23.*デマントイドルート*私の過去
「ペリィ、返事を」
「その前に説明が足りていないようだが?」
兄とは違う、よく通る声がホールに響き渡った。
その声の主は本年度の卒業生であり、この国の次期国王となる人、スフェーン・ウォルトン。
ひな壇席から此方を見下ろす姿は、既に存在感たっぷりである。その王に相応しい金のような輝くグリーンの目と合った。
「ペリドール嬢、今回ばかりはけしかけた私にも多少非がある。上には周知だが知らない者もいるので補足したい。君は、そこのデマントイド・カルデリアとは血が繋がっていない」
私は、知っている。でも何故、公開しなければいけないのか?私の疑問を感じたのか、殿下はフッと笑った。いや、その笑みは悪役みたいですよ。
「ペリドール嬢は、先の戦で激戦地となったグラッサム領を治めていた亡きプレナイト・グラッサムとその妻コーラルの子だ。そしてグラッサム家唯一の生き残りでもある」
えっ?
「……唯一とは? それに母の名前が」
私のペリドールの母親の名前はアメトリンだ。
「何も話していないのか?」
「幼き頃から病弱な子に話せますか?」
「成長してからいくらでも機会があっただろうに。愚かな」
殿下とデマントイドが頭上でやり取りを繰り広げている。でも、それって私が知るべき事では?
「ペリドール嬢、いや本日、ペリドール・グラッサムと正式な手続きが出されたが。それも知らされていないようだな」
兄に話す口調とは違い、柔らかな声で再び話しかけられたけど、私は呆けた顔しかできていない。
「君の両親は先の戦で戦死した。その中には君のまだ幼い兄君もいた。ご両親は、君を守るため生まれたばかりの君を学生時代から仲のよかったデマントイド家に託したのだと聞いている」
隣国との戦は授業で習っていた。かなり激しい戦いで、なんとか防ぎきったと。またそれにより多くの戦死者も出したと。
まさかの私まで関係があったなんて!
「デマントイド・カルデリア。今一度、ペリドール嬢とよく話を。まだ始まったばかりだ」
殿下の合図により再び優雅な音が奏でられ、熱帯魚達が泳ぎだした。
***
「リィ…ペリィ!」
「あ」
「水だ」
手元に目を向ければ、私の手に水のグラスが握らされている。先程のざわめきが嘘のような、シンッとしたこの部屋は急遽用意されたのだろうか。
というかいつの間に移動したのかしら。
「葉月、先程は配慮が足り」
「最初から説明してもらえますか? 私は、以前のペリドールではないし聞く権利はないのかもしれないけれど」
私の中にいるペリドールは、随分と小さくなってしまった。彼女はどういう気持ちなんだろう。
「あ、すみません」
「嫌悪されて当然だな」
手に触れられつい体が揺れた。
「嫌では……ないです」
いつからか、ほんの少し熱を帯びた視線は強いものに変化していたのには気づいていた。
「ずっと妹としてペリドールを見ていた。だが、あの日、葉月という名だと言われた日から、俺の中で変わってしまった」
突然、ゲームの世界の中に入り込んだ私。転生というものなのか、またはペリドールの身体を奪って入り込んだのかも未だに不明だ。
「殿下の話にあったようにプレナイト様とコーラル様、アメトリン様と父は学生時代、とても仲が良かったそうだ。卒業後、プレナイト様とコーラル様は婚姻した。父とアメトリン様はそれぞれ別の伴侶と婚姻した」
ここまで理解しているか聞かれたので頷いた。早く続きが知りたい。
「俺達の母が流行り病で急死後、父は婚姻をする気はなかったらしい。だが、小汚い親族共は弱っている父に新たに力のある家との繋がりを手に入れさせようと強く再婚を迫っていた時に、アメトリン様もまた身体の弱さを理由に離縁し家で肩身の狭い暮らしを強いられていたそうだ」
という事は。
「そう。二人に最後まで愛はなかった。だが、親友として互いを信頼していた。そんな時に隣国との関係が悪化し、親友だった二人の死、そして産まれたばかりの子の存在は戦火の中では危険だった」
どうして言わなかったの?ペリドールが病弱な子だったとはいえ、伝えるべきではなかったのでは?
いや、でもショックが強すぎるのか。
「ずっと言わなかったのに今になってどうして? 私は、家名まで変わったんですよね?」
手袋が外された手が私の頬に触れた。大きなその手によく頭を撫でられたな。
「葉月が殿下の妃として有力候補にされたからだ」
あっと思った時には、唇に乾いたものが触れた。
「いずれ、他の者の元へいくのはわかっていたはずだった。だが、実際に手が届かない場所に離れていく現実が間近に迫るとじっとしていられなかった」
額がコツンと兄と合わさった。
……こんな近い距離ははじめてで。しかもさっき、あんなに人がいる前で、キ、キスだったよね。
「葉月?顔が赤い。熱が出たか?」
ブワッと顔が暑くなっているのに気づかれた。
「違っ」
「葉月」
嘘でしょ?
こんな理不尽な状況で普通は怒る場面なのに!
「何故隠す?」
顔を見られたくなくて顔の前で両手で隠すも腕を直ぐに外されて。
「そ、そんなに見ないで!っ」
「少しは……意識している?」
顔をそむければ、頬にキスをされ耳元で囁かれた。
「わか、わからないっ」
「嫌ではないなら、とりあえず婚姻を受け入れてくれ」
とりあえずって軽くない?!
「殿下の妃か俺か。悪いが今すぐ選べ」
「二択しかないの?!」
「ない」
どうしてこんな事に。
コンコン
「入れ」
「失礼致します。殿下がホールに戻るようにと」
現れた殿下の護衛らしき人は、非情な言葉を投げてきた。