ボタン
3日クオリティです。
音ゲーやってた訳じゃないからね?
イベント走ってた訳じゃないからね?(悲痛)
信号が赤から青になる時間は、どれくらいなのだろうか。
それを長いと思う人もいれば、そんなの一瞬だと思う人もいるだろう。あるいはそんなの分からねえよって思う人もいるだろう。
実際、俺もその分からないと思う人間の1人だった。
今では、一瞬だ。
高校からの帰り道。
「え…、マジかよ…」
目の前には、『工事中』の文字が書かれた看板。それが帰り道の道路を塞いでいた。
何も下校時刻に工事なんかしなくてもいいだろ…と思いながら、俺は右へ曲がった。
ここからでも一応は帰れるのだが、交通量の多い大通りを横断しなければいけない。
その横断歩道の信号が、めちゃくちゃ待たないと青になってくれないのだ。
ボタン式なのに3分ぐらいその場で待たされたこともある。市役所には『早く直してほしい』なんて苦情がいくつも来ているそうだ。お役所仕事をしている親が、俺にずっと愚痴を言ってたくらい。
そんな信号を横断するのは気が引けたが、工事責任者に文句を言っても仕方ない。工事がなかったら歩道橋から帰れたのに…と思いながら歩くと、例の信号機が見えてきた。
信号が赤なのはもちろんだが、そこには1人の女子高生が青になるのを待っていた。
というか、この女子、俺の高校の制服だ。
おかしいな…、この信号は地元の人なら誰でも避けるはずなのに。もしかして俺のように工事のせいで遠回りをしているのかもしれないな…と、その女子と距離をとって、信号が青になるのを待っていた。
3分経過。
いやいや。
いくら何でも遅すぎだろ、ボタン式信号機って本当に3分も待つのかよ!
さっきの話の『3分』は少し大袈裟に言ったつもりだが、まさか本当に3分待たされるとは。
止まらない車と変わらない信号機の色に、俺は少しイライラした。俺の隣にいる女子も同じ気持ちのようで、周りを見渡して、それから信号機の色を確認している。
仕方ない…。少し遠くなるけど、他のところから横断するしかないか…と思い始めるが、ふとある場所が目に留まる。
それは、信号機のボタンだ。
普通、ボタンは押すと『おまちください』という表示が出てくるはずだ、しかし、この信号機のボタンは何も表示されていない…。
「あの…すみません」
「え?」
いきなり声を掛けられて、少し驚いた様子の女子。
「その…ボタン、押しました?」
俺が指差したところを目で追う彼女。そして、彼女の耳がみるみる赤くなっていった。
「あ…あ…ごめんなさい!」
彼女が慌ててボタンを押すと『おまちください』の文字が出てきた。数秒と経たず信号は青色へと変わる。
恥ずかしくなって俯きながら渡り始める彼女を横目に俺も横断した。
渡り終えたところで、彼女が口を開く。
「あの…同じ学校の人ですよね…、この事は誰にも言わないでください…」
「大丈夫だよ、言わないから」
「というか、同じクラスですよね?」
「え?」
「ほら、12番の東雲楓です」
「え…?、…あ!、東雲さん!」
よく見たら見覚えのある顔だった。俺の前の番号なのに気づかないとは…。大人しめであまり目立たないってのもあると思うけど。
改めて見ると、彼女は小柄な体型で、顔立ちもどこかあどけなさが残っている。美人だし、子役でも通じそうな顔立ちをしている。
「俺、志葉って言います」
「大丈夫ですよ、クラスの人は覚えてますから…、それで、繰り返しますけど、信号のボタンも押さないでずっと待ってたなんてクラスに広まったら、もう学校に行けませんからね…」
「大丈夫ですって、俺、広めたりしませんから」
「約束ですよ?」
東雲さんは俺をまだ疑っているようだ。なので、
「指切りでもします?」
保険をかける為に言ったのだが、これが東雲さんにツボったようで、
「…ふっ、あはは!、指切りって!」
「バラしますよ、友人に」
「今の笑ってないから!、許して!」
「どうですかね?、普段は大人しめな東雲さんがそんな間抜けな事したってバラしたらトレンド入りですよ?、東雲さんも有名になりますし」
「…」
拗ねたのか、そっぽを向いてしまう東雲さん。身長が俺より10センチほど小さく、顔もあどけなさが残っているので、その仕草がめっちゃ絵になる。
「なんか変なこと考えてません?」
「気のせいです」
ヤバい、勘づかれた。旗色が悪そうなので流れを変えることにする。
「東雲さんって、なんでわざわざこの信号機使ってるんですか?」
「志葉くんこそですけどね」
「俺は帰り道が工事中だったので」
「私はちょっと…家に帰りづらくて」
「ああ…」
家に帰りたくない、その発言から色々な事が考えられたが、俺はあえて突っ込まなかった。
「だからってあの信号機、ボタン式なのによく待たされるんですよね…、俺は使いたいとは思いませんよ」
「ボタン押してないんじゃないですか?」
「東雲さんの例もあるし、ありそうですねー」
「…志葉くん、あんまり私をからかわないでほしいです…、黒歴史なので…」
「すみません」
「って、私たち、信号機から全く歩いてないじゃないですか…私、ここから右ですけど、志葉くんはどちらですか?」
「左です」
「ならお別れですね、少しですが、話し相手になってくれてありがとうございます」
見た目子供っぽいのに、こういう所は大人っぽいんだな…。
「だから、志葉くん、失礼な事考えてませんよね?」
「気のせいですって」
いちいち勘が鋭い。
「また明日!」
そう言って彼女は去っていった。さて、俺も帰ろう…。
「ん…また明日?」
「おはよう!、志葉くん!」
「どうしたんですか…東雲さん」
「どうしたって、喋りに来たの、友達だし」
「いや、俺らって、昨日の信号機関連しか接点ないと思いますけど…」
「話し相手なんだから友達!、それに、志葉くんが昨日の噂を広めないかどうか見張るためでもあるんだから」
「もう勝手にしてくださいよ…」
東雲さんが譲らないので、もう折れることにした。
だからと言って、いきなり高校のクラスの中で話しかけるのはやめてほしかった。東雲さんが美少女なわけあって、好奇心でこちらを見てくる人がたくさんいるからだ。
「あと、友達なのに、敬語とか使うのってどうかなって思うの」
「はいはい…分かりましたよ、東雲さん」
「さん付けもなし!」
「そこまでするならバラしますけど」
「ごめん!、調子乗りすぎたから!」
「…で、東雲、なんの用だ?」
「あ、さん付けはやめてくれるんだね、えっと、私と一緒にお昼どうかなって」
「はあ!?」
クラスの男子達の声と俺の声が重なる。数秒後には俺の後ろに男子が数人来て。
「ちょっと東雲さん、こいつ借りてもいいかな?」
「おいおいおい!、ちょっと待て首を掴むな!」
「いいけど?」
「東雲!、裏切ったな!」
くっそ、東雲がキョトンとしているせいで天然なのか小悪魔なのか分かんねぇ…。いや、知り合った翌日にお昼に誘うくらいなのだから、多分天然なのだろう。
俺はその後、クラスの男子達から尋問を受けることになった。
「志葉くん、お昼食べよ!」
「いや本当に食べる気かよ!」
「え…私とじゃ嫌だった…?」
「別にそこまでは言ってないけど男子達から殺害予告受けてるんだよ!」
ほら、今も殺意が感じられるし!
「分かった、じゃあ…」
東雲は俺の耳に近づくと、
『私、旧校舎の入口で待ってるから、後から来て』
そう言って彼女はクラスを出ていった。
…ダメだ、俺、完全に彼女のペースに乗せられている気がしている。とはいえ、ここでご飯を食べるのも男子から尋問の続きをされそうなので、大人しく旧校舎に向かうことにした。
新校舎を出て、旧校舎へと向かう。入口のところに東雲は立っていた。
「旧校舎、空き教室とかあったよね?」
「え、わざわざ中に入る?」
「日焼けしたくないし」
「はいはい…、ところで、なんで俺なんか誘ったんだ?、女子とかと食べればいいと思うんだけど」
「え?、なんで?、友達と食べるのは普通じゃん」
「いや…友達って、たかが信号のボタンを押してなくて待ってたのを見られただけなのに、それ友達って言えるのかよ?」
「志葉くんがそういうこと言うから見張るってのもあるけどね、でも、志葉くんと話してると、楽しいし」
「気に入ってもらえてなによりだよ」
「で、今日も一緒に帰れる?」
「…宿題に結構追われてる方だからな、今日はちょっと無理かも」
「そっか、分かった、じゃあ、お昼にしよっか!」
教室のドアを開ける音。それからも東雲と雑談しながらご飯を食べた。旧校舎の教室はまるで生徒がいるかのように賑やかだった。
宿題を先生に提出したのは、午後5時を回った頃だった。
昨日と同じように工事中の看板がある事を確認し、俺は右へ曲がった。
信号、お願いだから青になっててくれ…、と祈ったが、そんなものなど通じなかった。
そして、既に人が待っていた。というか、あれ東雲じゃないか。
「おーい、東雲!」
「え!?、あ、志葉くん!」
「どうした?、またボタン押してないのか?」
「押した!、違うの、全く信号が青にならないのよ…」
「信号が青にならないって…お前、まさか1時間以上ここで待ってるのか?」
「え?、いやいや、図書館に行ってたから、ここに来てまだ5分しか経ってないよ」
「ああ…そうだよな、流石に1時間も待ってたらおかしいよな…それでも5分くらいって、結構待たされてるんじゃないか?」
「うん…そうだね」
東雲は変わらない色の信号機を見てため息をついている。
「暇だし、しりとりでもしよっか?」
「なんだよその小学生みたいな暇つぶし」
「じゃあ志葉くん、しりとりの『り』ね」
「リンパ腺」
「やる気ある?」
「ないからこうやってる」
「全く、ノリが悪いんじゃないの…?」
「東雲…お前って大人しめのキャラじゃなかったのか?」
「学校ではいつもそうだけど、本当はみんなと喋りたいし」
「二重人格者か」
「まあそういうことだね」
「否定しろよ」
俺がそう突っ込んだところで、信号の色が変わった。
「あ、青なった、やっぱり志葉くんと話してると楽しいね、時間が流れてるのも忘れちゃう」
「お役に立ててなによりですよ」
「はあ…これで優しかったら完璧なのに」
「あ?、じゃあ今は優しくないってことかよ?」
「そういう所が怖いんだよー」
「東雲、これ以上調子に乗ったらバラすぞ?、いいな?」
「そうやって言うけど、バラしてた事ないじゃん、嘘だよ、めっちゃ志葉くんは優しい」
「ずっと見てたのかよ!」
「あはは」
「誤魔化すな!」
そうやって東雲と会話して、一緒にお昼を食べたりして。
1ヶ月が経った。
今日も俺は右に曲がって東雲と同じ方向に行く。
『工事中』の看板はもう置かれていなかったのに。
しかし、そんな東雲との関係に危機が訪れた。
なんと、東雲が告白されたのだ。
相手は学年1のイケメン、成績優秀、スポーツ万能の藤風という奴。
1ヶ月前だったら、「へえ…そっか」で流せただろう。
でも、今は違う。
東雲は告白を受けるのだろうか…という事で頭がいっぱいになって、授業に集中出来なかった。さらに昼ご飯を東雲と食べている時も、
「ごめん、今日は帰れないから、先に帰っててくれない?」
と、東雲から言われた。
多分、今日でご飯を一緒に食べれるのもこれで最後なんだろう。明日からまた1人でご飯を食べることになるんだろうな…と思ってしまう。
いや、これで良かったのだろう。
元々、東雲に俺は釣り合わないのだ。仕方ない。
彼女の事は諦めよう。そう思いながら家に帰る。
工事中の看板はすでにない。でも、俺は右に曲がった。
彼女と喋りながら帰った1ヶ月。本当に楽しかった。
そして彼女に会えて良かった。
そんな事を考えていると、例の信号機についた。いつもは車がうるさいほどなのに、今日に限っては1台も車が通っていない。
このまま渡ろうかなとも考えたのだが、流石にそれは自重して、信号機のボタンを押しに行こうとした。その時、
「志葉くん!」
後ろから声が聞こえた。振り返ると、東雲が立っている。
「東雲…?」
「ごめん、遅れちゃって?」
「いや、どうしたんだ?」
「うーん…」
そう言いながら彼女は俺の隣に来た。いや、そこに立たれるとボタンが押せないんだが…。
「告白されたんだ」
「へえ…」
平然を装えただろうか?、装えたと信じたい。
「で、どうしたんだ?」
「断った」
「そうだよな…やっぱり…え?」
「その相手の人、女癖が悪いらしくてさ…だから断ったの、他にも理由はあるけど」
気づけば、車通りがまた増えてきた。そろそろ信号のボタンを押さないと、周囲の目が気になってくる。
「それにしても、志葉くん、思わない?」
「え?」
「この信号、全然変わらないって…」
「ああ、そうだな…、だって、ボタン押してないし」
「え?」
彼女はボタンを見て、そして俺の顔を見る。そして笑った。
「あはは!、これじゃ、初めて会った時と同じじゃん!」
「…そうだな、だから早くボタンを押してもらえると嬉しいんだけどな」
「私は押したくないよ」
「え?」
「信号が変わるまでしか、一緒にいられないじゃん」
いいね、ブクマ、星求む。
ボタン式なのに3分も待たされるって、カップ麺出来ちゃいますよね。




