第4話 皇子たちとの対面1
こうして理央はアムール国の宮殿にオルビア姫として訪れた。
初日に国王陛下へご挨拶を済ませたので、次にいよいよ皇子たちとの対面だ。
理央は付添人の叔父とともに皇子の従者に宮殿内を案内され、控室で待つようにと言われた。
宮殿の内装は、どこを見ても美しく、とても眩しい。白を基調にした大理石の床は綺麗に磨かれ、腰壁には植物の模様が美しく装飾されている。ここに案内されるまでにあった回廊には何本も見事な柱が並び、天井に続くアーチには幾何学模様が密に描かれ、はめられた色鮮やかなタイルが輝いていた。
付き添い人が休んでいるソファなどの調度品からも高級感がしきりに漂う。理央は恐れ多くて腰を下ろせなかった。
いや、座れないのは、それだけが理由ではなかったが。
「大丈夫かしら」
思わず不安が口から漏れてしまった。
ドレス姿の自分を見下ろす。ふくよかな胸元は大きく開き、白いレースの襟は華やかだ。しかも背中できつく紐で締め上げているので、姿勢が否応なしに良くなる。
その下のスカートは、裾に向かってふんわりと優しく膨らんだデザインだ。足先まで隠されているため、理央の下半身がどうなっているか、外見からは全然分からない。
レースをふんだんに使った淡く爽やかなブルーの生地だ。
(理央ぽん、頑張るぽん!)
たぬ吉の励ましに、思わず癒される。
「失礼します。オルビア姫、どうぞお越し下さい」
皇子の従者がやってきて、同行を促される。彼が着ている服は、白くて足元までストンと縦に長いシンプルなデザインだ。頭も白い布を巻いている。ここにいる人たちは、みな同じような格好をしていた。
理央は付添人の叔父に視線を向けた。彼は中肉中背で、特に強そうな印象はないが、品のある整った顔つきをしている。
彼は理央に向かって目配せすると、曲げた腕を持ち上げて、こちらに差し出す。掴まれという合図だった。
姫様のふりをしている理央は、おそるおそる彼の腕に自分の手を添える。
付け焼刃だが、彼の指示で学んだマナーをさっそく実践する。
理央は叔父と並んで歩くが、周囲の状況が全く頭に入らなかった。自分がどこを歩いているのかさえ、分からない。ただ、笑顔を保って姫様らしい所作を必死に再現していた。
「大丈夫ですよ、全て私に任せてください」
「……はい、ありがとうございます」
案内されたところは、植物園のような場所だった。あちこちに緑や花が溢れていて、湿り気を含んだ空気が肌を優しく包む。周囲はガラス張りで、外から丸見えだ。天井は開放感いっぱいで二階並みに高いドーム型になっている。理央たちが立っている場所は、ちょうど頭上で賑やかに植物が茂っていて、心地よい日陰になっている。
この国は乾燥した地域にあるので、このような大きな温室は非常に贅沢なものだろう。
石造りの腰掛けの上で静かに待っていたら、二人の皇子が来た。
異国情緒溢れる、裾が足まである長衣。皺のない真っ白な服を着こなし、黒髪の頭に柔らかいベージュ色のスカーフをおしゃれに巻いている。その立ち振る舞いは、堂々としていて、洗練された雰囲気を感じる。年頃の若者らしい、瑞々しい褐色の肌が魅力的に映る。
きっと顔もイケメンで素敵だと思うが、理央は緊張のあまり、彼らの顔をまじまじと観察する余裕すらなかった。
皇子たちが傍まで近づいて来たので、叔父に促されて、理央は立ち上がった。
「ようこそ、アムール王国へ。遠路はるばるお越しくださり、感謝いたします」
皇子の一人が一歩前に出る。
「第一皇子のエディルド・ファン・アムールです」
皇子はそう言って、友好の印として片手を叔父に差し出した。恐らく握手を求めているのだろう。
叔父も堂々と名乗ると、エディルドの手を迷いなく握った。
「隣にいらっしゃるのが、オルビア姫ですか?」
「はい、そうでございます。こちらがヤッサム国第三王女オルビア様でございます」
叔父が答えるので、合わせるように理央はお辞儀をした。
「初めまして」
手短に答える。姿形は姫と同じでも、声だけは理央の地声だからだ。なぜか声だけは変わらなかった。
エディルドも、理央に合わせて会釈してくれた。チラリと窺うように彼を見れば、同じように理央の様子を探るような鳶色の目と視線があった。ますます緊張感が高まる。
けれども、相手から柔らかい笑みをすぐに向けられたとき、相手からの気遣いを感じて、少しだけ落ち着くことができた。
彼の中性な雰囲気も、警戒心を無意識に弱くするような、そんな魅力を備えていた。
ここまでは打ち合わせ通りだ。叔父にはなるべく話すなと言われている。
次にエディルドの隣にいた大柄な男が、さらに理央に近づいてくる。彼の大きい背格好から、雄々しい逞しさを感じる。
ところが、彼は笑みなど一つもない強張った顔をしている。何か機嫌を損ねるようなことでもあったのだろうか。
少しだけ理央は不安になる。
彼の顔つきはこんなに大人っぽいのに、年は兄より二個下の十七歳と聞く。童顔と言われる日本人とは大違いだ。
鼻筋はまっすぐ通り、彫りの深い顔立ちはとても整っていて、目を見張るものがある。理央の好みの顔つきだ。
彼は黙ったまま、理央たちに対してお辞儀をする。
彼が再び顔を上げた時、こちらに向けられた両目を見て、息を呑んだ。
青空のように透き通った綺麗な色の瞳だった。彼のはっきりと縁取られた切れ長の大きな目は、まっすぐに理央を見つめている。その眼差しはあまりにも清々しくて、彼の真っすぐな人となりまで手に取るように伝わってくるようだった。
(すごくきれい――)
胸の奥に焼きつくような、強烈な印象が理央に与えられる。どきどきと心臓の鼓動が激しくなる。急に顔が熱くなり、落ち着きがなくなってくる。
思わず彼に目を奪われてしまったが、叔父の咳払いで我に返った。
「初めまして」
理央は棒立ちの状態から慌てて、先ほどと同じように会釈する。
何事もなく、最初の第一関門である自己紹介が終わった。そう思っていたら、
「は、初めm」
いきなり相手の男性が台詞を噛んだ。しかも、ヤバイと顔をしかめたまま、フリーズしてしまっている。
(えっと、これって、どうすればいいの? いや、そもそも私はあまり話せないんだった!)
理央まで動揺するばかりだ。最初に言い間違えた張本人もすぐに持ち直して挨拶をし直してくれれば良いが無言のままだ。
まるでテンパってしまっているようだ。
(こんなにカッコ良くて、強そうな人でも緊張するんだ!)
理央自身もとても緊張していただけに、彼に共感と親しみを覚えた。