07:エルフの穴
昼が過ぎ、太陽が傾いても三人はトド山の中腹にまだいた。
「チョロいモンスターは、どこにいるんですか? ランディさん」
ため息交じりのギィの言葉にランディは大きく舌打ちをした。
「前に来た時はこんな奴らいなかったんだよ! 虫のモンスターがチョロチョロしてただけなのに……クソ! ギィがいるからじゃないのか?」
「えぇ!? まさかの私のせいですか……そんな……」
「だってそうだろ、プルンの森だってギィがいたから凶暴化したんじゃないのか?」
「そんな……」
「二人共喋ってないで戦って!」
言い合いを始めようとした二人をセシルが割って入る。すると草陰から巨大な蛇のモンスターが威嚇しながら飛び出してきた。思わずセシルはランディの後ろに隠れた。
「うわぁ、また蛇のモンスターが出てきた……五匹も……やだな……」
「好き嫌い言ってる場合か! こっちがやられるぞ!」
瞬時にランディは矢を放つ。矢はモンスターの頭を貫き、確実に倒していく。
「次から次へとキリがないですね……! では、イフリート!」
ギィが炎の魔人を召喚すると、一瞬でモンスター達は消し炭と化した。
(あれがイフリート……すごい……!)
ギィの魔力はセシルと桁違いだった。だが、強力な魔法はその分消費する精神力も並ではないようだ。何十発も、とは期待できない。
「ヤバイな……日が沈む……山で夜を過ごすなんて、自殺行為だぜ……!」
モンスターに行く手を阻まれ、進むことも後戻りもできない。三人に緊張が走る。山の木々の色も黒くなってきたその時だった。
「ゆ、幽霊……?」
セシルの呟きに、ランディはビクッと肩を震わせた。
「幽霊とかいうなよ! 怖いだろ!!」
「ランディさんにも怖いものがあったんですね……意外です……」
「悪かったな! セシル、本当に幽霊か?」
「ほらあそこ、あの木の下」
ギィはセシルの視線の先を見たが、何も見えなかった。だが、何かを感じる。
「透けて見える……あれはゴブリン? あ、消えた」
三人でその木の下に来てみたが、何もない。
「ゴブリンの幽霊だったのか? 俺達、ゴブリンは倒してないよな?」
「ここ何か変だ、ぼーと光ってる……」
セシルはしゃがみ、木の根元に手を当てた。するとずぼっと腕が肘まで飲み込まれてしまった。
「うわぁ!ビックリした……」
慌てて腕を引き抜いて、セシルは自分の腕を確認した。特に何もなっていない。先ほどのゴブリンはこの穴の中に消えていったのだろうか。
「そんなわけわかんねぇの放っておいて、早く野宿できる場所を探そうぜ」
「何だか気になる場所ですね、ここで休みませんか?」
「幽霊が出る場所なんて、まっぴらごめんだ!! 行くぞセシル!」
ギィの言葉にランディは身震いすると、セシルの腕を引っ張った。
「どこに行くの? ランディ」
「ここじゃないどこかだよ!」
セシルの腕を掴んだままランディは歩き出す。ギィは気になるのか少し首をかしげてからランディの後ろを歩き出した。
(うーん、気になるけど……ランディ怖がってるしなぁ)
セシルの心はあの腕を飲み込んだ穴でいっぱいだった。だから気づかなかった、突如巨大な蛇のモンスターが飛び出してきた事に。
「セシル! 何ぼーとしてんだ!!」
「セシルさん、モンスターですよ!」
「え?」
考え込んでいたセシルの目の前に突如現れた巨大蛇達。しかもいつもより多い。セシルの全身に鳥肌が立つ。
「蛇だーーーー!!」
「セシル!?」
恐怖でセシルは逆走してしまった。どうも爬虫類は生理的に受けつけないようだ。モンスターに応戦しながらランディ達はセシルを追いかけるが、突如姿が消えてしまった。
「あぁ! あのバカ! さっきの穴に吸い込まれちまったんだ!」
「私達も行きましょう!」
二人は覚悟を決め、穴があるであろう場所に飛び込んだ。何かに包まれるようにゆっくりと落ちていく。やがて、どこかの部屋にたどり着いた。
「あぁ! また来ちゃった!!」
真っ白い部屋の中で二匹のゴブリンが走り回っている。
「どうしよう、エルフの王様に怒られるッス……」
「君がいけないんだよ! 鍵をかけ忘れるから……どんどん人間が落ちてきたんじゃないか!」
「あの、そろそろ蛇のモンスターが五、六匹ほど落ちてくると思いますが……」
「いやぁぁぁぁぁ!!」
ギィの言葉に二匹のゴブリンとセシルが部屋の中を駆け回る。そしてゴブリンが鍵をかけたのだろう、何かが閉じる音が響いた。
この白い部屋は「エルフの穴」もしくは「エルフの抜け穴」と呼ばれるもので、いつもは鍵がかかっていて、エルフ王に許された者だけが入る事ができる。広さは一軒家のリビングほどで、壁には3つの扉が付いていた。
赤い扉はアイオ村に、白い扉はカンダ村に、黒い扉は妖しいダンジョンに繋がっている。エルフの穴は各地にあって、それぞれ繋がっているらしい。
セシル達は今夜この穴の中で休める事になった。白いドアはどんなに頼んでも開けてもらえなかった。
「ちぇっ、あのドアの向こうはカンダ村だってのに」
「ダメだからね!」
ランディはどうやら諦めきれないようだ。
「山でモンスターにいつ襲われるか神経をとがらせながらの野宿よりもずっといいですよ。それにここは暖かくて心地よいです……」
暖かいのもあるが、聖なる気で守られているからだろう。セシル達は安心して休んでいられる。
うとうとしているセシルに、ゴブリンがそっと話しかけた。
「あんたの事知ってるッス。いつもお母さんのお墓にお祈りしてるアイオ村のセシルッス。あんたがいたからここにいれてあげたッス」
驚いて、セシルは閉じかけていた目をぱっちりと開けた。
「僕の事知ってたの? ……もしかして、わざと鍵を開けておいてくれたんじゃ……ありがとう、本当に困ってたんだ」
「そ、それは違うッス……オイラがまぬけだったッス……」
セシルが笑顔でお礼を言うと、ゴブリンは慌てて目をそらし口ごもる。
「幽霊だって言われた時はびっくりしたッス。あの時は姿を消していたッス。何でオイラが見えたッスか?」
「え? 見えるようにしてくれてたんじゃないの?」
するとゴブリンは首を振る。
「そうする前にあんたはオイラが見えていたッス。……あわわ、これは誰にも内緒にするッス!」
そう言ってゴブリンは離れていった。セシルは不思議だった。何故自分にだけ見えたのだろう。ギィにすら見えなかったのに。アイオ村にいた頃はゴブリンの姿なんて見たことがなかった。何か特別な力がセシルに宿ったのだろうか。
(誰かが、僕に力を貸してくれてるような気がする……)
ふとペンダントが熱くなり、そっと手を当ててみた。するとセシルの脳裏に知らない青年騎士の姿が浮かんだ。精悍な顔つきで、前をじっと見据えている。
(誰だろう……怖そうだなぁ……でも)
悪い人には見えないな、そう思ったとたんセシルは眠りに落ちていった。




