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転生したので厄介事はスルーしたい。~変身たぬきつき女子は、砂漠の皇子に愛される~  作者: 藤谷 要


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第30話 王の徴集

 アディードは次の日を迎えた。

 結局、理央が戻って来なかった。宮殿にオルビア姫を連れて帰った後、本当は再び彼女を探しに行きたかったが、兄のエディルドと近侍に止められたのだ。

 都市とはいえ、化け物が出現している。暗い中を移動することは危険だと説得されてしまった。自分の王族の身分をこれほど呪ったことはなかった。

 代わりに兵隊たちに行ってもらったが、結局理央は見つからなかった。

 ベッドに横たわっても、彼女のことが気になり、眠れた気がしなかった。この休んでいる暇があったら、探しに行くべきだと。そう焦燥感を覚えながら夜が明けていた。


(こんな風に”王族”という身分が、足かせになるなんて――)


 最後に理央と会ったとき、まるで別れのような言葉を彼女から告げられた。急に距離を取られて困惑したが、その原因を後になって気付いた。

 一人の女性一筋なのは、王族には非常に厳しい条件だとエディルドが言ったとき、アディードは妾を持つつもりはないと、きちんと否定はしたが、不安を与えてしまったのかもしれない。

 もっと言葉を尽くして説明するべきだった。

 自分の口下手が大事なときに災いして、眠れないほど非常に後悔していた。

 早く会って誤解を解きたい。そう思っても、彼女は未だに行方が分からない。

 見えない刃物によって、自分の胸がずっと刺され続けているようだった。


 朝早くから王に呼び出され、アディードは向かう。部屋のテーブルには、既に王の側近たちがいる。それから兄とヤッサム国のハインリヒ公爵も同席していた。

 てっきり呼び出されたのは、黒い化け物のことだと思っていたが、ヤッサム側の人間がいることからアディードの予想外のことが起きていた。


(まさか、オルビア姫のことがバレたのか?)


 アディードは隠匿の追及を覚悟して席につく。

 そういえば――と、アディードはハインリヒ公爵を見て思い出した。オルビア姫と彼女の従兄のことを。理央がいなくなって、すっかり頭の中から抜けていた。彼女たちがなぜいなくなったのか、事情を公爵が尋ねると言っていたが、報告をまだ聞いていなかった。

 理央のことで頭の中が占められていて他のことを考える余裕がない中、そのことは優先順位が低くなっていた。

 王と皇妃が最後にやってきてから、話が始まった。

 みんな揃ったことを確認し、父王が口を開いた。


「朝早くから、集まってもらい、感謝する。昨日から街で起きている異常な事態と、今朝宮殿内に投げ込まれた手紙について、話をしたいと思う。そこには、ヤッサム国に関することも書かれていたので、公爵にもこうして集まってもらった」


 王が厳しい顔つきをしているので、深刻な事態を感じる。アディードは理央のことも気にかかり、心中は全く落ち着かなかった。


「実は、現在起きている事態は、ヤッサムの姫が原因だと書かれていたのだ。だから、祖国に帰るように要求してあった。三日以内にその条件を飲めないなら、預かっているネグロガの女を殺すとあった」


 アディードは、それを聞いた途端、思わず席から立ち上がっていた。冷や水を頭から掛けられたようだった。

 心臓が激しく鼓動する。胃をきつく握られたような痛みを覚える。

 立ち上がった勢いのまま、父王に内容を尋ねようとした矢先、隣にいた兄のエディルドに腕をいきなり掴まれた。

 彼も沈痛な面持ちをしていた。けれども、その瞳は有無を言わせないほど鋭かった。無言で頷き、着席を促される。アディードは感情的になっていたことを自覚するが、そう簡単には落ち着けない。苦渋の思いで椅子に腰かけた。


「失礼しました」


 アディードが謝罪すると、王は頷き、何事もなかったように振る舞う。


「手紙には黒い髪の切れ端が入っていたそうだ。ところで、ネグロガの女という者の心当たりがないのだが、誰か知っているだろうか」


 アディードは王の言葉にいち早く反応する。


「それは恐らく、最近私が保護していたサルグリーアの女性です」

「それはどういうことだ?」


 王が尋ねてきた。ヤッサム国が実情を話せば、オルビア姫の不在が公になってしまう。それを避けたかったため、アディードは咄嗟に彼の国をかばい、嘘をつくことになった。


「実は昨日、たまたま彼女と外出していたら、黒い化け物に囲まれてはぐれてしまったのです。探していたんですが、見つからず。まさか捕まっていたとは」


 アディードは必死に考えながら、言い訳を述べていた。


「まあ、詳しい事情は後で聞くとして、その女はどんな加護を持っているのだ?」

「いや、それが……姿を変えられるのです」

「ほぉ。それはすごいな。ところで、その女の名前は?」

「リオです」

「ふむ、どうやら、手紙の通り、本当に捕まっている女がいたのだな。そして、それはサルグリーアだということも確かだと。では、犯人は誰なのか分かるか?」

「恐らくですが、アバネール族である可能性が考えられます」


 アディードは迷わず答えた。あの一族以外に考えられなかった。


「それはなぜだ?」

「それは、あの一族がサルグリーアを持つ者を憎み、ネグロガという蔑称を使うからです」

「なるほど。確かに一理ある。ところで、なぜ現状がヤッサムの姫が原因だと犯人は主張するのか、分かる者はいるか?」


 発言する者は、誰もいなかった。

 それを見て、王の側近の一人が口を開く。


「恐らくは、言いがかりでしょう。我が王の考えに反する者かと」


 それに対して、皆が無言で頷く。


「では、街中に溢れる化け物の駆除と、リオを保護する手立てはあるか?」


 これに対しても、しばらく誰も口を開かなかった。


「リオについては、地道な聞き込みで、目撃者を捜しましょう。恐らく、あの騒ぎの中で連れ去られたのなら、誰かしら見ているはずです」


 エディルドの進言に王は頷き了承する。


「それと、黒い化け物ですが、剣の先を向けると、勝手に相手が逃げ出しました。苦手のようです」


 アディードは昨日知った情報を思い出し、この場で報告した。


「では、引き続き、化け物の調査と、リオの探索を行ってほしい。ヤッサム国の姫を帰すことを私は考えていない。以上だ」


 王の言葉で集まりはお開きになった。





 ヤッサム国のハインリヒ公爵から話があるとアディードは言われ、別室で打ち合わせることになった。

 ハインリヒは、部屋に入るや否や、いきなり頭を下げる。


「お忙しいところ、申し訳ないです。昨晩、オルビア姫と愚息から話を伺ったところ、やはりアディード皇子殿下の仰る通り、我が愚息に姫は騙されていたようでした」

「ああ、そうでしたか。それなら、約束の件は問題なさそうですね」


 アディードは理央の探索について考えていたので、薄い反応しかできなかった。


「詳しい事情は、リオが見つかったら、教えて下さい」


 会話を切り上げて、アディードは去ろうとした。ところが、ハインリヒに「お待ちください」と呼び止められた。


「実は、オルビア姫が気になることをおっしゃっていたのです」


 その発言に興味を引かれ、彼を振り返る。


「姫は、あの黒いものたちから精霊と同じ気配を感じるとおっしゃってました」

「それは一体どういうことだ?」

「私には分からないのですが、精霊を見る姫には、そう感じたそうです。また、その黒いものは、何か訴えるように言っていたらしいのです。ですが、アムール語でもなかったようなので、言葉が分からなかったようです」

「もしかしたら、それがあの黒い化け物を解決する糸口になるかもしれないな」

「ええ、ですから、言葉が分かる理央様が早く見つかるといいのですが……」


 アディードはハインリヒの言葉を聞いて、思わず唇を噛み締めた。

 改めてハインリヒに別れを告げ、部屋を出る。目的地は兵舎だ。歩きながら理央探索に頭を巡らせていると、またもや誰かに声を掛けられて呼び止められた。


「アディード殿、ちょっといいかしら」


 振り返れば、そこにいたのは母だった。侍女を従えて、アディードが部屋から出てくるのを待っていたようだ。不機嫌そうな表情をしていたが、それを気にしているどころではなかった。


「母上。申し訳ないですが、今は」

「ちょっとでいいのよ、時間をちょうだい」


 相変わらず母はアディードの話を最後まで聞いてくれない。ため息をついて、諦めることになった。

 母に従って、人気のない庭まで連れてこられる。朝の冷たい空気が、あたりに立ち込めている。


「なんでしょうか」


 アディードが改めて話を伺うと、母は咎めるような視線をこちらに向けてきた。


「あなた、私に内緒で何をしているの? サルグリードの存在すら私は知らなかったわ。それに、あの女の息子に何か弱みでも握られたの? 最近、会っているみたいだけど」

「申し訳ございません。彼女のことは、急なことだったので、母上に話をする機会がありませんでした」


 これは本当のことだったので、アディードは心痛まず説明できた。


「そう。それは仕方がないわね。じゃあ、あとで彼女のことを紹介してちょうだいね。あなたではなくて、私が保護したほうがいいでしょう。オルビア姫のことがあるもの。姫に誤解されたら大変だわ」


 母はあくまでオルビア姫との結婚を前提で話している。それを分かっているだけに、これから話す内容は気が重かった。けれども、アディードは自分の望みを口にせずにはいられなかった。

 それほど想いが強くなったのは、理央のおかげだ。彼女が現れてから、アディードの置かれた状況は変わった。兄とも心を通わせられた。その背中を押してくれたのは彼女だ。まるで追い風のように。側にいるだけで、心が踊り、気分が上向きになれる。彼女のような存在を決して手放したくはないと感じていた。だから、密かに描いていた自分の夢を母にも話そうと決意できた。


「実は、母上。私にはやりたいことがあるんです。だから、皇太子になるのは、兄上にお任せしたいと思っています」


 母上の表情が固まった。それから、眉間に皺が寄せられ、目つきが刃物のように鋭くなる。


「何を言っているの? あの女の息子に任せられるわけないでしょう。それに、王を継ぐこと以上に大事なことはないでしょう」

「母上、王を継ぐことは大事な役目ですが、私はアムールの現状も変えたいと思っているんです。昔のようにサルグリーアに愛され、恵み豊かな土地に」

「アディ」


 母から叱責するような低い声が発せられて、アディードの話の途中だったが、止めざるをえなかった。こちらを見つめる母の目は、明らかに苛立っていた。


「何を馬鹿なことを。それこそ王の仕事でしょうに。あの女の息子に何を言われたの? あなたが人見知りで口下手だから、王には相応しくないとでも言われたの? 気にする必要はないわ。あなたのことはきちんと支えてあげますから。だから、オルビア姫のことも、これから娶る側妃のことも、全部私に任せなさい」


 母の言葉が胸に刺さる。悪気のない一言が、アディードの自信を揺らがせ、母の勢いに押されそうになる。

 幼い頃より、母はずっと正しいと思っていた。だから、母の言う通りにしていれば、間違いなかった。だが、大きくなっていくごとに、母の想いが、言葉が、わずらわしく感じるようになっていた。けれども、そこから目を逸らして従っていた。母の想いを傷つけたくなかったから。だが、今回ばかりは、自分の一生を左右するものだ。これから先ずっと、母の指示だけを聞いて我慢して生きていくと思うと、初めて絶望を感じた。

 それは嫌だと、アディードはやっと思い至った。

 自分の話を聞いて欲しい。その強い想いが、アディードに逆らう力を与えてくれた。


「母上、私は自分のことは自分で決めます。オルビア姫も、側妃も、私には不要です」


 そのとき、アディードは「側妃」と口に出して気付いた。何故、母が側妃の話を出したのかと。

 脳内で、色々なことが結びつく。

 理央はアディードとエディルドの話を聞いたと言っていた。あの日は、その直前に母の一族の女性たちと会わされたことを思い出した。顔を繋ぐのも大事だと言われたが、恐らく母はアディードが皇太子になった後、一族の女を側妃として娶らせる気だったのだ。

 一族の基盤を揺るぎないものにするために。


「誤解されたら――」


 そう言って理央は、アディードから急に距離を取ろうとした。あのときは戸惑ったものだ。以前抱きしめたときは、彼女はそんな素ぶりも見せなかったのに。

 誰が《・・》誤解するのかと、疑問に感じたことを思い出した。オルビア姫のことを気にする必要のない状況だったのに。

 もしかしたら、母の側妃計画の話を理央は聞いてしまったのかもしれない。

 そう思うと、全ての謎が解けた気がした。だからこそ、母の指示には決して従えないと強く感じた。


「アディ、どうしたの?」


 母はこちらの様子を窺うように見つめている。アディードの先ほどの言葉は、全く伝わっていないようだ。


「母上、どうか私の話を聞いてください。母上が聞いて下さらないなら、私も母上の話を聞きません」


 アディードは自分でも驚くほど、冷静な声が出ていた。覚悟を決めた途端、自信が胸中で満ちていた。

 母の両目が驚きで見開かれる。それから、眉間に皺が寄り、いつものように怒り出すのかと思いきや、こちらを黙って見つめていた。その顔には怪訝な表情が浮かんでいる。明らかに母は戸惑っていた。


「アディ、何を怒っているの? 優しいあなたらしくないわよ」


 その言葉に、アディードは普段では信じられないほど母に激しい怒りを感じた。自分の正直な気持ちを話しただけで、あなたらしくないと、その想いすら否定をされる。母はアディード自身を見ずに、母の理想の型にアディードをはめようとしている。そう感じられたからだ。


「母上、私を言いなりにしようとしないでください」

「そんなこと……!」

「失礼する」


 初めてだった。母の言葉を振り切るのは。アディードは、呼び止める母の言葉を無視して、その場から立ち去っていた。


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