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第31話 同じもの

 理央は建物の隙間から差す光を感じた。

 どうやら夜が明けてきたようだ。

 布団やクッションすらない硬い床で横になっていたので、ほとんど眠れなかった。

 真っ暗な中で一人置き去りにされたが、たぬ吉のお陰で、どれほど励まされたことか。

 たぬ吉は理央のすぐ側で寝ているが、まじないのせいで近づけないようだった。無理に近づくと、体が痛くなって苦しいと言っていた。けれども、理央を助けるために、両手を縛る紐を切ろうと、何度も痛みに耐えながら、こうして時々休みながら、頑張ってくれている。

 結構きつく何重にも巻かれているため、まだ完全には切れてないが、以前よりも少し緩みが出てきている気がした。

 夜が明けるまでに解ければ良いのにと願っていたが、たぬ吉が力尽きて無理だった。彼もまじないに抵抗しながら懸命に頑張ってくれている。それだけに、理央は自分も頑張ろうと、紐に無理な力を加えて、引き千切ろうとしていた。手首に激しい痛みを感じるが、それに耐えながら、たぬ吉のように休みながら行なっていた。

 焦りが理央を駆り立てる。

 昨日、誘拐犯に言われたことを思い出す。


「この街中に溢れている化け物の原因はヤッサム姫のせいだ。以前、その姫がカナべに来たときにも同じように化け物が出たんだ。今までそんなことは起きなかったのに。だから、王宮にヤッサムの姫を追い出せと手紙を出す。お前の命はアムールの王の考え次第だ」


 王が要求を呑まなければ、理央は殺されるらしい。頭が真っ白になり、犯人たちが人間の姿をした化け物のように見えた。恐ろしくて、昨晩は食べ物も喉が通らなかった。胃が何も受け付けないほど、心はボロボロになっていた。

 誰か助けて。そう思ったとき、脳裏に浮かんだのは、アディードの姿だった。

 きっと彼なら理央を助けてくれる。疑いもしなかった。

 アムール国のためには兄がふさわしいと、王位争いから身を引いた勇気ある人。

 彼の姿を思い出すたびに脳裏に浮かぶ、偽りのない彼の青く透き通った美しい瞳。

 理央がさらわれたことも、彼は連れ出した責任を感じて必死に探していると考えていた。

 だから、彼が自分を見つけるまでは決して諦めたら駄目だと諦めずに心を保っていた。

 震える手を握り締めながら。

 けれども、時間が経つにつれて、その自信が揺らいでくる。本当に助けてくれるのか。期限までに間に合うのかと。

 不安が襲って来て、早く助けてと我を忘れて叫びそうになる。心がぼろぼろに擦り切れて根を上げそうになる。


(アディさん、怖い。怖いよ――)


 アディードのことを強く考えていた。

 そのとき、扉が開く音がして、誘拐犯の若い男が子分を連れて入ってくる。


「どうだ。よく眠れたか」


 木製のお盆が床に置かれる。それには、カップと飯が盛られた器がのっている。手を使えないので、匙で食べさせられそうになるが、理央はそっぽを向いた。

 理央を殺す気でいるのに食べ物も信用できなかった。精霊の加護を持っているという理由で、姫を殺そうとした仲間なのだ。脅迫の材料として使われているが、理央を生かす理由が見当たらないので、今すぐに殺されてもおかしくはないと考えていた。

 ところが、目の前の男は、口元を隠していた布を少し持ち上げて、食べ物がのった匙を自分の口に入れて食べてみせた。


「毒はない。食べろ」

「なぜ」


 理央が不審に思って、疑問を咄嗟に口に出していた。だが、すぐに後悔していた。相手に言葉の力が分からないように、気を付けようと思っていたからだ。

 そこまで気を回す余裕がなくなっていた。


「若、今この女、アバネール族の言葉を使いませんでした?」


 細身の男がすぐに気付いてしまった。


「そうか? 俺にはアムール語のようにも聞こえた気がしたが……」


 若様が戸惑った声を出す。


「そういえば、”なぜ”って言った女の言葉が俺にも分かったぞ。アバネール語だったのか?」


 三人はだんだんと怪訝な目になっていった。

 すると、若い男は匙を器に置いたと思ったら、理央の顔をじっと見つめだした。


「正直に話さないと、今からお前の指を切り落としていくぞ」


 理央は恐怖のあまりにお尻をついたまま、彼から慌てて後退った。

 その様子を見て、目の前にいた男は鼻で笑い、してやったりと目を細めて笑う。


「お前、今の俺の言葉を理解したな?」

「若、やっぱりこの女、アバネール語を理解してましたよね!?」


 子分たちまでも確信をもってしまった。

 もう観念するしかないと思った。


「……そうです。私には言葉の壁がありません」


 白状した途端、男たちは息を呑んだ。


「若、これは一体、どういうことですか? なんで変身以外にも不思議な力を持っているんですか?」

「俺にも分からん。だが、言葉の壁を超越するのは、神に等しい力だ。我らが全知全能の神、アネルのように」

「若、この女を殺しても、大丈夫なんでしょうか……? アムールが言うようにサルグリーアという神のしもべだったりしたら」

「いや、しかし、精霊避けのまじないが効いたのも事実。どういうことだ。ただのネグロガではないようだな」

「あの、そのネグロガってやめてください。どうしてサルグリーアまでも一緒に悪い存在だと考えるんですか?」


 理央の問いに若い男は、不機嫌そうに眉をひそめた。


「アムールではネグロガはサルグリーアと呼ばれているが、元々は同じだ。やつらは突然害をなす。先の戦でも、同胞が多く殺された。どうして我々が崇めなくてはならない。最初からいない方がマシだ」


 彼は吐き捨てるように答えた。積み重なった憎しみを彼も持て余しているようだ。それを感じて、相手の苦悩の深さに何も言い返せなくなる。

 彼らと初めて出会ったとき、理央を彼らは助けてくれた。不気味な化け物から身を挺してまで。

 そう思い至って、理央は改めて気付いた。彼らは見知らぬ通行人を助ける親切心を持ち合わせている。性根は悪い人ではないのだと。

 けれども、どうすれば、アバネール族の彼らの気持ちを変えられるのだろうか。

 理央は彼の話を聞いて驚いた点があった。それは、ネグロガとサルグリーアの二つは反する存在ではなく、元々同じ存在だったことだ。


(じゃあ、ネグロガからサルグリーアにも変わる可能性もあるってこと?)


 理央はその可能性を思いついたが、もしアバネール族の彼らが知っていたのなら、害を及ぼす前に対処して、ここまで憎んでいないだろう。

 理央はアディードの言葉を思い出す。光の玉が減っていると彼はハルディアの街を歩きながら教えてくれた。その代わりに出現した黒い化け物たち。

 何か方法があれば、元に戻すことが可能なのではないだろうか。

 オルビア姫が来た途端、騒ぎ出した化け物たち。

 剣で傷つけた時は怒って反撃していたが、アバネール族の彼らが木材で追い払ったときは何も起きなかった。

 そもそも黒い化け物たちは、何か言ってなかっただろうか。

 いずれの化け物たちの叫び声は、ほとんど同じではなかっただろうか。


「いずずずずぅ!」

「ず、いず、いずぐれ……」


 街を飾った造花の数々が、一瞬脳裏に浮かんだ。恐らく、もっと昔は、本当の花々で飾ったのではないだろうか。

 まさか。あの化け物たちの正体は。

 答えを思いついた途端、恐らくそれに気づいたのは理央一人だということも同時に理解する。責任の重大さに背筋が冷え、体が震えた。


(私なら、あの黒い化け物たちを救えるかもしれない!)


 強い使命感が、理央の体を電流のように走り抜けた。


 そのとき突然、大勢の男性が騒ぐ声がこの小屋まで聞こえた。同時に争うような物々しい気配。

 男たちは顔色を変え、入り口付近に向かう。仲間が来て、「兵が来た!」と大声で叫んだ。


「リオを返せ!」


 はっきりと聞き覚えのある声が遠くから聞こえて、理央は輝かしいばかりの希望の光を感じる。涙が出そうになるほど胸が喜びでいっぱいになる。


(理央ぽん!?)


 大声に驚いて、たぬ吉の目が覚めたようだ。起き上がり、慌ててキョロキョロ様子を窺っている。幸いなことに理央以外は、たぬ吉の存在に気づいていない。


「もう居場所がバレただと!?」


 近くにいる男たちは、動揺して気配を不穏なものにする。若い男は舌打ちすると、理央の腕を掴んで無理やり立たせた。引きずるように外へ連れ出そうとする。いきなり扉が大きく開かれ、突然顔に朝日が直射され、視界が真っ白になり目が眩む。見えなくて足元がおぼつかない。それでも相手に強引に連行され続ける。


(理央ぽーん!)


 たぬ吉の悲痛な声が聞こえたが、気にする余裕はなかった。理央には重大な役目があった。だから、今はたぬ吉の無事を祈るしかなかった。


「待って、お願いがあります。もしかしたら、あの黒い化け物たちをどうにかできるかもしれません。だから、私の言うことを聞いてくれませんか?」

「うるせえ、それどころじゃねぇんだよ!」


 後ろにいた中年男に苛立った声で怒鳴られて、思わず身の危険を感じる。理央は相手を刺激させないように口を閉ざすしかなかった。

 周囲には四角い木造の建物が沢山並んでいた。形が全部似ているので、倉庫群のようなイメージだ。周囲は塀で囲まれて、敷地内の視界は他から遮られている。一体ここはどこなんだろうか。

 男たちは迷いない足取りで、先を急ぐ。だが、前方から一人の男が走りながら近づいてくる。


「ヤバイ、裏手も兵士たちに塞がれている!」


 必死な形相をしている。彼らがますます追い詰められるほど、理央も焦りを募らせていた。

 周囲から近づく大量の足音。武装した兵士たちの姿が建物の合間から現れて、理央たちを囲む。

 すると、理央は背後から男に抱き寄せられ、首元を押さえつけられた。


「これ以上近づくな! 女を殺すぞ」


 いきなり鋭いものが首に当たり、同時にチクリと刺すような痛みが走る。目で男の動きを追うと、彼は手にナイフを持っていた。


「リオ!」


 兵士たちの垣根をかき分けて、アディードが到着する。彼の姿が視界に入った瞬間、理央は「アディさん!」と彼の名前を叫んでいた。

 彼と目が合い、互いの視線が交差する。理央を必死に案じるような表情と、今にも射殺しそうな背後にいる者たちへの怒りの眼差しを感じる。


「リオを離せ。そうすれば、命だけは助けてやる」


 理央はアディードの怒声を初めて聞いた。


「信じられるか。そもそもネグロガの姫を呼び寄せた結果が、今の惨事を起こしたのだ! お前たちこそ、なぜ分からない!?」


 理央は彼らの凶行の一因に義憤があることも感じる。もしかしたら、その認識を正せたら、彼らの態度も軟化するのではないか。

 理央は一縷の望みをかけて口を開いた。


「アディさん、黒い化け物に水をかけてみてください! 恐らく、あの子らの正体は、植物です! だから、オルビア姫に過剰に反応したんです!」


 理央の言葉にアディードだけではなく、他の兵士たちも驚いた表情を浮かべる。だが、アディードだけがいち早く状況を呑み込み、理解したようだ。真剣な顔つきで、部下たちに素早く指示を伝える。この場から立ち去る一兵によって、伝令はすぐに広がるだろう。


「アバネールの皆さん、もしこれで化け物がいなくなったら、信じてもらえないでしょうか。ネグロガやサルグリーアは、必ずしも悪い存在ではないと。私ならネグロガたちの言葉を理解できて、彼らを救うことができるんです!」


 後ろにいた男たちは、何も答えなかった。しばらく無言だった。何を考えているのだろう。相手の表情が見えず、不安になる。

 けれども、アディードは急かさず待っていた。相手を刺激せず、理央と同じように考えを改めることを願っているようだ。

 そのとき、突然慌てて兵士が駆け寄り「大変です!」と別の知らせを運んでくる。


「黒い小さな化け物たちが急に合体して巨大になり、市井で暴れています!」


 周囲にいた人たちから、どよめきが上がった。


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