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第7話 歓迎パーティ2

(そ、そんな~! 食べさせてぽん~!)


 悲痛な叫びが理央の頭の中に響き渡る。寸止めして申し訳ないと思いつつも、平静を装って理央は皇妃エクリゼを見る。彼女は第二皇子の母である。女性から見ても美しい顔がこちらに向けられている。大きな息子がいるとは思えないほど若く見える。切れ長の大きな瞳は猫科動物のような愛らしさがあり、口元には自信に溢れた笑みが浮かんでいる。


 皇妃が着ている長衣は、色鮮やかなエメラルドグリーン。胸部の刺繍や飾りがきらびやかだ。ウエストのあたりできゅっと紐で締められた、とてもスリムなデザイン。ふくよかな胸部につい目がいく男性が多そうだ。

 理央本人は正直なところ、狩りには興味がなかった。ところが、あらかじめ会話を予測していた叔父によって、姫からの回答は既に決まっていた。


「私の故郷ではあまり馴染みがございませんが、こちらでは盛んだと聞いておりますわ」


 理央は指示通り答えた。姫のように優雅でゆっくりとした口調で。


「ええ、そうなのよ。アムールでは社交として狩りも行うのよ。その結果を競い合うの。アディード殿は狩りが得意で、アムール王国でも有名なのよ」


 皇妃は自慢げに微笑んだ。それから自分の息子アディードに視線を向ける。

 理央も彼を見た瞬間、その凛々しい姿に胸の奥でときめきの高まりを感じる。

 彼は母親に目配せされて無言で頷いていた。それから彼は理央のほうを向く。彼と視線が合った途端、理央はますます落ち着きがなくなる。こちらの動揺に気づかず、彼は何か言おうと口を開くが、しばらく考え込んだ後、結局何も言わないまま口を閉ざした。


(あ、あれ? もしかして、姫もご一緒にどうかと誘われると思っていたのに)


 誘われたら誘われたで、残念ながら無理だと答える予定だったが。

 恐らく、口下手の彼は、何か声を掛けなくてはと思ったのかもしれないが、結局以前のように緊張し過ぎて何も言葉が浮かばなかったのだろう。彼らしい反応を見て、同じように緊張していた理央は心の中でほっこりした。

 皇妃をこっそりと窺うと、彼女はじれったいと言った表情を一瞬浮かべたが、すぐに気を取り直して第一皇子に視線を向けた。


「エディルド殿、最近の狩りの調子はいかが? オルビア姫を誘われてみては」


 揶揄うような、そんな抑揚のあるイントネーションで、何か含みを感じずにはいられない口調だった。

 皇妃直々に勧められた彼は、人当たりのよい彼には珍しく、少し顔を強張らせた。


「いえ、私はあまり狩りが得意ではないので、茶会にお誘いしたいと考えております」


 その答えを聞いて、皇妃は実に楽しそうに口角に笑みを浮かべた。彼女の鮮やかな赤い唇が弧を描く。


「あら、そうでしたわよね。茶会でも噂になっていましたけど、エディルド殿は狩りは狩りでも、夜の狩りで相当ご活躍されているみたいね。ねえ、陛下」


 皇妃はそう小馬鹿にしたように笑うと、隣にいる国王に甘えるように手を添え、しなを作って同意を求めていた。妻に話しかけられたものの、彼は苦笑して返答を誤魔化していた。そんな主の反応がいまいちだったのか、皇妃はがっかりしたようだ。


「そういえば、エディルド殿。今日はあなたのお気に入りの女性を連れて来なかったのね。せっかくだから、あなたの生まれた娘もオルビア姫にご紹介なさればよかったのに」


 と、彼女は止めの一言をこの場に投げ込んだ。

 アムール王国は、基本は一夫一妻ではあるが、王族や族長などは側妃を抱えることもあるらしい。皇子も多くの懇意な女性がいるのだろう。以前抱きしめられたとき、たぬ吉の力のお陰で鼻が敏感だったせいか、彼から女性と思わしき匂いを感じていた。

 けれども、ここにオルビア姫がいるのに、わざわざ皇子の他の女の存在を知らせるなんて、悪意以外の何物でもないだろう。

 第一皇子は、亡くなった前皇妃の息子だと聞いていた。現皇妃にとってみれば、自分の息子のライバルだ。

 オルビア姫を巡る戦いも、自分の息子に勝利してほしいのだろう。それで恋敵に意地悪したくなるのも仕方がないのかもしれないが、ここまで露骨だと、さすがに女の恐ろしさを感じずにいられなかった。


 嫌味を言われた当の本人のエディルドは、何も反応せず、気にしない様子で食事に手をつけていた。


 理央自身もたぬ吉と同じように、沢山の女を抱えた男性の元へ嫁入りするのは嫌だった。これが姫だったら、どんな風に感じただろうか。

 オルビア姫も王族なので、子孫を残すために夫に側妃がいるのは当たり前なのだろうか。

 理央は思い出す。オルビア姫の王族としての一面を。

「飲み物が欲しいわ」

「足が疲れたわ」

 一般市民の理央とは違って、オルビア姫は民にかしずかれる王侯貴族らしく、侍女たちを当然のように使役していた。まるで自分の手足のように。


 それとも、理央と同じように割り切れなかったのだろうか。だから元々恋心を抱いていた男と駆け落ちをしたのだろうか。

 オルビア姫が話していた目的も気になる。彼女は精霊のためにアムール行きを願っていたはずだった。何か目的が変わるような事情でもあったのだろうか。


「さて、我々はそろそろお暇しようか。後は若い者に任せようではないか」


 国王は食べ終わったのか、席を立つ。それに従うように皇妃も立ち上がり、「楽しんでくださいね」と言い残して、主の後を歩いていく。

 身分が高い人よりも先に退席するのは、失礼にあたる。そのため、国王たちは気を利かせて早くいなくなってくれたのだろう。

 理央たちが残されたが、会話を弾ませられなかった。ぼろが出る前に理央も滞在している部屋に戻ることが優先された。

 そんなとき、アディードが急に立ち上がった。


「先ほどは、母が失礼した」


 彼がまっすぐ兄を見つめて謝罪を口にしたことに、理央はとても意外に感じていた。二人は、仲が悪いと思っていたからだ。事情は分からないが、身内の非礼をきちんと相手に謝る姿はとても気持ちが良かった。

 兄のエディルドが答える前に、アディードは「失礼」と言いながら再び着席する。

 彼はすごく口下手で、時には苦言も呈するが、相手を卑下することは言わないのだろう。そんな彼のことを好ましく感じた。

 ところが、エディルドはアディードに無反応で、聞こえていないように振る舞っていた。彼は理央に視線を向けている。


「オルビア姫、狩りにお誘いできなくて申し訳ないです。よろしければ、次の機会にお茶をご一緒にでも」

「ありがとうございます。狩りについてはお気になさらないでください」


 エディルドの謝罪にすかさず反応したのは叔父だ。


「ええ、そうですわ」


 それに同調するように理央も深く頷いた。


「いやあ、お恥ずかしい話ですが、私は弟とは違って才能がないのか、弓がとても下手で、全然獲物に向かって当たらないのですよ、アハハ」


 エディルドは笑いながら説明するが、その表情は少し悲しそうだった。彼は生まれつきの不得意さで、努力してもライバルの弟に敵わないと諦めているのかもしれなかった。


「私は色々な場面で気を遣って下さるあなたのことを優しい方だと思っています」


 理央は気付いたら、そう発言していた。彼には欠点を上回る良いところがあるのに、そんなことで落ち込んで欲しくなかった。

 女癖は悪く、運動は上手くないのかもしれないが、彼の気配りの良さと話術の上手さは、とてもすごいところだと、理央は感じていた。


「ねぇねぇお母さま、オルビア姫様は、優しい人がお好きなの?」


 突然、鈴が転がるような可愛らしい声が聞こえた。幼い子供たちが、母親と思わしき妾に顔を寄せて内緒話をしている。理央は現在たぬ吉のおかげで、聴覚が抜群に良いので、小声でも良く聞き取れた。

 国王がいた間は、何も話さず黙っておとなしくしていたが、いなくなった途端に話し出したので、ずっと我慢していたのに違いない。


(もしかして、さっきの励ましのせいで、変な誤解をされちゃった?)


「オルビア姫」


 内心焦ったところに、当の本人のエディルド皇子に名前を呼ばれて、すぐに彼に視線を向ける。彼は嬉しそうに笑みを浮かべ、目をキラキラと輝かせていた。


「先ほどのお言葉、ありがとうございます」


 元々中性的で魅惑的な彼の熱い眼差しを向けられて、そのすごい破壊力に思わず目を逸らしてしまった。後宮で彼がモテるわけをしみじみ悟りながら、自分の発言の迂闊さについて、反省の文字が岩のように理央の頭に激しく落ちてくる。

 気さくに話し掛けてくれて話題も豊富。中性的な雰囲気は、威圧感もなく、女性も親しみやすいのだろう。

 そう考えながら理央は再び第一皇子を見つめ、なんとか愛想笑い返した。

 それをアディードがそんな理央の姿を傍から見つめて暗い顔をしていることに当の本人は何も気づかなかった。


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