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第85話 人との戦い

「くっ! ここまで来て逃げるというのか!」


 騎士に持ち上げられているアースが声を荒げた。


 それに一人の騎士が悔しそうに答える。


「アース殿。あなたは我々帝国の希望です。あの『剣聖』を目の前にして分かりました。あの若さで既にアイザック様に匹敵する強さがあります」


「なっ!? アイザック様と匹敵!? あの女が!?」


「はい。それは間違いなく『転職士』の力でしょう…………アース殿。もしかしたらこのまま逃げ切れるかすら怪しいです。ここからは帝国に逃げ帰る事だけど考えてください」


「…………」


 いくら世間知らずのアースでも騎士の悔しさに滲み出る言葉を理解出来なくはなかった。


 ――――力がない者。強大過ぎる力を前にした者。


 そんな者が口にする言葉だからだ。


 アースも何処か悔しさを感じる。


 その時、前を走っていた騎士が転ぶ。


「がはっ!」


 他の騎士達がその場に止まり、剣を抜く。


「あ、足がぁぁ!」


 倒れた騎士の両足は、既に騎士から切り離されていた。


「悪いけど、その男は帰さないよ?」


 騎士の前には絶望に等しい威圧感を放つ存在が見え始めた。


 美しい黒髪をなびかせて、その隙間から見える青い瞳から、静かで冷たい殺気が騎士達を襲う。


「残念だけど、私はフィリア姉さんのように優しくはないよ?」


 そう告げる少年。


 まだ自分達より遥かに幼い彼からは、絶望しか感じられなかった。


 騎士達は抜いた剣で少年に仕掛けようとするが、一人、また一人、その剣を持っていた腕がその場に落とされた。


「「「腕があああ!」」」


 斬られた腕を絶望的な表情で見つめながら、その場に崩れ落ちる騎士達。


 そして、最後のアースを守っていた騎士が一歩前に出る。


「う、うわあああ!」


 既に恐怖に支配された騎士の攻撃は、少年に届く事はなかった。




 そして、少年がアースに向かって歩き出そうとした瞬間。


 ゴゴゴゴゴォ!


 森の奥から大地を震わせるような凄まじい轟音が少年を襲う。


 遠くからの攻撃に、既に少年はその場から避けており、遥か先に離れた。


 少年が立っていた場所は、地面が大きく抉れている。


 凄まじい攻撃が飛んできた先から、一人の男が威圧感を放ち、前に歩いて来た。


「あ、貴方様は!?」


 アースが驚くも、すぐに男に睨まれて口を閉じた。


「…………おい。お前、前に出てこい」


 男が向かって喋った場所から、先程の少年が降りて来た。


 お互いに冷たく殺気めいた視線で睨み合う。


 それだけでその場にいる人は息すら出来ないほどである。


「『銀朱の蒼穹』の者だな?」


「ええ。あなたは?」



「俺は帝国のエンペラーナイトの一人。アイザック・エンゲイトだ」



 静かに怒りを抑えてそう告げる男。


「……その男は渡せませんが」


「…………この場で俺と戦うのか?」


「そんな愚かな事はしませんが、この場で貴方を足止めすれば、すぐに俺の仲間が来るはずです」


「…………中々肝っ玉の据わった少年だな。それも『転職士』の力か?」


「そうですね。全てマスターの力と言えるでしょう」


「そうか」


 淡々と話した男は、少年の前に小さな袋を投げた。


「これはお詫びだ。それとこいつのは『転職士』であっている。レベルは5。経験値は32人まで(・・)。」


「…………」


 少年は目の前の袋を静かに拾う。


 中身を確認しなくても、それが高価な物である事くらい容易に想像がつく。


「後に騎士達十人は解放(・・)しましょう。ただし、ここの五人は五体満足ではありませんので、悪しからず」


「ああ。承知の上だ」


 そう呟くアイザックは、放心状態のアースを抱きかかえた。


「主に伝えろ。このアイザック。この屈辱はいずれ晴らす」


「……分かりました」


 そう言い残したアイザックは、怒りをぶちまけるかの如く、凄まじい速度でその場を去った。




 ◇




「ルリくん!」


「ソラ兄さん」


「怪我はない!?」


 ルリくんからエンペラーナイトと対峙したと連絡があった時はどうなる事かと思ったけど、どうやら無事のようで、本当に安堵した。


「うん。大丈夫。傷一つ付いてないから大丈夫! それにしても勝手に約束決めてごめんなさい」


「ううん。ルリくんが無事ならどうって事はない。それにあの取引を許可したのも俺だし」


 相手が何か分からない物を出して、『転職士』の情報まで先に公開してくれた。


 その事で、余程あの転職士を大切にしているんだと知ったから、ルリくんにはあれ以上手を出さないように指示していた。


 おかげで、帝国の最強騎士と相まみえる事なく、事が済んで良かった。


 俺達は一旦倒れている騎士達を連れ、エホイ町に帰還し、騎士達を回復してあげる。


 そして、次の日、目を覚ました彼らに事実を告げると悔しそうな涙を流した。


 無傷の五人の騎士が、欠損騎士となった五人と共に俺達から遠くなる様は、何処か悲しみすら感じてしまった。


 人との戦いはここまで覚悟が必要なのだと、俺は今回の一件で心の中で強く決心した日となった。




 ◇




 エンゲイト家屋敷。


 アイザックの前には、アースが土下座している。


「アイザック様! 俺にもう一度チャンスをください! 今度は……絶対にあの『転職士』に負けません!」


「……アース」


「はい!」


「今回の戦いで、あまりにも多くを失った」


「はい!」


「本当なら、お前を切り刻んでやりたいとも思ったが、それでは亡くなった者やここまで頑張って来た者、そして、これ以上戦う事が出来ない彼らに面目が立たん」


「はいっ!」


「だから、これは命令ではなく、一人の男として頼む。彼らの分まで強くなれ」


「はいっ! 必ずや!」


 奇しくも、この戦いで、帝国の転職士がその牙を磨く事となるのであった。

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