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第6話 歓迎パーティ1

 後日、理央はオルビア姫歓迎の宴に参加していた。

 宴と言っても、あの二人の兄弟皇子の他、国王と皇妃、加えて側妃とその子供たちという、比較的内輪な食事会のようだ。


 王の宮殿は、とても広い。その敷地内に何棟も立派な屋敷が建てられている。理央たちが滞在している場所もその一つを丸々借り切っている状態だ。

 広すぎるので、移動のために馬車が敷地内を走っている。

 砂漠に囲まれた中、宮殿は美しい緑に囲まれていて、貴重な水が豊富に用水路を流れている。


 今いる御殿も、目の前には緑鮮やかな庭園が見える開放感ある場所だ。

 とても太い石造の柱が何本も立っていて、天井や土台には幾何学的文様が一寸の狂いもなく装飾されている。床には天然の石板がびっしりと贅沢に敷き詰められ、美しい光沢を放っていた。


 理央は宮殿に来てから、その神々しさに圧倒されることばかりだ。根が庶民なので、場違い感がたまらない。


 椅子に座った理央の目の前には、丸いテーブルがあり、そこに敷かれた真っ白なクロスの上に、沢山のご馳走が並んでいる。

 スパイシーなカラフルご飯や、香ばしく焼かれた肉。理央たちの歓迎のために、色とりどりの様々な料理がびっくりするほど用意されていた。


 ところが、このドレスはお腹まわりがきつく、さらに裾の長いふんわりしたドレスを汚しそうだったので、食事を普段通りに取れない状態だ。この状況は理央にとっては拷問のようだ。

 隣に座る叔父をちらりと見つめる。姫とおそろいの真っすぐな銀髪が、肩の上で切り揃えられている。前回と同じ礼服姿。彼は特に気にする様子なく、料理を楽しんでいるので、なおさら無念の思いが強くなる。


(アレ、おいしそうだぽん~!)


 しかも、心の中でたぬ吉が、食べたいと理央に切なそうに訴えかけてくる。理央まで一緒に泣きたくなった。

 けれども前回は皇子の一人を殴ってしまったので、今回はおとなしく過ごそうと心に誓っていた。

 厄介事をスルーするどころか、反撃してしまったのだ。反省するしかない。


「それにしても、我がアムール王国にサルグリーア(護られし者)が来てくれるとは、喜ばしいことですね」


 先ほどから第一皇子エディルドがにこやかに気を遣って話を振ってくれる。

 護られし者とは、聞き慣れない言葉だったが、恐らく精霊の加護のことを言っていると思われた。

 この世界では、精霊という他の人には見えない存在がいる。それに守護された人間が稀にいて、不思議な力を使えるらしい。

 そのため、理央がたぬ吉のおかげで化け物に変身したことも、「あなたは精霊の加護をお持ちなんですね」と、すんなり納得されて助けられたのだ。


「オルビア姫は、植物の精霊の守護をお持ちだとか。どのようなことができるのでしょうか」


 エディルドが好意や興味から話を振ってくれたのは理解できるが、現状ではこの状況は非常にまずかった。

 オルビア姫本人でなければ、精霊の加護による奇跡を起こせないからだ。理央は姿を彼女そっくりに変えられるが、能力までは真似できなかった。

 理央が返答に困った時、すかさず隣に座っていた叔父がこちらに目配せしてくれる。


「オルビア姫は、植物を早く成長させることが得意です。ただ、力を使うと非常に疲れるみたいなので、長旅の疲れがとれていないうちは、控えるように国王から直々に言われております」


 先に力を見たいと言われる前に今は無理だと釘を刺してくれた。理央は内心ほっとして肩の力を抜いた。

 相手に言われてから断ると、どうしても角が立ってしまう。そう理央は心配していたからだ。


 今は、アムール族が長として一つの国として成り立っているが、昔――と言っても百年ほど前は、内乱が多く、血なまぐさい事件が多かったらしい。複数の部族が覇権争いをしていたからだ。姫の故郷ヤッサム国では精霊たちが信仰され、精霊の加護を持つ者は恩恵をもたらすと敬られる存在でも、このアムールの国では部族によって考えが異なり、逆に厄災をもたらす者として迫害を受けることもあったらしい。


 そのため、精霊の加護を持っていた当時のアムールの姫は、ヤッサム国に避難していた。ところが、その国の王子と恋仲になり、帰国を悲しんだため、両国で約定を交わして結婚することを許した。


「国が平和になり、精霊の加護を持つ者に害が及ばなくなった時、ヤッサム国に加護持ちの姫が生まれたら、アムールに輿入れしてほしい」と。


 この昔の国同士の約束を守るために、オルビア姫はこの国にやって来たのだ。


「姫の生まれる前から決まっていた話なのです。そのために幼き頃から姫はアムール語を習われました」


 姫が賊による襲撃でショックを受けている中、馬車の中で彼女の叔父が説明してくれた。

 不安に震える彼女の姿を見て、思いっきり同情したものだった。

 先祖の恋を成就させるために、生まれる前から尻拭いをさせられる運命をオルビア姫が課せられていたからだ。

 オルビア姫が故郷に好きな人がいても、その約束があるために、それは無視されることになる。


 馬車の中でオルビア姫は物憂げに黙っていた。美しい銀色の睫毛が伏せられ、頬に影を落としていた。けれども、彼女の口からは、「やっぱり行きたくない」と困るような言葉は決して出なかった。


「姫は皇子と出会うことを楽しみにしていらっしゃるんですか?」


 襲撃から日が経ち、状況が落ち着いてきたころ、理央がそれとなく尋ねたことがあった。


「ええ、素敵な方だとお聞きしてますわ。それに私には――、今回のアムール行きには、別の目的もあるの」


 姫の普段の口調は、静かで穏やかな話し方だった。


「それは、何ですか?」

「うふふ、この子のためよ」


 姫の頭に巻かれた蔓を彼女は優しく撫でた。その手つきは艶やかだった。白魚のように滑らかな肌と、洗練された指の動きに思わず目を奪われた。姫の表情は期待に満ち、宝石のような瞳は暗い馬車の中でも輝いているように見えた。

 姫の守護精霊は植物だ。言葉は発しないが姫の気持ちを読み取るように動いていた。


「あなたには見えるのね」

「え?」

「この子は、加護のある者にしか見えなかったの。――私の大切な友達だから、気付いてもらえて嬉しいわ」


 オルビア姫は目を細めて優雅に微笑んでいた。

 理央と姫は互いの精霊は見えたが、それ以外の者には見えていなかった。


 ふと気が付くと、右手が勝手に動いて食べ物に手を伸ばしている。たぬ吉の仕業だ。皿に載せたのは鶏肉だ。皮の油が焼かれて照り光っていて、見るからに美味しそうだ。匂いまで香ばしくて、逆らいがたい食欲が襲ってくる。たぬ吉だけではなく、理央までも誘惑に負けそうだ。


(ちょっとくらい、いいかも……)


 そう思ったときだ。


「そういえば、オルビア姫、狩りには興味はございまして?」


 話しかけてきたのは、アムールの皇妃だ。我に返った理央は、慌てて左手で自分の右手を叩いて制止させた。


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