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18. デマントイドルート

「困った。疲れているはずなのに眠気が来ない」


随分この生活に慣れ、そこまでストレスを感じていないと思っていたんだけど。多分原因の一つは判明している。


「いよいよ入学まであと数ヶ月かぁ」


誰も見ていないしと部屋の隅にある備え付けの小さなキッチンを使い紅茶をティーカップではなく深いマグに淹れてからカップを片手に書庫に足を向けた。


「あれっ」


まさか日付が変わる時間に人がいるとは思わず扉を勢いよく開けた瞬間、声が出てしまった。中の人は私が開ける前から気づいていたのか緑の目に驚きはない。


「夜更けにどうした?」


デマントイドさん、貴方こそどうしたんですか? 朝から晩まで働き、そして今も書類の束がトレイに積み上がっているのが見えた。騎士って時間外労働が凄いんですね。


「ディーお兄様。仕事中にすみませんでした」


ここは退散したほうがいいと私の脳の選択に素直に従い扉を閉めようとして、なかなか閉まらないのは彼がかけた魔法だ。


どうして閉めさせくれないの?!


「廊下は冷える。中に入れ」


押し返される力がなくなり、それは柔らかい風になり私を一瞬包み込んでくる。


「えっと」

「どうした?」

「いえ」


ふわりと身体全体を包むその見えない風を感じて、よくわからない恥ずかしさが生まれてきた。


これは魔法であり決して、この目の前にいる人の腕の中ではないのに。


「ずっと気になっていた」

「え?」


一つ飛ばしで渋々席についた私の意識は、別の方向へと向いていたので、その声で急に引き戻された。


「何をですか?」


大勢の場では、もう少し親しげに話すようにはしていし、それも慣れてきた。だけど、こう二人きりになると、どのように話をして良いのか未だ慣れずギクシャクとしているのは自分で気づいてる。


「ハヅキが、グラシアス副団長から借りた手記だ」

「そうだったんですか?」


私が以前のペリドールではなくなってしまってから今まで彼の好感度は上がり気遣いは感じられるけど、そこには見えない太い線が引かれていると感じていただけに、ちょっと驚いた。



「全く、そんな素振りはなかったように記憶していますが」


偶然より必然的な出合い方をした、デマントイドの兄の上司であるモリオン・グラシアス。彼の姉が書いた書物というか、日記を以前借りた事がある。


「モリオン様のお姉さんは、転生者に間違いないようです。ただ、書かれている内容は私の役に立つかと言われたら、少しですかね」


彼女は転生者でありゲームの世界だと気がついたのは10歳の頃。プレイしたの事があるのは皇太子のルートだったそうだが選んだのはゲームには名前しか出てこない端役の人。


「いえ、借りてよかったのかもしれません。ルートから外れる事が可能なんだと分かりましたから」


彼女が流行病で失くなったのは31歳。早すぎる死だけど、ルートを外れたからというペナルティではないような気がする。


というか、そうであって欲しい。


「元の世界へと戻る手立てはなかったのか?」


元の世界。私の家族、友人の顔が浮かんで消えていく。


「──ありません。彼女は転移ではなく転生者ですから」


かつて、忙しくも充実していた日々が頭を過る。


「私も、死んだんでしょう。そして何らかのショックで葉月として強くでてしまった」


ペリドールとして生きた十数年をほぼ消してしまって今の私がいるという仮説が一番しっくりきている。


「──諦めたのか?」


デマントイドに宮殿の書庫で調べるのを中止して構わないと伝えたのは1ヶ月ほど前だったか。


「なんか、疲れちゃって」


がむしゃらに学びながら元の世界に帰る方法を探すのは、心身共に消耗してきて。


「デマントイド様達と私は血が繋がっていないんですよね? ペリドールの母は、再婚する際に妊娠していたとか。それを知りつつも父はペリドールを溺愛しているのは、母を愛していたからか、または母のお腹の子の親が親友だったとか」


いずれも私の考えだけど。


「デマ……ディーお兄様?」


彼の顔は真っ青になっていた。


「いつから?」

「え?」

「いつ気づいた?」


射るような強い瞳が、私を囚えた。


「いままでのペリドールではなくなった頃です」

「かなり前じゃないか」


そうですね。でも、私としては今日まであっと言う間に過ぎていったけれど。


「何故いままで聞いてこなかった? いや、それどころではなかったか……」


そう、順応するのと体調を整える事に手一杯だった。あぁ、でも兄弟ではないと知った時の気持ちは今も鮮明に覚えている。


「ペリドールは、とてもショックを受けていました。二人の事がとても好きだったから」


不器用で無愛想なペリドールは、家族を大切にしていたし、兄達を信頼していた。


あ、そうか。


「デマントイドさん、もしも以前のペリドールに戻って私が完全に消えても覚えていてもらえますか? 葉月がこのお屋敷で生活出来て楽しかったって」


一度あるなら二度目もあるかもしれないよね。頭をぶつけた瞬間や寝た次の日に私がいなくなる日が。


「つっ」

「怖くはないのか?」


隣の椅子に座っていたはずが、デマントイドさんの腕の中にいる。


「……怖くないわけないじゃないですか」


お風呂上がりなのか石鹸の香りと硬いけど何故か安心感のある変な感覚に動揺して本音を吐いてしまった。


「もし、そのような事が起こったとしても、必ず戻す」


この人は、分かって言っているのか?


「私は、撤回する気はない」


腕の中から見上げて見た緑の瞳は、薄明かりで宝石みたいに綺麗だ。


「悩む必要などない」


目尻に触れた少し冷たいモノは、目の前の人の唇だった。





***



「あぁ、お腹空いた。魔法の授業は楽しいけど疲れる。パールはコントロールが上手で羨ましいなぁ」


「ペリィだって、あの攻撃力は素晴らしかったですわよ。あ、見て。あそこに殿下が。食堂にいらっしゃるなんて珍しいですわね」


「殿下?一学年上の?」


無事学園に入学した私は、仲良くなったパールが教えてくれた方向を見た。


そこだけ別次元のような華やかオーラが漂ってる。金髪碧眼なんて王道だなと眺めていたら、そこには見知った顔が。


「え、何で?」


殿下の背後にいる背の高い男性は、兄のデマントイドだった。






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