22.視線が辛い *デマントイドルート*
えっ?
「手を」
私の首は限界まで傾いていたと思う。
「デマントイドお兄様?」
差し出された手を眺めていたいたらしい。手を掴まれ半ば強引に引き込まれた。
うわっ。
トンッと軽い衝撃と同時に頬に触れる服の感触。勢いがつきすぎデマントイドの腕の中に思いっきり入り込んでしまった。いや、不可抗力である。
あ、懐かしいな。
ペリドールとして生活に慣れようとしたばかりの頃、たまに分からない焦燥感にかられる時があった。
『外の空気を吸いにいくか』
『焦る必要はない』
『心配する事はなにもない』
ある日、何故か行く場所なんて帰る場所なんてないのに魔がしたのか、ふらりと深夜に家を出た時も。
『星が意外と見えるな』
いつからいたのか背後にいた兄は、慰めもなにもない言葉をかけてきた。上着を掛けてくれた後は夜明け近く迄何も言わず、私の側にいた。
『帰るか?』
まるで壊れ物を扱うかのように抱きしめられた。
ほんの一瞬、何秒だったかな。
「丁度、始まる」
その言葉で喧騒が戻ってきた。入り交じる香りや奏でられている音。同時にふわりと離れた互いの体。でも、手は離れることなくそのまま引かれ熱帯魚の群れの中へと抗議をする間もなく連れて行かれた。
***
居心地が悪い。いや、ダンスのリードは文句なしだけど。時折剣を押さえながらも全く足の乱れもない。血は繋がっていないとはいえ家族として暮らしてきたし初対面の方と踊るよりは数倍楽なはずなのに。
──視線が強すぎる。
「あっ」
腰に回されている腕に力がこもった。ターンをした直後、足がふらついてしまったからだ。綺麗にカバーしてくれたので傍目には気づかれていない。
「ありがとうございます」
「気が散っているな」
「いえ」
「俺のせいか?」
そう、貴方のせいです。私は妹なのに。それなのに、こんな至近距離でずっと見つめられていたら。
誰だって落ち着かない。
あぁ、やっと曲が終わりそう。もっとケーキを食べたかったけど、早く退散したい気持ちでいっぱいだった。
「では…お兄様?」
解かれた手が再び真っ白な手袋に包まれた大きな手に握られた。
「まだだ。葉月」
「っ」
最後の名は耳元で呼ばれた。息が微かに耳にかかり、仰け反りそうになるも逆に引き寄せられしまった。力や頭の回転も兄が上である。
できるだけ目線をずらし踊り切るしかないと諦めた。だけどね。おかしくない?
「ディーお兄様!」
「次のは曲調が速い。舌を噛むぞ」
今現在、三曲目をデマントイドと強制的に踊る事に。ダンスを同じ相手と続けて三曲踊るというのは、婚約か婚姻済の者達だけであると習った。またそのルールは絶対だとも。
殿下付きの護衛であり、エリート街道まっしぐらなこの人が知らないはずはない。
「やっと見たな」
立て続けに踊りきった私は、まだ息が上がっていたし、最後は足がもつれないようにするだけで精一杯だったのだ。
だから、まともに兄を見たのは今。あれ、何で顔が近いの?
目を開いたまま、私はフニっという妙な感触を唇に受けた。
「葉月」
耳元で名を呼ばれ、彼は視界から消えた。いや、正確には私の前で片膝をついている。
「愛している。貴方の隣に命が尽きるまで共にいたい」
……とりあえず、逃げてもいいですか?