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時は流れるままに 32

「なるほど……やっぱり叔父貴か」 

 そう言って要は静かに手にした汁の中に静かに蕎麦湯を注いだ。しおれてうつむく菰田。隣のテーブルでは島田のシャレに突っ込むサラのけたたましい笑い声が響く。

「うるせえ!」 

「止めなさいよ。それに要ちゃんの声のほうがうるさいわよ」 

 怒鳴る要とたしなめるアイシャ。それを見ながらお代わりした蕎麦をすすっているカウラ。

「でもまあこれで……」 

「ご苦労さん。さようなら……出来ればカウラちゃんが食べ終わるまでに会計済ませといてね」 

 明らかにつれない、それどころか昼飯をたかるつもり満々な二人の上司に菰田は大きなため息をついた。

「そんな……」 

「あきらめろよ。見つかった俺等が間抜けだったんだ。でも良かったじゃないか。ベルガー大尉と一緒に食事が出来たんだぞ。願ったりかなったりだな」 

 島田の言葉にさらにしおれていく菰田。サラと誠が同情の視線を向けたのは無理も無い話しだった。

「ふう」 

 そう言うとカウラは最後の一口を汁の入った小鉢からすすりこむ。そして満足げな顔で蕎麦湯で薄めるわけもないというようにそのまま汁を飲み干してしまった。

「おい、そこは蕎麦湯を入れるもんだぞ」 

「別に貴様にどうこう言われる話ではないな」 

 満腹で多少機嫌が直っているカウラだが、つけられていた頃にはかなり怒っている様だった。要とアイシャが暴走するのはいつものことだが、嵯峨の差し金とはいえ、一番苦手としている菰田にまで参加していたことにいらだっていた彼女は菰田のおごりで昼を食べることで何とか機嫌を直していた。

「ああ、それじゃあ俺等は出るわ」 

 はじめから別会計と宣言していた自分達のてんざるセットの分の伝票を持つとさぅと立ち上がる島田。サラも満足したように一緒に立ち上がって赤い色のコートを見にまとう。

「どこでも行け!二度と帰ってくるな!」 

 いらだっているような要の声に首をすくめるようなしぐさをした後、入り口に消えていく島田とサラ。

「良いわねえ……二人っきりのクリスマス」 

 二人の後姿にあこがれるような表情を浮かべるアイシャ。だがこちらも不機嫌そうな要はじっと掛蕎麦をすすっている菰田をにらみつけていた。

「本当にすいません」 

 反省の弁。だがカウラはそのような言葉に耳を貸すわけではなかった。

「それじゃあ帰るか」 

 立ち上がるカウラ。追いすがるような菰田の視線が誠の笑いを誘うが、すぐに目の前で殺意をこめた視線を送ってくる菰田がいるのでただ黙り込む。

「じゃあお勘定お願いね」 

「ちゃんと払えよ」 

 アイシャも要も感謝の言葉を口にする気持ちは無いと言うように無情に立ち上がる。誠も仕方なく立ち上がった。黒で統一されたような和風の雰囲気の蕎麦屋。もうすでに自分達の分だけの会計を済ませた島田達の姿は無い。

「あいつが払いますから!」 

 近づいてきた店員に、要がうつむいている菰田を指差す。ニヤニヤ笑いながらアイシャが店を出るのに付き従うカウラと誠。

「寒いわねえ」 

 店を出たとたん、弱弱しい太陽と北風の出迎えを受けてアイシャが首をすくめた。紺色のコートと彼女の同じ色の長い髪が風になびいているのが見える。

「それじゃあ帰るか」 

 最後に出てきた要がそう言うとアイシャは大きく頷いて歩き出す。

「帰るんですか?」 

 誠のその一言にゆらりと振り返っておどろおどろしい雰囲気で誠をにらむ要。

「なんだ?お前これからカウラと何をする気だったんだ?」 

「そりゃあ決まってるじゃないの……ねえ」 

 そう誠に言ってくるアイシャの表情には笑いは無かった。誠は仕方なくカウラを見る。彼女はおいしい蕎麦に満足したと言う表情で誠を見つめてくる。

「わかりましたよ!」 

 そう言うと誠はそのまま最寄の地下鉄の駅を目指して歩き出す。

「でも……なんだか似合ってて少し悔しかったわね」 

 ポツリとつぶやいたアイシャの後頭部を小突く要。二人を振り返り苦笑いを浮かべながら下町情緒のある東都の街を歩く誠。考えてみれば彼女達と出会ってまだ半年を迎えるかどうかと言うところ。ここまでなじめるとは誠も考えていなかった。

「それにしても腹立つな……叔父貴め!」 

 そう言って何かを殴るふりをする要。そんな彼女に大きく頷いたのはアイシャ。

「尾行を考え出した人間がよく言うな」 

 二人ともさすがに今の状態でカウラに見つめられると苦笑いを浮かべるしかなかった。

「でもなんだかオメエの母ちゃんは張り切ってるみたいだったな。シンの旦那から鶏肉がたくさん送られてきたのを見てすっかりやる気になってさあ。邪魔しようとするこいつを台所から追い出して……」 

 ニヤニヤ笑っている要。その言葉にアイシャは不本意だと言うように頬を膨らませる。

「それに……カウラ。耳を貸せ」 

 要はそう言うとカウラを抱き込んで耳元に何かささやいていた。

「二人ともなに?悪巧みか何か?」 

 いつの間にか到着していた地下鉄へ降りていく階段の前で仁王立ちしてみせるアイシャ。

「まあ気にするなって。お楽しみだよ」 

 そう言うと要はさっさと階段を降り始めた。


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