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01:アイオ村のセシル


 運命っていうのは、実にくだらないと思わないかい? ちょっとした物事の積み重ねが奇跡を呼び起こし、人間を舞い上がらせる。


 いや、本当、人間ってやつは見ていて飽きないよ。何百年経ってもちっとも成長しやしない。

 だから、かもしれない。こんな僕が悔しくも彼の運命の輪に加わってしまったのは。綺麗すぎる彼の魂が、どうなっていくのかを見届けたくなったのさ。



(とある道化師の手記より)


*************************


 アイオ村は、平和で体育な村だった。その日、彼女がやってくるまでは。

僕の運命を変えてしまった人、彼女の名はランディ。

いつも希望に輝いていた人……そして、ちょっぴり口の悪い人。

「ランディ」、そう口にするだけで僕の胸は希望で溢れてくる。


(セシルの日記より)


**************************


 穏やかで、平和に包まれたアイオ村。大陸の最南に位置し、観光できる所でもないので旅人が訪れる事はほぼないと言っていいだろう。若者にとったら退屈でしかたがない村だが、それでもセシルは自分の住むこの村が大好きだった。



 買い物に出かけた父を待ちながら、部屋で勉強をしている少年がいる。


 透けるような美しい金に光が当たるとほんのりピンクに見える肩より長く伸ばした珍しい髪、長いまつ毛の下には利発そうな光を放つエメラルドグリーンの瞳。少年と呼ぶには華奢な体。


 この美しい容姿が、彼の悩みでもあった。彼の名はセシル。神官を目指し、教師である父カートとここアイオ村で二人で暮らしている。


 母ケイトは4年前に病気で亡くなっており、時折寂しそうな顔を見せるが、彼は誰からも愛されていた。十四歳と十ヶ月。平和に満ちたアイオ村でセシルは幸せに暮らしていた。




 玄関の開く音を耳にすると、セシルは勉強をやめて、部屋からリビングへと降りていった。


「お父さん、お帰りなさい」

「セシル、ただいま……なんだ、また勉強していたのかい?」


 買い物袋を両手いっぱいに持った父、カートは少し心配そうな顔をしてセシルを見ていた。小さい頃は毎日外に遊びに行っていたのだが、近頃部屋で勉強をして篭っている事が多くなってきたのを心配しているのだ。


「うん、だって勉強するの楽しいんだもん」


 セシルは目を合わさずに唇を尖らせた。本当の理由など言えない。


 成長するにつれ、自分の容姿のせいで友達から距離を取られている事など。言い表しようのない視線を友人に向けられ、輪を離れたセシルは勉強に打ち込んだ。


「勉強もいいが、外で遊ぶ事も大事だよ」

「わかってるよ。じゃぁ、遊びに行ってくるね」


 父を心配させたくない。それに、彼には最近村の友達以外に秘密の友達ができたのだ。きっと今日も森の入口で彼が来るのを待っている事だろう。


「どこへ行くんだい?」

「プルンの森だよ」

「待ちなさいセシル! プルンの森には行ってはいけないよ!」

「え?」


 プルンとはゼリー状のぷるぷるした大変カラフルなモンスターだ。弱く、人を見かけると逃げ出す大人しいモンスターとして有名だ。


「木こりのヤフーさんがプルンに襲われて怪我をしたらしいからね、行ってはいけないよ」

「プルンが……? まさか」

「プルンだってモンスターだからね。それよりセシル、珍しいニュースだ、村にランディという女の子が来ているよ」

「女の子?」


 プルン達の事は気になるが、父に行ってはいけないと言われて危険を犯してまでは行くつもりはない。それに、このアイオ村に旅人が、しかも女の子が来ているとなると気にならずにはいられなかった。


「なんでも、父親を……キースという人を探しているらしいよ」

「へぇ、ランディ……どんな子?」

「ははは、自分で確かめておいで」


 そう言うとカートは台所へと消えていった。



 セシルが外に出ると、村全体が浮き足立っているように思えた。聞こえてくる噂話はランディで持ち切りで賑やかだったが、村人の記憶にキースと言う名はなかった。


「ランディか、どこにいるんだろう?」

「セシル!! ロンを見かけなかったか!?」


 突然後ろから肩を強い力で掴まれる。振り返ると、息を荒くしたロンの父親バートだった。鍛え上げられた体の上にある顔は怒りに満ちていて、小さい子どもだったら逃げ出したくなるぐらいだった。


「さぁ……知らないよ……」


 勢いに押され、オドオドと答えるとバードはふんと荒い鼻息をし、辺を険しい目で見渡した。


「ロンの野郎、畑の手伝いが嫌で逃げ出しやがった! 見つけたらただじゃおかねぇ!」


 この怒り具合だと、ロンが逃げ出したのは一度や二度ではないだろう。積み重なった逃走にバードの怒りは頂点に達しつつある。


「悪いがセシル、ロンの野郎を探してきてくれねぇか?」

「わかったよ、おじさん……あんまり怒らないであげてね」


 セシルがそう言うとバードは大声でガハハと笑った。


「おう! セシルに免じてゲンコツだけにしといてやろう。 早いとこ頼むぜ!」


 バードはドシンドシンと巨体を揺らしながら帰っていった。



 ロンを探して歩いていると、村の中央にある噴水に見慣れない女の子が立っていた。


 セシルより少し年上だろうか、セシルより赤毛が強いストロベリーブロンドは少し癖があり、ぴょこんと跳ねていた。ショートカットで、長い睫毛の下にある強い力を感じる瞳はセシルと同じエメラレルドグリーンだった。おそらく彼女がランディだろう。


 端正な顔立ちで、凛とした鋭い雰囲気は少し近寄りがたく、村人も遠巻きに彼女を見ていた。


 セシルも一瞬気圧され立ち去ろうと思ったが、先ほどから彼女は何やら呟いており、一点を凝視している。


(綺麗な人だな。こんな美しい人が一体何をブツブツ言っているんだろう?)


 好奇心に駆られ、セシルはそっと近づいてみた。


「クソッ! 親父のヤツどこにいやがる……! アイオ村に来ればわかるんじゃなかったのかよ!」


 聞こえてきたのは、その美しい顔にはおよそ不釣り合いな口調で。


「……」


 セシルはランディに気づかれないように、そっとその場を離れたのだった。



 噴水から離れ、ロンを探していると酒場の裏の木陰でロンと数人の男の子達が集まっていた。


「ロン! おじさんが探しているよ」


 セシルが声をかけると、ロン達はビクリと体を震わせた。


「シッ! 見つかるだろう! ……何だ、セシルか」


 セシルと分かり、ロン達はホッとしている。


「早く帰ったほうがいいよ、ロン。今ならゲンコツで済むから……」

「はぁ? 何言ってんだ。誰が帰るかよ。どうせ怒られて畑仕事手伝わされるだけだってのに」


 ケッと言い捨てるロンに他の子達も賛同する。


「それよりセシル。俺たちはこれからプルンの森に行くんだぜ! お前も来いよ」

「プルンの森……? ダメだよ、危ないよ」


 ふと父の言葉を思い出し、止めたセシルをロンは無視して話を進める。


「今日酒場でおもしろい話を聞いてきたんだぜ。いいか? プルンの森の奥にはすっごいお宝があるんだってさ!」


 嬉しそうに話すロンに対し、セシルは首をかしげた。プルンの森はよく行くが、そんな話聞いたことがない。どうせ酔っ払いのたわごとだろう。だがロンはキラキラした目でセシルの手を掴んだ。


「だからさ! 今からプルンの森に行ってそのお宝を頂戴しに行くんだよ。セシル、行こうぜ!」

「ロン……」

「やめとけよ、ロン」

「そうだよ、セシルはマジメでいい子ちゃんなんだ。告げ口されるぞ」

「そうだそうだ」


 ロン以外の男の子達はセシルを連れて行きたくないようだ。


 村の男の子はセシルを異質なものを見るかのような態度を取る。それには容姿だけでなく、他にも理由があるのだが、セシルには辛かった。


(やっぱり、外に出るんじゃなかったな)


 少し傷ついて泣きそうになるが、ぐっとこらえる。こういう目に会うのが嫌だから勉強して、家にこもりだしたのに。何故今日は家を出てしまったのだろう、後悔の念がセシルを襲う。


 落ち込むセシルを無視し、男の子達は段取りを決めていた。仲間はずれにされて辛いが、自ら危険に飛び込もうとする者を放っておくわけにはいかない。


「ロン、行っちゃダメだよ。あそこは迷いの森、奥になんて行けっこないよ……」

「プルンを捕まえて案内させるんだ。痛い目にあわせりゃ言う事聞くさ!」

「かわいそうだよ、やめよう? 危険だし……」

「何だよ、意気地なし! セシルなんてもう知らねー!」

「ロン!」


 なおも止めようとすると手を振り払われる。


 ロンはセシルと一番仲のいい幼馴染だった。しかし、他の子達ほどではないがロンもまたセシルに対して屈折した思いを抱いていた。


 一つはセシルに魔法の素質がある事。ロンは小さな火さえ起こせない。セシルはそれだけでなく、回復の魔法も使える。これは大変珍しく、聖なる力を持つ者、いずれは神官という選ばれし者になれるという事だった。同じ村で同じように育ったというのに、この違いは何だ。ロンはセシルの才能が妬ましかった。


 もう一つはセシルの持つ中性的な容姿と雰囲気だった。この感情を何というか、まだ子どものロンはわからないがセシルを見ていると何だか変な気持ちになるのだ。それがよけいにロンをイライラさせた。


 二つの異質を持つセシルは、村の中でもひときわ目立ち、性格の良さから愛されてはいたが避けられていた。


「セシルのいくじなし! 女みたいなやつ! 男のくせに……!!」

「ロン……」


 ロンの言葉はセシルを大変傷つけていたが、ロンの心も傷つけていた。息を荒くしてセシルを睨むロンにほかの男の子達が行こうぜ、と肩を叩くとロン達は行ってしまった。


「ロン!! 待ってよ!!」


 一人ぼっちになったセシルを癒してくれたのは、プルンの森に住む秘密の友達だった。今日もセシルが来るのを森の入口で待っている事だろう。


「止めなきゃ……お父さん、ごめんなさい!」


 父に背き、セシルはロン達の後を追った。




「ふん、いくじなしのセシルか……」


 その後ろ姿を、ランディが鋭い瞳で見ていた。



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