13:謎の露天商
船を降り、ランディの顔があまりに青ざめているため宿屋に行くことにした。ミントスの町はサウス城下町ほどではないがとても活気にあふれている町だった。
「今日泊まりたい、部屋は空いているか?」
「えぇ、二部屋空いております」
オーサーは宿屋の女将にお金を払い、鍵を受け取った。
「おい、ガサツ女」
「……なんだよ、でこっぱちハゲ」
「ハゲてない! 部屋の鍵だ、なくすなよ」
オーサーはランディへ鍵を渡すと、部屋へ続く階段へと進んでいく。一番奥の部屋をオーサーが開錠し、中へ入っていくとセシルはその後に続いた。
「わぁ、カンダ村よりいい部屋だ、広くて布団がフワフワしてる」
部屋にはベッドが二つと大きいソファが一つ。箪笥とテーブルもあり、床には絨毯が敷かれていた。観光客が多いからか宿屋もカンダ村と違って広く綺麗なのだろう。
「いい部屋じゃねぇか」
ヒョイとランディが顔をのぞかせた。少し元気を取り戻したランディはその隣の部屋を開錠し、ヨロヨロと中へと入っていく。その後ろをギィが続いた。
「少し休憩したら、情報収集と買い物を済ませよう」
「うん、わかった」
セシルは荷物をベッド脇に置き、ぽすんと布団の上に座った。オーサーも荷物を置き、窓から見える海をじっと見つめていた。シーンとした空気が部屋に訪れる。
(どうしよう、何か話さなきゃ)
ランディやギィとなら気軽に話せる。しかしオーサーは出会って日が浅いのと、彼の醸し出す空気が重いのもあって、セシルは沈黙に耐えられなくなっていた。
(で、でも何を話せば)
セシルの内心が伝わったのだろう。オーサーはふっと笑って窓から離れ、椅子に座った。
「そう緊張するな」
「ご、ごめんなさい」
「男がすぐに謝るな」
「ご、ごめ、あ」
何も言えなくなってセシルが俯くと、オーサーは困ったように首の後ろをガリガリとかきむしった。
「そ、そういえば、兄さんの小さい頃は僕とそっくりだったんだよね?」
「ん? あぁ、ブライ達がそう言っていたな」
若君の幼い頃にそっくりだとサウスの街で何度も耳にした。だが本当にそうだろうか。セシルはオーサーをじっと観察した。さらりとした金髪にしわの刻まれた眉間、険しい目つき、きつく結ばれた無一文字の口元。
(ぼ、僕も大人になったらこんな怖い顔になるんだろうか)
オーサーは美形だと思う。だが、どこか人を寄せ付けない尖ったオーラを持っている。初めて見たランディのように。
(もしかして、僕は幸せに生きて来たけど、二人は違うのかな)
ランディはミントスの町の夫婦に引き取られたとライアンは言っていた。だがランディは山で暮らしていたと言っていたから、ミントスの夫婦から山に住むランディの義父が引き取ったのだろう。
(オーサー兄さんはたぶん厳しく育てられたから、でもランディは? 女の子なのに何で男口調なんだろう。それに口も悪いし手も早い。山の暮らしがそうさせたのかな)
セシルはトド山の野宿を思い出す。身体も痛いし、お風呂にも入れない。野宿初心者のセシルにはとてもハードだった。
(あんな感じの生活がずっと続いて、今のランディができたのだろうか)
男勝りなランディは過酷な山の生活でできあがったのか。
(でもランディはすごく優しくて背中を押してくれる人だ。一緒にいてすごく元気が出る)
ランディの背中を見ていると、勇気や希望が湧き出てきて一緒に進むぞという気にさせてくれるとセシルは思った。
「あーその、なんだ……すまない、口下手なんだ、俺は」
「え?」
ランディの事を考えていたのだが、オーサーはセシルが自分を怖がって黙ってしまったのだと勘違いしたようだ。
「……今更だが、セシルと呼んでいいか?」
「も、もちろん!」
えへっと笑顔を向けるとオーサーはふっと笑った。
二人で話していると扉がノックされた。
「おい、入るぞ」
「ランディが復活したので、お知らせに来ました」
「何だよ、ギィ。その言い方だと鳩時計みたいじゃねぇか」
「ランディ時計ですか? げんこつが飛んできそうですね。痛い! みぞおちはやめてください!」
ランディの肘がギィのみぞおちにヒットする。
「自分の体で受けたダメージの味はどうだよ」
「す、すごく、痛いです、スラリン達はいつもこんな痛みを受けていたんですね」
「ふん、それに懲りたらよけいな事言うんじゃねーよ。わかったな」
ランディはふんと鼻を鳴らして階段へと向かっていった。苦笑しながらセシルとオーサーも廊下へ出る。
「それとオーサー」
くるっとランディは振り返った。
「俺の名前はランディだ。ガサツ女じゃねぇ」
「そうか、それは失礼した」
それだけだ、と言ってランディは再び歩き出す。
「ランディなりに、オーサーを受け入れた証拠ですね」
「ランディらしいね」
セシルはみぞおちをさするギィとふふっと笑い合って、ランディに続いて階段を降りて行った。
「一杯の人だね、すごくにぎやかだ」
「行商人とかがマーケットで直売りとかやってるからな、珍しいものもあって楽しいぜ」
活気にあふれるミントスの町にセシルは目をキラキラさせている。
「まだ食事には早い、情報収集をしましょう」
「あぁ、二手に分かれるか」
その時、ランディの肩が小さくびくっと震えたような気がした。
「ランディ?」
「ん? どうした?」
ランディは何でもないような顔をしているのが、セシルは少し寂しかった。
(やっぱり僕が弟だってわかってから、ランディちょっとだけ僕と距離を取ってる)
そんなに弟なのが嫌だったのだろうか。短い時間しか共にしていないが、とても仲良くなれていたと思ったのに。
(やっぱり僕が泣き虫で足手まといだから……)
しゅんとしているセシルを見て、オーサーは眉根を寄せる。
「セシルは私と行こう」
「え?」
オーサーの言葉にセシルは目を見開いた。
「ランディと一緒に情報収集なんて、振り回されるに決まっている」
「んだと、こら」
ほら行くぞ、と言ってオーサーはセシルの手を引っ張って歩き出した。
「オ、オーサー兄さん?」
「……ランディはガサツな猿のようだが、あれでも女だ。私たちにはわからない事で悩んでいる所がある。女は謎に満ちている生き物らしいからな」
「そ、そうなの?」
「あぁ、父上の受け売りだ。母上と喧嘩した後は決まって私にこう言っていた」
セシルの脳裏に、ライアンが浮かんだ。あんな上品そうな人でも喧嘩するんだと思うとなんだか笑いがこみ上げてきた。
「そうだ、お前は笑え。泣いているより、笑っている方がずっといい」
「……ありがとう、オーサー兄さん」
「ふっ、迷子になるなよ」
「うん」
人がたくさん行きかう中、セシルはオーサーの背中を頼もしく思いながら歩いていった。
「セシルのやつ、大丈夫かよ」
「オーサーなりに、気を使ってくれたんですよ。実際あなた、今セシルと二人きりはキツイでしょう」
「……チェ、お見通しかよ。腹立つ」
「顔にすぐ出やすいって前に言ったでしょう?」
チェチェと唇を突き出して、ランディは市場へと歩き出す。
「いい匂いがしてきたな」
「そうですねぇ、なんだかお腹が空いてきました。あ、でもダメですよ。合流したらお昼ごはんなんですから」
「少しぐらい大丈夫だよ」
ランディはじゅ~っといい匂いをさせている屋台に近づき、エイダル豚串二本くれと親父に言った。
「エイダル豚はな、このエイダル大陸の養豚場で育てられてるんだ。食べ物に果物を入れてるから、甘くておいしいんだぜ」
「二つお待ち! 嬢ちゃん良く知ってるな!」
親父がランディに串を二本渡す。
「俺はエイダル大陸の人間だからな、こんな情報、ここに住んでたら誰でも知ってるだろ」
「お嬢ちゃん、可愛いからおまけしてやるよ。串は一本分でいいぜ」
「へ? いいのか? やったぜ」
そう言って親父はギィにお金を入れるトレーを差し出した。ギィはくすっと笑って一本分のお金をトレーに入れた。
「可愛いとお得ですね」
「うるせぇ」
ギィがからかうと、ランディは少し照れたように豚串を食べる。ギィもちゃんと自分には味覚があるのだろうかと不安に思いながらぱくっと食べてみた。
「……おいしい」
じゅわぁと肉汁が舌の上に広がり、柔らかい脂身の弾力と甘みが肉の部分を引き立てる。親父が調合したタレがその魅力を抜群に引き出していた。
「だろ? またミントスに来たら、今度はセシル達にも食わしてやろうぜ」
「えぇ、これは絶対食べるべきです」
豚串を食べ終え、串をゴミ箱に捨てて二人は歩き出す。
「しまった、食べるのに夢中であの人にキースの事を聞き忘れました」
「おいおい、何うっかりしてるんだよ」
「ランディも忘れていたでしょう」
「へへ、まぁな」
二人で歩いていると、そこのお嬢さん。と仮面をつけたアクセサリー露天商に声をかけられた。彼の仮面は烏を彷彿とさせるものだった。
「今日いい掘り出し物があるんだけど、見ていきなよ。安くしてあげるよ」
「へぇ、綺麗なものばかりですね」
「バカ、ギィ。ああいうこと言うやつは大抵ぼったくりだぞ。大体、あやしいだろ、あの仮面。仮面舞踏会かっての」
ギィの耳元でランディがヒソヒソと囁くと、露天商はにやにやとしながら髪留めを見せてきた。
「お二人さん熱いねぇ。これなんかどうだい? 魔力が込められていて、身に着けると魔法防御力が作動して一度だけ身を守ってくれるよ」
それは百合の花をかたどった銀の髪飾りだった。
「ランディの髪は赤毛が強いから、とても似合いますね」
「バーカ、髪留めなんて戦闘の邪魔だろ。そういうのはセシルとか後方支援のやつがつけるんだよ」
そう言われてギィはこれを装備したセシルを思い浮かべた。セシルの華奢な雰囲気に、この髪飾りはとても似合うだろう。だが彼はプレゼントしてもぷんぷん怒りそうだ。
「ランディの耳につけてあるのはピアスですか? 結構年代物に見えますが」
「これはイヤリングだ。俺が十歳になった時、親父が唯一娘らしいプレゼントをしてくれたんだ」
なるほど、だからずっと身に着けているのか。ギィは露天商のアクセサリーをざっと見渡した。ランディはぼったくりと言っていたが、彼のアクセサリーには何かしら強い魔力の波動を感じる。
(ランディが装備できそうで、戦闘の邪魔にならないもの)
ふと、指輪に目が行った。妖精がエメラルドグリーンの宝石を抱きかかえているようなデザイン。それは彼らの瞳と同じ色。
「その、エメラルドグリーンの指輪ください」
「ギィ?」
「お客さん目が高いねぇ。これは妖精の加護がついていて、体力を自動的に回復してくれるのさ」
「いいですね、では二つください」
「まいどあり」
ギィがお金を払うと、露天商は指輪を二つギィの手のひらに置いた。
「たぶんセシルの方が指、細いですよね。ランディにはこっちを」
「んだと、喧嘩売ってんのか」
ランディはギィをぎろっと睨んだが、はぁとため息を吐いて指を差し出した。ギィはくすっと笑ってから、ランディの人差し指に指輪をはめた。
「これなら、戦闘の邪魔になりませんね」
「どこにそんな隠し金あったんだよ。お前無一文で仲間になったのに」
「マリオン王子から、この前のお詫びにっていもらっていたんです。いらないと断ったんですが、旅の資金にお役立てくださいと」
「そんな話聞いてねぇぞ」
「はい、言ってませんでしたから」
本当は、船の上でランディとセシルとオーサーに渡してしまうつもりだった。自分は食べ物を食べることはできるが、食べなくても死なない。体を得てそのことを知り、やはり自分は人間ではないのだなとギィは改めてショックを受けた。だが、それなら移動賃などのお金があれば、食費も宿代もいらない。だから彼ら三人に全額渡すつもりだったのだ。
(彼らのための装備なら、マリオン王子も賛成してくれるでしょう)
ついでにオーサーにも魔法防御力が上がる銀でできた獅子のマント止めを、自分用に魔力増幅のターコイズの指輪を購入した。
「そういえば、お客さん」
「ん?」
二人で立ち去ろうとした時、露天商がすっと立ち上がった。よく見ると露天商は少年だった。
「エメラルドには幸福、誠実っていう意味が込められているんだ。君達の受難に幸福あれ」
すっとまるで舞台役者のカーテンコールでするお辞儀をして、露天商はにこっと微笑む。
「……ありがとうございます、行きましょう、ランディ」
「あ、あぁ」
ぽかんとするランディを促し、ギィは露天商から離れた。確かに扱っている物はいいが、あの露天商が立ち上がった瞬間、隠されていた膨大な魔力が現れ、ギィはただならぬ気配を感じた。
(何故だろう、彼を知っているような気がします)
ボンボヤージュと投げキッスをしている露天商をちらりと見ながら、ギィは足早にその場を離れた。