第8話 忍び寄る危機1
会場にいた幼い子供たちがぐずり出し、帰る人が増えてきたため、宴はお開きになった。
結局、理央はほとんど口をつけられなかった。
(あ~あ、あんなにご馳走があったのに、食べられなかったぽん……)
たぬ吉の残念そうな声に理央はとても申し訳なくなる。何度もたぬ吉の暴走を止めていたからだ。結局、食べやすそうなパンをちょっと食べただけだ。しかも、時間も長かったため、締め上げられたドレスの腹部が苦しくて限界だった。疲労と空腹で、頭が朦朧とする。
椅子から立っただけで、血圧が十分に上がらず、視界が白くなって立ちくらみがした。それでも症状が落ち着いた後、狭いテーブルの側を歩き、先に広いところで待つ叔父の元へと近づく。
ヒールの高い靴を履いていたため、ゆっくり歩いていた。だが、何かの拍子に足首を捻ってしまい、しかもバランスを崩してしまった。
「あっ!」
倒れる、と覚悟した時だ。
後ろから、体を支えてくれる存在が現れて、最悪な事態を免れた。
「大丈夫か?」
この声は、アディードだ。彼のたくましい両腕が、理央の背後に回されて、しっかりと傾いた体を支えてくれていた。理央が慌てて自分の今の状況を理解した途端、恥ずかしなって顔が熱くなるのを感じた。
「助けて頂き、ありがとうございます」
お礼を言うのがやっとだった。
すぐに彼から離れて自力で立とうとした矢先、先ほど捻った足首に再び痛みが走る。
「いたっ!」
思ったより状況がひどくて、このまま力を入れられなかった。片足だけに重心をかけて、何とか立っている状態になる。
(だいじょうぶぽん!?)
おろおろと心配するたぬ吉の声が聞こえる。
「大丈夫ですか?」
心配した叔父が理央の側に寄ってきた。
「足を捻挫したみたいです」
「歩くのは厳しいですか?」
叔父に尋ねられて、理央が正直に頷いた直後、後ろにいたアディードが「あの、歩けないなら手を貸そう」と言ってきてくれた。
理央が彼のほうを向こうとしたとき、「失礼」という言葉がかけられる。
あっという間に理央は軽々と抱きかかえられていた。いわゆるお姫様抱っこという姿で。
彼の左手は理央の左脇に回されて、彼の右手はちょうど理央の太ももの裏あたりをがっしりと支えている。しかも、彼の上半身に理央の体が密着していて、厚い胸板に直に触れている。彼の男らしい匂いまで感じて、否応なしに彼の存在を意識してしまう。
「しっかり捕まってもらえるか?」
「は、はい」
遠慮がちに触れていたら、体勢が不安定だったみたいだ。注意されて理央は慌てて彼の後ろから肩に手を回してしがみつく。まるで抱きついているみたいな格好だ。
緊張で心臓の鼓動が速くなり、何も考えられなくなる。
アディードの首回りがたくましくて、さらに日焼けした褐色の肌が魅惑的だ。
ますます彼のことが気になってしまうので、理央が目をぎゅっとつぶったと同時に、アディードは歩き始めた。
「んん」
そのとき、理央の口から変な声が漏れてしまった。下半身から妙な刺激が走ったからだ。ちょうどアディードの右手がある部分。理央のお尻から生えている尻尾が、自分の太ももと彼の手によって完全に挟まれていた。しかも自分の足が重しになって、かなりの強さで押さえつけられている。
「どうされた?」
彼は立ち止まり、心配そうにしている。
「あの、皇子の右手の位置が悪くて……」
「そ、そうか?」
そう言って、少し位置をずらそうとしてくれたのが悪かった。尻尾を挟んだまま、手が動いたからだ。
「ひゃ」
びくびくと体が反応してしまう。堪え切れなくて、思わず声がまた漏れてしまう。
再び、尻尾からお尻に掛けて、小さな電気が走るみたいに妙な刺激が駆け巡る。こんな下半身の力が抜けてしまうような変な感覚は生まれて初めてだ。これ以上、尻尾を弄ばれたら、正気を保てるのか、自信がないほどだった。
(しっぽはだめだぽん~!)
頭の中でたぬ吉までも同じ泣き言を言っている。どうやら尻尾はたぬ吉の弱点らしかった。
気を抜くと、腑抜けて足までではなく、全身の力が抜けそうになり、知らずにアディードに必死にしがみつく破目になった。
(しっぽをさわるのは、つがいだけぽん~! ゆるさないぽ~ん!)
たぬ吉は怒ってはいるものの、どうやら以前と違って何もできないようだった。
「本当に大丈夫か?」
すごく心配そうにアディードに尋ねられるが、「理央のお尻には尻尾が生えている」と、彼に本当のことを話せるわけもない。
「は、はい……」
息も絶え絶えに理央はそう答えるしかなかった。