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転生したので厄介事はスルーしたい。~変身たぬきつき女子は、砂漠の皇子に愛される~  作者: 藤谷 要


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第29話 身代わり

 理央は何かの荒い生地でできた袋に入れられた後、複数人に担ぎ上げられ、どこかに連れて行かれた。助けてと大声で叫んだが、あの騒動の中では、誰も誘拐に気づいて止めてくれなかったようだ。

 袋から出されたときは、暗い倉庫のような室内にいた。周囲には木製の箱がいくつも積まれている。

 口は猿ぐつわされて何も話せず、手足はすぐに縛られた。


「まさかこんなに上手くいくとはな」


 男たちは相変わらず顔を布で隠していた。だが、この声の主は他の二人より若い印象だ。

 他の仲間たちは、その言葉に同調して頷いていた。


「全部若様の言ったとおりでしたね」

「ああ。バルムで先を越されてヤッサム人を見つけられたときはどうなるかと思いましたが、ハルディアで再びチャンスがあると言っていた若様の言う通りでしたね」


 褒め称えられた若者は腕を組み、まんざらでもない態度で相手を見つめる。


「まあな。宮殿に堂々と入らないだろうと思っていたからな。必ず宿に宮殿から迎えが来ると思っていた。まさか大当たりを引くとは思っても見なかったが」


 目尻に皺のある中年男二人も、「くくく」と卑しく笑い、目を細めている。一人の体格は細く、もう一人は太めだ。

 理央は壁に寄りかかり、座ったまま彼らの会話を黙って聞いていた。

 身の危険を感じたら、すぐに変身して逃げようと思っていた。最後の手段があるだけで、随分落ち着きを取り戻していた。


「ところで、この女は本当に姫なんですかね?」


 太めのほうが、若様という彼らのボスらしき男に尋ねる。


「この女にそんな会話を聞かれたら、我々が何者か分からない者をさらった馬鹿だと思われるだろう?」


 細い男が神経質そうな声で文句を言う。


「なに、アバネールの言葉をこの女が知るわけないだろ」

「それもそうか」


 仲間の言葉に男はすぐに納得する。

 若様はその二人のやりとりが終わったことを確認すると、再び口を開く。


「恐らく、ヤッサムとアムールの奴らが必死に探していたのは、このオルビア姫で間違いないだろう。こいつが現れた途端、ネグロガが騒ぎ出したんだから。それに、本物の姫だからこそ、こんな人気のない時間帯に宮殿から街へ迎えに来たのだろう」

「でも、なぜ姫はどこかへ消えて、仲間が探していたんでしょうね?」

「それは分からないし、あくまで想像だが、姫はアムール行きを嫌がり、逃走でもしたんじゃないのか? だから必死に探し出したのだろう」


 理央は男の推測がほとんど合っていることに驚いた。姫たちを必死に探したために、それを目撃されて不審に思われてしまったのだろう。見つけることに夢中で、そこまで考えが回っていなかった。

 理央が黙って話を聞いていると、男たちの視線がこちらに向けられる。


「とりあえず、この女から事情を聞こう」


 合図とともに若い男が近づいてくる。理央の側で膝をつき、口元を解放してくれた。


「お前はオルビア姫で間違いないか?」


 尋ねられたが、理央はどう答えればよいのか、すぐに分からなかった。今まで彼らの会話を聞いて、なぜ自分が攫われたのか状況を把握することで精いっぱいだったからだ。

 アバネールの者たちだと分かった以上、正直に答えては危険だ。本物の姫をこの人たちは探しに行ってしまう。

 それに、理央にはたぬ吉の変身という切り札がある。この人たちを引きつけて時間稼ぎできれば、その間に姫が無事に宮殿に戻れるだろう。

 理央はすぐに答えを見つける。

 無言で深く頷いて、姫の身代わりを続行し続けることにした。


「そうか」


 男は暗く笑う。それと同時に彼の手が、腰に装着していたポーチに伸びている。何か中から物を取り出した。


「じゃあ、念のため、これを首にかけておいてもらおうか。精霊が嫌がるまじないだそうだ」

「え?」


 勝手に首にかけられた物を見ると、紐の先には小さな木の板がぶら下がっている。そこには、一つの目が大きく描かれていた。目は大きく見開き、その周りを太く縁取りされて、不気味な感じを受ける。


(やめてぽん!)


 たぬ吉の悲鳴が聞こえたと思ったら、突然理央の体の中から出てきてしまった。

 視界の端に映る自分の長い銀の髪が、自前の色である黒に変化する。

 目の前にいた誘拐犯たちは、息を呑み、慌てて理央から後退った。





 アディードは目の前の光景に愕然としていた。


「これは一体、どうしたんだ……!」


 黒い謎の物体が街のあちこちに蠢いていた。人々は不気味な存在に怯えて逃げ惑う。

 化け物が発するうめき声があちこちから聞こえ、おぞましいことになっていた。

 探していた人物を宿でついに見つけ、馬車に戻る途中の出来事だ。

 アディードたちが連れているのは、オルビア姫本人だ。確かに理央が変身していた姿と瓜二つだが、声質が全然違った。理央は透き通るように軽快な高い声だが、オルビア姫は微かに低めで落ち着いた話し方だ。

 アムール語もたどたどしく、テンポの良い会話は期待できそうになかった。

 本当に声だけ聞けば、全くの別人ということがよく分かる。

 ハインリヒ公爵の息子であるハロイドも同行しているが、彼は後ろで不満そうな表情で何か言っている。恐らく母国語で文句を口にしているのだろう。

 オルビア姫を連れて逃げた彼が原因で、こんな大変な目に遭っているというのに。彼に苛立ちながらも、アディードは自分の任務に集中する。

 黒いもやのような化け物は剣先を向けると避けていくらしい。それに気づいた護衛から話を聞いた。さっそくアディードも真似して抜刀すると、化け物を追い払いながら馬車を停めてある場所まで向かう。

 だが、ここでも最悪な事態が起きていた。護衛が意識を失って倒れていて、さらに理央がいなくなっていたのだ。

 御者が残っていたので、事情を聞いたところ、理央は黒い化け物に襲われて、現地のアムール人らしき者たちと一緒に逃げたようだ。

 だが、彼女が戻って来ないことは不可解だった。もうすでにこの付近には黒い化け物たちの姿がなかったからだ。


「理央は一体どうしたんだ……?」


 彼女の安否が心配だが、今はオルビア姫の安全も大事だった。このまま危険な状況の中で長居するわけにもいかず、本来の任務を遂行することを決意する。

 我が身を切り裂かれるほど、辛い決断だった。

 最後に交わした彼女との会話が、まるで別れの挨拶のようだったので、嫌な予感がしてならなかった。けれども、そんな不安を打ち消して心から必死に追い出した。

 必ず理央を探し出す。アディードはそう心に誓い、速やかに宮殿へ戻った。





 理央はいきなり元の姿に戻ってしまった。本人すら驚いて唖然としていたが、三人の男たちも動揺を通り越して恐れ慄いていた。


「お前、何者だ! どうしてヤッサムの姫の姿をしていた!?」

「どうやって変身していたんだ!? この化け物め!」


 中年の男たちが怒鳴り声をぶつけてくる。激しい感情を容赦なくぶつけられて、理央は相手から何をされるのか恐ろしくて震えそうになった。

 一方で、若様は何も言ってこない。こちらの様子を観察するように注視している。

 理央が泣きそうになりながら、三人を交互に見つめていると、若様が何か閃いたみたいに目を見開いた。


「もしや。こいつもネグロガだったのか。だから、まじないの首飾りをかけた途端、力が使えなくなり、元の姿に戻ったんだ。まさか、ここまでまじないが効くとは思ってもみなかったが」


 男は嬉しそうに笑った。しかし、その目つきは鋭く、優しさとは程遠かった。


「この女が姫の身代わりをしていたんだろう。一緒について来たと言うことは、姫の行方不明は一部の者にしか知られておらず、どこかでこっそり入れ替わりを計ろうとしていたのだろう。どうだ、当たっているだろう?」


 自信満々に尋ねてきて、理央は癪に触ったが、悔しいことに全部正解だった。

 理央は何も答えられず、唇を噛みしめた。

 たぬ吉の変身は無効化されてしまったが、言葉の力はまだ使えるようだ。

 理央がどんな言葉でも通じることに気付かれないうちに、なるべく情報を収集しようと考えていた。


「おい! 若様が尋ねているんだぞ! 答えろ!」


 細い男がイライラしながら怒鳴りつけてくる。しかも、こちらに近づこうと足を踏み出していた。それから乱暴に肩を掴まれる。恐ろしい気配を感じて、理央の体はびくっと震えて、体を竦めた。


「まあ、待て。多分、図星で答えられないんだろう」


 その若者の声が救いのように感じた。

 制止された男は、渋々ながらも元の位置に戻っていく。


「だが、黙ったままでいるのは、得策ではないぞ。とりあえず名前を教えてもらおうか」


 若者の理央を見つめる目が、剣呑なものになっている。

 これ以上、反抗的な態度を続ければ、さらに恐ろしい扱いを受けるかもしれないと、思わずにいられなかった。


「……理央」


 偽物だとばれた以上、名前を言っても問題ないと思い、理央は正直に答えた。


「リオか。お前は誰の命令でオルビア姫に変身していた?」

「ハインリヒ」


 まだ名前だけで答えられるので、言葉について怪しまれていないようだ。


「ハインリヒ。恐らくヤッサムの者か」


 その若者の問いに理央は無言で頷く。


「よし、手紙を送るとするか」


 若者は軽い調子で言いながらも、ポーチからナイフを取り出し、カバーを取り外す。刃物を持ったまま、理央に近づいて来た。

 鋭い刃先が理央の顔に向けられた――と思ったら、髪を一房握られる。

 嫌な切断音を立てて、理央は毛先を切り取られた。


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