のタレ目が誠を貫く。こう言う時は要は誠と同じものを頼む傾向があった。そしてまずかったときのぼろくそな意見に耐えるのは気の弱い誠には堪える出来事だった。

「そうですね」 

 先ほど要は麺類を食べたいと言った。ご飯ものを頼めば彼女が不機嫌になるのは目に見えている。

「五目……」 

 そこまで言って要の頬が引きつった。五目そばは避けなければならないととっさに判断する誠。彼女は野菜は苦手なものが多い。そこで誠は視点を変える。

「じゃあ排骨麺で」 

「じゃあアタシも同じと言うことで頼むわ」 

 そう言って要はメニューを誠に投げる。受け取った誠はすぐに端末を開いて通信を送り注文を済ませた。

「じゃあご飯も用意できたことで」 

 アイシャはそう言って後ろの棚に四つんばいで這って行く。誠が振り向くと誠に手を振りながら帰って行く運行部の女性士官が目に入る。

「おい、神前。色目使って楽しいか?」 

 背中から投げかけられた要の声に誠は我に返って正座していた。空腹の要の神経を逆なでしてと苦になることは一つもない。

「ちょっと!」 

 戸棚に頭を突っ込んでいたアイシャが叫ぶ。彼女の奇行に慣れている誠達はそれを無視した。

「ちょっとって!」 

 戸棚から書類の入ったファイルを手にしてアイシャが顔を出す。その手に握られたファイルを見てようやく誠達はアイシャが何かを見つけたことに気づいて耳を貸す心の余裕を持つことにした。

「なんだよ……つまらねえことなら張り倒すからな」 

 そう言いかける要だが、アイシャの手にあるファイルが輸送予定表であることに気づいて怪訝な顔でそれに目をやった。

「なんだ?そんなファイル。何か大物でも搬入する予定があるのかね」 

 そう言って要が明らかに不自然な厚さのファイルを手に取るが、彼女がその表紙をめくったとたん、表情が瞬時に緊張したものへと変わった。

「神前。そこの窓閉めろ」 

 要の表情からそのファイルの重要性を理解した誠は、ゲートが見える窓に這って行き窓を閉める。外では訓練の対象には選ばれなかった遅番の警備部の隊員が不思議そうに誠を見つめている。

「何かある……とは思っていたけどねえ……」 

 カウラは要の手のファイルを伸びをして覗き込んだが、すぐに黙り込んだ。

「まあマリアの姐御がわざわざ暇な私達を呼んだってことで予想は出来ていたことなんでしょうけどね」 

 アイシャがそう言うと出がらしの入った急須にポットのお湯を注ぐ。

「噂は前からあったしなでも今のタイミングか……」 

「今だからじゃないの?ランちゃんも配属されたことだし。それを装備して同盟の威信を見せ付けて結束を印象付ける。タイミング的にはばっちりだと思うけど」 

 要、アイシャの緊張した面持ちと言葉。誠はそのファイルの内容が想像もできず、ただぼんやりの三人の顔を眺めていた。

「ああ、それじゃあ裏取ってみるか……」 

 そう言って腕の通信端末からコードを伸ばして自分の首のスロットに差し込もうとする要を見てようやく決心が付いた誠は口を挟むことに決めた。

「なんなんですか?何が搬入されてくるんですか?」 

 誠の言葉に手を止めて呆れたような表情を作る要。カウラは額に手を当てて部下の態度に呆れていた。アイシャもまた呆然として誠をじっくりと眺めている。

「あのさあ、叔父貴の愛機と言えばなんだ?」 

 手を休めた要の一言。誠は何か考えがある要を意識しながら考えてみる。

「四式改じゃ無いんですか?」 

 その言葉にカウラは大きなため息をついた。明らかに自分を非難していることがわかるその態度にさすがの誠も頭に来るところがあった。

 四式。先の大戦で使用された胡州のアサルト・モジュールと言えば97式特機だが、その後継機として開発を進められた特機。胡州製としては珍しい重装甲を施した駆逐アサルト・モジュールだが、アクチュエーターの出力のわりにメイン動力の反応炉の出力不足で試験機が遼南戦線に投入され、嵯峨の愛機として活躍しただけの知名度の低い機体だった。

 戦後、高出力の反応炉を搭載した四式は遼南内戦でも嵯峨の愛機として活躍。現在でもフレーム機構をそのままに現用のアクチュエーターを搭載した機体が保安隊には装備されていた。

「なんですか?新型でも出来るんですか?隊長は現在東和軍の開発の09式をぼろくそに貶してたじゃないですか!07式の配備が中止されて次期主力アサルト・モジュールの研究もほとんどの国で中止している時期に……」 

「だからよ。だからこれを出動待機状態に持ち込むのは効果的なのよ」 

 そう言ってアイシャは端末を操作する。注視していた誠の前に見覚えのある人型兵器のシルエットが浮かび上がった。その姿に誠は恐怖を感じなければいけなくなっていた。

「カネミツですか」 

 その印象的な外観には誠も覚えがあった。

 額に打ち付けられた汎用アンテナがまるで平安武将のクワガタのように伸びる姿。肩にマルチプル法術空間展開用シールドをぶら下げている格好。全体に嵯峨の好む暗い灰色を基調にしながら目立つ鮮やかな銀色のボディーの肩部分の装甲には先代の当主である嵯峨惟基泉州大公の搭乗機を現す笹に竜胆のエンブレム。

「これがついに……」 

 誠が唾を飲む様をカウラは緊張した面持ちで見つめていた。噂はあっただけにそれが警備部の資料として登場するとなると誠も手に汗を握った。

「叔父貴の奴。これは投入しないって話じゃ無かったのか?」 

 要の言葉も誠には良く分かった。この機体の正式名称は『特戦3号計画試作戦機24号』と言うものだった。先の大戦で法術の可能性に気づいた胡州陸軍兵器工廠。列強。特に胡州は遼南帝国との同盟締結以降、アステロイドベルトの紛争で威力を発揮した先遼州文明の決戦兵器『アサルト・モジュール』の開発に着手した。だが、遼南帝国女帝ムジャンタ・ラスバの肝いりで遼南が開発した『ナイトシリーズ』や『ホーンシリーズ』の開発コストがアサルト・モジュールの量産配備を目指す軍部と政府が対立、人型で装備的には先頭車両や攻撃戦闘機などの兵器を搭載しただけの人型兵器である97式を圧倒的ローコストで開発して装備することになる。

 そして同時期にアサルト・モジュールに目をつけていた地球列強とのアステロイドベルトおよび遼州外惑星、各植民星系の利権をめぐる争いからアメリカを中心とする国々との戦争に突入していくことになった。

 胡州陸軍はコスト的な問題により『ナイトシリーズ』や『ホーンシリーズ』並みの戦闘能力を諦めて97式を投入したわけだが、技術部門は両機体の圧倒的な戦闘能力を理解した上で法術師専用の本当の意味でのアサルト・モジュール開発を諦めることは無かった。『特戦三号計画』と名づけられた新規アサルト・モジュール開発計画だが、これは戦争の拡大で予算を削られながらも終戦までその開発計画は継続された。

 プラットフォームとして四式のフレームを使用して干渉空間展開領域利用式新式反応炉搭載による圧倒的な出力による機動性。専用アクチュエーターの開発により実現可能な格闘戦能力。小脳反応式誘導型空間把握式照準システム。どれも先の大戦時の使用アサルト・モジュールとは一線を画す画期的なシステムを導入する予定だったが、物資の不足、技術の未熟、何よりも対応可能な法術師のパイロットがいなかったところから終戦と同時にその資料は闇ルートに売却され表に出ることは無かった。

 嵯峨惟基は終戦の三年後、アメリカ軍の法術師実験施設から逃走して胡州、東和を経て遼南北部の軍閥、北兼閥に身を投じた。その時には彼は独自ルートで特戦三号計画の資料を入手して自らの専用機として胡州帝国の泉州コロニーで開発を続けさせていた。

 結果、24号機において要望されるスペックを持つ機体の開発に成功。開発スタッフは嵯峨の腰にいつもある西園寺家秘蔵の日本刀の名前からこの呼称を『カネミツ』と命名。遼南内戦でパイロットとしても活躍した嵯峨の愛機として名前をとどろかせることになる。

 そんな高コストで高性能な機体の搬入作業の計画があるなどと言うことはそれなりのタイミングを計るだろうと誠も思っていたが言われればそう言う時期だということを思い出した。東和国防軍の暴走が白日の下に晒されて東和軍への国民の不信が表面化した今のタイミング。確かに司法執行機関であり、遼州星系の統一の象徴である保安隊への強力な兵器の導入は今しかないとも思えた。

「誠ちゃん。これだけじゃ無いのよ」 

 アイシャはそう言うと端末の画面を切り替える。遼南内戦でシャムが愛機とした『クロームナイト』。そしてその前に立ちはだかった遼南共和政府軍所属のランの『ホーン・オブ・ルージュ』。

「確かこの二機は豊川の工場でオーバーホール中でしたよね……隣の……」 

 誠はそう言うとゲートの外、菱川重工豊川工場の敷地の方に目を向いた。運行部部長鈴木リアナ中佐の夫はこの豊川工場所属のアサルト・モジュール開発部門の特機開発チームのリーダーを務めていた。よく野球部の練習試合で対戦する関係から隣の工場群の建物の一隅に遼南帝国から搬送された『クロームナイト』や『ホーン・オブ・ルージュ』などが最新式の動力部品を搭載して待機中だということは誠も知っていた。

「まあな。ランの07式は東和軍からの借り物だからな。あの餓鬼共の専用機も必要なんだろ」 

 要はそう言うと目をこする。興奮気味だったのは一瞬で要は完全に興味を失ったとでも言うようにコタツの上のみかんに手を伸ばす。

 誠が周りを見渡すとカウラも興味なさそうに誠の顔を眺めていた。おそらくは二人ともその情報を知っていたのだろうと思うと少しばかり誠はがっかりした。

「まあ先月には新港にコンテナが運ばれてたって話しだから。後はタイミングの問題だったんじゃないの?」 

 アイシャもつまらなそうにファイルを要から受け取るとそのまま棚に返した。

『なんだよ……反応うすいじゃないか』 

 突然スピーカーから声が聞こえてきた。しかしその声に驚く人物は部隊にはいなかった。

「叔父貴。趣味が悪いぞ」 

 呆れたように要は戸棚の隣のスピーカーを見上げる。

 嵯峨の懐刀と呼ばれる第一小隊二番機担当兼情報管理室長の吉田俊平少佐。彼が部隊のあちこちに隠しカメラや盗聴器を仕掛けていることは公然の秘密であり、嵯峨がそれを利用していることも知られていた。

『ようやく満足が出来る設定になったって開発チームから連絡があってさ。とりあえずそれなら俺が見てやるから持って来いって言う話になったんだよ』 

 ぼんやりとした嵯峨の顔が想像できてついニヤつく誠。だが、隠しカメラの存在を思い出してすぐにそれを修正した。

「だったらシャムとランの姐御の機体を用意した理由はなんなんだ?」 

 いつも叔父に対して挑発的な口調になる要を誠はニヤつきながら見つめていた。言葉を発した後、誠の視線に気づいた要は気まずそうに剥いたみかんを口に放り込んだ。

『まあ……シャムの05式乙型の法術触媒機能がいま一つ相性が悪くてね。ヨハンの奴がどうしてもクロームナイトの触媒システムの稼動データが取りたいって言うんだ。それとランの奴の場合は07式はあくまで試作だからな。十分な実験データが取れていない状態で実働部隊に使用されていること自体が異常なんだ』 

「異常?この部隊自体が異常なくせに」 

 叔父である嵯峨の言葉に切り返す要。誠はただ頷きながら彼を見つめているカウラの視線を感じて目を伏せた。

『そんな事言うなよ。一応俺も苦労しているんだぜ』 

「苦労ねえ……」 

 意味ありげに笑う要。誠も乾いた笑みを浮かべるしかなかった。

「物騒なものを持ち込むんだ。それなりの近隣諸国への言い訳や仮想敵あるんだろうな。アメちゃんか?中国か?ロシアか?それともゲルパルトの残党や胡州の王党過激派か?理由は威嚇か?最終調整の為の試験起動か?それとも……」 

『焦りなさるなって』 

 要の矢継ぎ早の質問にいつもののらりくらりとした対応で返す吉田。誠は要に目をやったが明らかに苛立っていた。

「先日の遼南首相の東和訪問の際に東都港に入港したあれですか?」 

 アイシャの言葉に驚いたように要の視線が走る。

「なによ!そんなに責めるような目で見ないでよ。一応これでもあなた達より上官の佐官なのよ。話はいろいろ知ってても当然でしょ?」 

 慌ててそう言ったアイシャの言葉にカウラは頷くが要は納得できないというように手にしていたみかんをコタツにおいてアイシャをにらみつけていた。

『喧嘩は関心しないねえ……。仮想敵から話をするとねえ、遼南の南都軍閥に動きがある』 

 そんな嵯峨の一言で空気が変わった。

『遼南帝国宰相、アンリ・ブルゴーニュ候は米軍とは懇ろだからな。彼の地元の南都軍港で何度か法術師専用のアサルト・モジュールの起動実験が行われていたと言う情報は俺もねえ……あれだけあからさまにやられると裏を取る必要が無いくらいだよ』 

「実働部隊は蚊帳の外……いや、あのチビ!アタシ等に隠してやがったな!」 

 そう言うと要は半分のみかんを口に放り込んでかみ始める。明らかにポーカーフェイスで報告書を受け取るランの顔を想像して怒りをこらえている。そんな要の口の端からみかんの果汁が飛び散り、それの直撃を受けたカウラが要をにらみつけるが要はまるで気にしないというようにみかんを噛み締める。

『ああ、お前等には教えるなって俺が釘刺しておいたからな。なあ、クラウゼ』 

 目の前のアイシャが愛想笑いを浮かべている。カウラも要も恨みがましい視線を彼女に向けた。 

「しょうがないじゃないの!隊長命令よ!それに貴方達は他にすることはいくらでもあるんだから」 

「駐車禁止の取り締まり、速度超過のネズミ捕り……ああ、先月は国道の土砂崩れの時の復旧作業の仕事もあったなあ」 

 嫌味を言っているのだが、誠から見るとタレ目の印象のおかげで要の言葉はトゲが無いように見えた。

『喧嘩は止めろよ。それにだ』 

「?」 

 突然言葉を飲み込んだ嵯峨に要は首をかしげた。彼女の背中を指差すカウラ。誠と要は同時に振り向いた。

「どうも……」 

 そこには中華料理屋の出前持ちの青年が愛想笑いを浮かべながら笑っていた。

「仕方ねえなあ」 

 要は腰を上げて財布を取り出す。

「三千八百五十円です」 

 入り口の戸棚の上に料理を並べながら青年が口にしたのを聞くと要は財布に一度目をやった。

「アイシャ二千円あるか?」 

「また……」 

 呆れたような口調でアイシャも財布を取り出す。その光景を見ながらカウラと誠はただニヤニヤと笑うだけだった。

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