9.優先順位は
「調理場は入れるのは、今のお嬢様では危なすぎます。まぁ、普通は身分のある方はこのような場所には来ないんですよ」
考えた結果、まずは自分の体の状態を普通レベルまで上げる事を最優先にした。なんせ14歳になると学校に通わねばならないのだ。
今の身体で通学なんて年の半分は休む事になるかもしれない。
「困ったな」
目の前の料理長代理であるレッドジャスパーは、頭をガシガシと掻きむしっている。その目が私を見下ろしてきた。
「本当に、こんな質素なものがお嬢の為になるんですか?」
「なります!」
彼に手渡した紙の束には、私の考えたメニューが書かれている。その内容は、正に入院中の患者が食べるような品々である。
「お腹の弱い私は、この献立から試したいのです」
「これらのメニューは、誰から聞いたのです?」
想定内だけど、痛いところを突かれた。
「屋敷の書庫と取り寄せた最新の書物です」
ありがたい事に、我が家にある蔵書は兄達の母と私の亡き母、父親の本好きにより、半端ない量を保管している。そして政治・経済から娯楽まで幅も広いので、少しは無理があるかもしれないけど悪くないと思う。
というかインドアのペリドールには、本から知識を得た一択しかないのよ。
「お嬢様は、本気なんですね?」
馬鹿にしていた口調が変わった?
表情から何か読まれたらと下を向いていた私は、思わずガバリと顔を上げた。
「上手くいけば、お嬢は熱を出さないのか?」
え、それは。
「寒い前の日にずっと濡れていたりしたら無理かも……しれません」
勿論ですとは言えない自分が、ちょっと嫌になる。嘘でもそうですと言い切ればいいのに。
「あの、忙しい時間帯にすみませんでした」
また、ため息をつかれた。やっぱり不自然だし、駄目かな。
「二週間」
「え?」
「旦那様から許可がでているのなら、まず二週間だけ試して、お嬢の体調が良さそうなら継続するというのはどうですか?」
一度部屋に戻り、作戦を考え直すかと反転していた身体を止め彼を見た。
「色々聞きたい事はありますが、真剣なのは伝わりましたよ」
仕方がないというように笑った彼の手を思わず両手で強く握りしめた。
「ありがとう!!」
嬉しい。出す料理に対して、プライドだってあるはず。それなのに、受け入れてくれた!
「ちょ、お嬢!」
「私、頑張るから!」
絶対、健康になってみせる!
鋭い視線と背の高さで怖いなと思っていたのも忘れ、握った大きな手を上下に振り上げていたら、彼の頭上の数値が光って変わった。
好感度が、30パーセントから、35パーセントに上がった。
攻略対象者。でも、私はまだ成人していないし。
「お嬢! いきなり、しかも異性に触れたらいけませんよ!」
そうなの?
「あー!もう先生に習って無いんですか?!」
それに、最初より壁がなくなったようで、なんか嬉しい。
「とにかく! 汚いから離してください!」
振り払えばいいのに。乱暴にできないのか、形のいい眉がハの字になるのが楽しい。
──うん。
なんとか、やっていけるかな。
狼狽える料理長代理を眺めながら、少し自信が出てきた葉月だった。