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04:知りたくなかった真実


 気づくと、セシルは一人で立っていた。真っ暗で何も見えない。手を伸ばしても、指先さえ見えない程だった。静寂が空間を支配し、とても重たい空気がセシルにまとわりつく。


 何か恐ろしいものが手を伸ばし、今にも捕まりそうで。セシルは恐ろしくてたまらなかった。


(誰か、近づいてくる?)


 セシルは十四年間生きてきて、生き物や他人に嫌悪感や恐怖をあまり感じたことがない。それなのに、今セシルの全身には鳥肌がぞわぁと立っている。


 邪悪な気配を背後に感じ、たまらずセシルは走り出した。暗闇の中、闇雲に走る。邪悪な気配はゆっくりとセシルを追いかけてくる。それは泣きそうなセシルをあざ笑うかのようだった。


「これは夢だ……夢なんだ!!」


 恐怖でカチカチなる歯をぐっと噛み締め、ただひたすら走る。すると、遠くで一筋の光が闇を射した。


 それを見たセシルは、何故か助かったと思い、走る足を速める。だが、邪悪な気配との距離は変わらない。


「助けて! お父さん!! ……ランディ!!」


 闇にセシルの泣きそうな声が響く。


「セシル? セシルですか? 私の姿が見えますか?」


 突如優しい声が闇の中に響いた。邪悪な気配が立ち止まったような気がした。思わずセシルも立ち止まる。


「誰なの? 真っ暗で何も見えないよ!」

「セシル、落ち着いて。私の話を聞いてください」


 声は優しく語りかけてくるが、天井から差す一筋の光しかセシルの目には入らない。


「誰なの? 怖いよ! ここから出してーー!!」


 セシルを塗りつぶそうとする暗闇は、恐怖でしかない。セシルにはもう耐えられなかった。すると、背後からクククと笑い声が聞こえたような気がした。


「セシル、あなたは旅立たねばなりません。あなたは扉を開く鍵となるのです。あなたの勇気によって、道は開かれるのです」

「何を言ってるの!? 僕はどこにも行かないよ! ここから出して!!」

「ギィがあなたを導くでしょう……だから……」

「助けて! 助けて!!」


 恐怖で心臓が飛び出しそうだった。光を目指し、ひたすら走る。


「ダメ……で……パニッ……おこ……ます」


 優しい声が途切れだしたとたん、セシルはようやく光にたどり着き、懸命に手を伸ばす。すると、セシルの体は軽くなり、光に包まれて天井に向かって昇っていった。


「女神さま、天使さま、どうか僕をお救い下さい……」


 やがて眩い光に目を開けていられなくなり、セシルはそっと目をつむった。





 浮遊感がなくなり、眩い光を感じなくなったのでセシルは目をそっと開ける。すると、父カートの心配そうな顔が見えた。


「気がついたかい? 良かった……お前は丸一日眠っていたんだよ……」

「お父さん? ここは天国じゃないの?」

「夢を見ていたんだね。大丈夫、ここはセシルの部屋だよ」


 ほっとした顔をして、カートはセシルの頭を撫でた。


「全くどんなに心配したか……お前はプルンの森で倒れたんだよ。ロン達に聞いて、慌ててバートさんと森へ向かったんだ」

「ごめんなさい、お父さん……」

「ランディが、森の入口まで背負ってくれたんだよ、後でお礼を言いなさい」


 あの戦闘でランディも疲れているのに、自分を背負って連れてきてくれたのか。プルンの森の事を思い返して、セシルは顔を青くした。


「そ、そうだ、ランディは大丈夫なの!? く、首が……」


 あわあわと言うと、カートは気まずそうな顔をした。


「……首は……説明するより、自分の目で見たほうが早いだろう」


 そう言って、カートは苦笑した。


「何? 何が起こってるの……?」


 セシルの胸に、不安が広がっていった。




 階段を降り、一階のリビングに行くと何やら賑やかな声がしていた。ランディは椅子に反対向きに座り、背もたれに顎を乗せていた。


「うん、だいぶいい感じになってきたぜ」

「本当ですか?」


 ランディのそばには、背の高いフルアーマーを着た男がいた。


 肩より少し長い長髪は美しく輝く銀色で、長い睫毛の下にあるのは知的な光を放つコバルトブルーの瞳。薄い唇に整った顔立ちをした男はどうやら歩行練習をしているようだった。どこかで見たことがあるような気がする。


「ランディ、その人……誰?」


 セシルが声をかけると、ランディは嬉しそうに振り返った。


「セシル! もう起きても大丈夫なのか?」

「セシルさん、気がついたのですね。よかった」


 ランディは椅子から降りると、セシルに駆け寄ってきた。


「ねぇ、ランディ。あの人……どこかで……」

「ん? あぁ、あれだよ。宝箱から出てきた頭部だよ」


 セシルは目を見開いて硬直し、銀髪の男を見た。確かにこの顔はあの時見た顔だ。だが今は頭部だけでなく、体が生えている。


「どういうこと? 体が生えたの?」

「まさか。すごいんだぜ? あれ、プルリン達が合体してギィの体になっているんだ。その上に頭部が乗っかってんのさ」


 ギィはにこっと笑うと、鎧のお腹の部分をコンコンと軽く叩いた。


「すごいね! でも何でプルン達がここに……?」


セシルの問いに、ランディは辛そうな顔をした。


「俺のせいなんだ。人間を聖域に入れた罪で、プルリンは森から追い出されてしまったんだ……プルミン達は……その……セシルと友達だからって……」

「僕と友達だったから、皆森を追い出されたんだね……ごめん……」


 重い空気が、二人を包み込む。聖域に親父がいるかもしれないと入ろうとしたランディ。プルリン達と友達で、聖域に入れるようお願いしたセシル。どちらも罪悪感に襲われていた。

 するとギィは突然鎧を脱ぎだした。現れた彼の体はグレーのゼリー状だった。


「プルリン達、いいですよ」


 ギィがそう言うと、グレーの体はポンッと音を出して弾けた。床に7体のプルン達が散らばる。彼の頭部だけが、空中に浮いていた。


「セシル キニシナイ プルリンタチ タビニ デル ヘイワナ モリ サガス」


 森を追い出されたプルリン達は平和な森を求めて旅に出るようだった。じわりとセシルの涙腺が緩む。


「プルリン……そんな、さみしいよ……」

「イッショニ イク セシル イッショ! サミシク ナイ!」

「プルリン、セシルはダメだぜ。親父さんがいる。俺が面倒見るから、セシルとは明日、お別れだ」


 嬉しそうに言うプルリンにランディはきつい口調で言った。ランディは明日旅立つつもりらしい。


「私のせいです、まったく何とお詫びしたらいいやら」

「まったくだぜ! あぁ、あの時俺が聖域に行きたいなんて言わなきゃプルリン達が森を追い出される事も、こんな首野郎と知り合う事もなかったのによ!」


 全員が、沈黙した。気まずい空気に、ランディはごほんと咳払いをする。


「と、とにかく! プルリン達は俺に任せな。親父を探しながら、どっかいい所見つけてやるよ」

「良いところが見つかればいいのですが……」

「ギィさんも行くの?」

「消えた体を探すんだとさ、だからしばらく二人で旅をする事にしたんだ」


 セシルが眠っている間に、二人で話し合ったようだ。


「ギィさんは、何故首だけになってしまったのですか?」


 セシルが尋ねると、ギィはうーんと首をかしげた。


「わからないんです、五体満足だった事は確かなんですが」


 セシルがキョトンとすると、ランディが補足してくれた。


「記憶喪失なんだってさ。名前だって思い出せないって言うから、俺がギィって付けたんだ」

「何故ギィなの?」


 するとランディはギィが脱いだ鎧を親指で指し、少し照れくさそうに笑った。


「カートさんのくれた鎧を装備したら、ギィ、ギィって音がしてな。だからギィだ」

「へ、へぇ」


 由来を聞いて、セシルは苦笑いを浮かべ、鎧とギィを交互に見た。


「油をさしていただいたので、もう音は鳴りませんよ……セシルさん、顔色が悪いですよ。休んだほうがいいのでは?」

「そう、かな? ありがとう、ギィさん」


 ギィは悪い人ではなさそうだ。彼の体はどこへ行ってしまったのか。そして何故宝箱に入っていたのだろう。


 プルリン達は安住の地を見つける事ができるのだろうか。そしてランディの父親はどこにいるのだろう。これから彼らはあてのない旅を続けるのだろうか。


『あなたの勇気が道を開きます』


 闇の中で優しい声は言っていた。あれはただの夢ではないのだろうか。


 青白い顔で黙ってしまったセシルを、ランディはやきもきした気持ちで見ていた。


「少し早いが、夕食にしようか。お腹すいているだろう?」


 いつの間にかカートがリビングに来ていて、ニッコリと笑った。




 空いた部屋を借り、ふかふかのベッドにランディは倒れ込んだ。


「何だよセシルのあの態度は!」


 森の聖域でセシルが倒れてから、ランディの苦労はそれはそれは大変なものだった。


「セシルを背負って、ギィを袋に詰めて……一番大変だったのは、プルリン達を村人に気づかれないように連れてきた事だな……なのにセシルのやつ、ありがとうぐらい言えよな!!」


 ボスボスと枕を殴る。別に彼女はお礼を言って欲しかったのではない。セシルが何も言わず、沈んだ姿を見るのが辛かった。


 確かに自分のせいで友達が森を追放され、旅に出るのは辛いだろう。だが、セシルが沈んでいるのはそれだけではないように思える。その理由を、ランディは一人で抱え込まず、相談してほしかった。


「セシルのヤツ水臭ぇーんだよ! ……仕方ないか、あって間もないもんな」


 枕にボスンと顔をうずめると、ランディはボソリと呟いた。


「……変なの、俺らしくねぇな。何でこんなに、セシルの事が気になるんだろうな……」


 ふっと脳裏に寂しげな光を宿したエメラレルドグリーンの瞳が浮かぶ。その瞳に自分を映して、笑って欲しい。こんな感情、初めてだ。


「……あーもう、知らね。寝る」


 そう言って、ランディはぎゅっと目をつむった。




「今夜は月がきれいですね。プルリン達も見ますか?」


 プルプルとプルリンは小さく震える。別にいいらしい。


 プルン達は元来独特なコミュニケーションを持っている。常に人間の言葉を話すわけではない。セシルと話すためだけにがんばって人間の言葉を話しているのだ。


 何故かギィはプルン達の言葉が分かる。人間にはわからないが、モンスター同士ではわかるらしい。ということは、自分の正体はモンスターなのだろうか。記憶のない自分にはそれすらわからない。


「ふぅ……」


 夕方のセシルの様子を思い返す。明らかに自分の事で悩んでいるようだった。夕食の間もずっと心あらずで、時々自分の顔を見てはため息をついていた。


「まぁ、こんな姿ですしね……気味悪いですよね……」


 ランディが袋から取り出した時のカートの驚き様を思い出し、ギィはガクリと落ち込んだ。カートは口をパクパクさせ、腰を抜かしていた。その様子にランディは慌てて袋の中に自分を突っ込んだ。そして事情を説明してくれたのだ。


「みなさん、良い人でよかった……私がいなくなれば、セシルさんもきっと元気になりますよね……」


 リビングのテーブルの上で、ギィは静かに目を閉じた。




 翌朝、朝食の取るとランディとギィは礼を言い、アイオ村を出た。


「セシル、元気でな!」


 ランディの言葉に、セシルの頬を涙が伝った。たまらずセシルは二階へと走って行ってしまった。こんなお別れじゃいけない、そう分かっていてもセシルは耐えられなかった。ベッドに倒れこみ、枕に顔を押し付ける。


 昨夜、眠りに落ちるまでずっと考えていた。だが、答えはでなかった。


「セシル……二人は行ってしまったよ。ランディ、寂しそうだったよ」


 セシルの部屋にカートが入ってきた。


「セシルらしくないなぁ、一体どうしたんだい?」

「お父さん、僕ギィと旅立たなきゃいけないんだ」

「……セシル?」


 セシルの唐突な言葉に、カートは眉根を寄せた。

 セシルはカートにあの夢を包み隠さず話した。暗闇で聞いたあの優しい声は、ギィに似ていたような気がする。


「僕はランディを放っておけないんだ」


 一晩考えていた。その間ずっとランディの顔が離れなかった。彼女は震える自分に勇気をくれた。だから、今度は自分が彼女を助けてあげたい。弱いセシルに何ができるというのか。そう笑われても、セシルはランディと一緒にいたかった。


「僕は弱虫だけど……ランディの力になりたいんだ……自分の道を切り開きたいんだ……!」


 カートは黙って聞いていたが、無言で部屋を出て行った。


「頭おかしいって思われたかな……やっぱりお父さんにはわかってもらえないんだな」


 落ち込んでいると、カートが部屋に戻ってきた。手には銀色の三日月の形をしたペンダントを持っている。


「これは……お前の母親の形見だよ」

「お母さんの?」


 母、ケイトの物だろうか? だとしたら、何故今出してきたのだろう?


「ケイトじゃない……お前の本当の母親はエミリーというんだ。お前は……私達の本当の子どもじゃないんだ……」

「え? 何を言い出すの? お父さん」


 わけがわからなかった。冗談を言っているようには思えない。ショックで頭がグラグラするのを必死で耐え、セシルは父を見つめた。


「この事は、一生話すつもりはなかった……だが、セシルが自分の道を切り開きたいと言った。ならば、本当の事を話したほうがいいと思ったんだ……!」


 そんな事を知りたかったのではない。セシルはショックすぎてさらさらと崩れ去る砂になった気分だった。


「う、嘘でしょ? 僕がお父さんの子どもじゃないなんて」


 だが、カートは涙を流しながら首を横に振った。


「本当なんだよ、お前はカンダ村にある宿屋の女将さんから引き取ったんだ……十二年前の事だ、行商人からカンダ村のマリーさんが病気で子供を育てられなくなり、誰か引きとってくれる人を探していると聞いて、私達夫婦はカンダ村へと向かったんだ」

「十二年前……カンダ村……マリーさん……」


 単語だけがグルグルとセシルの頭の中を回る。


「マリーさんは私達が辿り着く二日前に亡くなっていて、、まだ二歳だったお前をここに連れて帰ってきたんだ」

「そ、そのマリーさんが僕のお母さんじゃないの?」


 セシルの問いに、カートは首を降る。


「詳しくはわからないが、マリーさんはエミリーという人からお前を引き取ったらしいんだ。そのペンダントだけが、セシルの本当の両親の手がかりなんだ……」


 カートはセシルにペンダントを渡した。ペンダントには『E』と手彫りで刻まれている。エミリーのイニシャルだろうか。


「何故だろう、お前の話を聞いている間、そのペンダントの事が頭に浮かんで消えなかった……」

(こんな話、聞きたくなかった)


 自然と涙が溢れてくる。何だか無性にランディに会いたくなった。ランディならきっと元気だせよ! と背中を叩いてくれそうな気がする。


(え? ペンダントがあったかい?)


 受け取ったペンダントがぼぉっと熱を帯びる。するとランディが悲しそうにこちらを見つめている映像が頭に浮かんだ。


「お前を旅になんて出したくないし、こんな話一生するつもりなかったのに……」

「お父さん……」


 たまらずセシルはカートに抱きついた。カートはセシルをぎゅっと抱きしめる。二人はおいおいと声を出して泣き続けた。


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