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転生したので厄介事はスルーしたい。~変身たぬきつき女子は、砂漠の皇子に愛される~  作者: 藤谷 要


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第28話 近づく別れ2

 馬車は宮殿を出て、街の外れに向かう。人気のない場所に馬車を停めると、理央と護衛代わりの男性の二人で留守番になった。


「本物を連れてきたら、リオには元の姿に戻ってもらう」


 アディードはそう言い残すと、残りの兵隊を連れて去っていく。

 途端に馬車の中は、静かになった。

 兵隊はみな私服を着ていて、一般人と変わりがない。偽装は上手くされていた。

 アディードたちが姫を連れてくれば、この作戦は完了する。姫を道中襲ってきたアバネール族のことは気になるが、まさか突然実行された作戦を邪魔することはできないだろう。

 向かいの席に護衛の兵がいるが、初めて会う人だったので、特に会話がなく無言だった。

 ただ待つだけという時間は、一秒一分が非常に長く感じる。

 馬車の中は暗かった。まだ日は落ちてないが、小さな窓から入る光は少ない。

 足元は完全に暗かった。

 人気のない場所に停めているので、周囲の物音も静かだった。かなり遠くから、何か車輪で移動する音が聞こえるばかりだ。

 そんなとき、何かを引きずるような音が聞こえてきた。どこかで聞き覚えのある物音だ。だんだん理央がいるところに近づいてきている気がした。


「あの、この音はなんでしょうか?」


 気味が悪くて理央が向かいに座っていた兵士に尋ねた。まだ若いアムールの男は、首を傾けて不思議そうな表情を浮かべる。


「すいません、分かりません」


 相手の反応に理央は落胆するが、このやり取りの最中でも、物音は続いていた。


「私の耳には、何かやって来ているように感じるのですが」


 理央がますます不安がって伝えると、彼は訝しみながらも腰を上げて、馬車の窓から外を覗き込む。

 そもそも窓が小さすぎて何も見えないようだった。だから、男は扉を開けて、外を確認しようとした。

 そのとき、開けた扉の隙間から、こちらを覗き込んでいる黒い影が見えた。

 何か生き物のように蠢き、足元に近い入り口から、こちらを見ている。暗闇のような塊に数え切れないほど目がたくさんあり、理央をじっと凝視しているようだった。得体の知れないものが突然現れて、理央は虫酸が走るような恐怖で体が強張った。


「ず、……ず」


 いくつも重なる声が聞こえる。呻くように恨めしそうに。音の正体は、不気味な生き物から発せられていた。


「いや! 早く閉めて!」


 理央が叫ぶと、兵士は慌てて扉を閉めた。不気味な奴らは、見えなくなったが、「ず……ずず……」と、扉の向こうで相変わらず声が続く。


「一体、どうしたんですか?」


 男が困惑しながら尋ねてくる。

 理央は信じられないといった想いで、相手の顔を見つめた。彼は何も気付いていないようだ。


「もしかして、何も見えなかったの?」

「え、ええ……」


 戸惑った態度で彼は答える。

 ところが、急に馬車が激しく揺れた。車体に何かぶつかったようだった。理央は突然のことでよろけてしまい、狭い車内の壁に頭と体を打ちつけた。


「いずずずずぅ!」


 怒り狂ったような大きな叫び声が周囲に響き渡り、明らかに何か危険が迫っていた。

 男は慌てて理央の手を取ると、扉を開けて外へ出る。周囲には気持ちが悪いくらい黒い影が集まっていた。小さな丸いものがあちこちについているが、よく観察すると全部目だった。無数にある目が、ぎょろぎょろと無規則に動いて周囲を見ていた。大きな雲のように不定形なそれは、こちらを見つめて恨めしそうに同じ単語を低い声で出している。


「あれはなんだ! 逃げましょう!」

「え、見えたの?」


 男は最初見えなかったのに、今は見えるようになっていた。男が見えるようになったのか。それとも化け物が姿を誰にでも見せるようになったのか。

 ふとミグルのことを思い出し、後者の可能性が高い気がした。

 男は余裕のない表情で返事もせず、無言で帯刀していた剣を鞘から抜く。それから迷いなく不気味な存在に切り掛かり、逃げ道を切り開こうとした。


「ぎゃああ!」


 化け物は途端に悲鳴を上げた。切りつけたところは、スパンと真っ二つに割れて裂かれたが、すぐにまたくっついて、元通りになる。


「いずいずぅ!」


 黒い化け物が怒ったように叫ぶと、いきなり分裂するように変形したと思ったら、素早く動いて男に向かってぶつかってくる。男はあっけなく化け物によって吹き飛ばされた。転倒して、地面をごろごろと勢いあまって転がっていく。


「大丈夫ですか!?」


 理央が悲鳴を上げるが、男はあっという間に化け物の黒い影に包まれて見えなくなる。

 理央の足が震えて、怖くて仕方がなかった。一体、この目の前にいる存在はなんなのか。逃げたくても、周囲は化け物に囲まれていて、逃げ道はなかった。


「ず、いず、いずぐれ……」


 何かを訴えるように唸るばかりだ。だんだんと理央に近づいてきて、その距離は縮まってくる。


「おらぁ! ネグロガめ!」


 化け物の後ろから男たちの声が聞こえてきた。と思ったら、黒い化け物の体が突然引き裂かれる。その隙間から見えた褐色の男たち。格好は街中でよく見かける庶民たちと同じだ。着古した長衣に、頭にスカーフを巻いている。何故か顔を布で隠していて、わずかな隙間から目だけが覗いていた。彼らは両手に長い木材を持って振り回していた。蹴散らすように黒い化け物をバラバラにしていく。

 そのとき、理央は違和感を覚えた。先ほど護衛が剣で攻撃したとき、化け物は相手に反撃してきたのに、今回木材で攻撃した相手には何も反応していない。なぜだろうか。


「大丈夫か!?」


 理央に向かって彼らは声を掛けてきた。近所の住民が異変に気付いて、助けてくれたのだろうか。

 ところが、彼らは理央の顔を見た瞬間、気遣いの色は消え、険しい目つきになった。


「お前は……ヤッサム人だな!?」

「え……?」


 理央は言われて自分の格好を思い出した。今はオルビア姫なので、銀髪で紫の瞳をしている。明らかにアムールの者ではなかった。しかし、なぜ彼らがヤッサム国だと言い当てたのか分からず、正直に答えて良いのか不安になった。


「とりあえず、一緒に逃げるぞ」


 男たちの中でも比較的若い男が棒立ちになっていた理央の手を掴み、ここから走り出した。

 街はあちこちに黒い影が出没していた。住民は悲鳴を上げて、逃げ回っている。


「一体、なにが起こっているの!?」


 以前来たときには平穏だったのに。身の毛もよだつような恐怖に支配されて、冷静ではいられなくなる。


「お前らのせいだろうが!」


 理央を掴んでいた男が立ち止まると、振り返って怒鳴ってきた。


「ネグロガの姫が来たから、仲間が集まってきたんだろうが!」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。けれども、頭の中で言葉を反芻して、やっと彼の言葉の意味を理解した。

 彼は姫をネグロガだと言っていた。恐らく、彼は精霊の加護持ちに対して良い印象を持っていない。アバネール族の人だろうか。


 そのせいで、理央はさらに危険を感じた。

 彼の考えは間違っていると思ったが、自分の正体に気づかれるわけにもいかず理央は押し黙った。

 サルグリーアが化け物を呼ぶ原因になったのなら、とっくの昔に同じことが起こっているはずだ。同じように精霊の加護を持つエディルドがずっと宮殿にいるのだから。


「ちっ、まぁいい。とにかくついて来い!」


 男は理央を無理やりどこかへ連れて行こうとしている。けれども、それには従いたくなかった。

 ここが安全ではないとはいえ、絶体絶命のピンチから脱している。アディード皇子たちと合流したほうが良いと思われた。


 理央は男の手をいきなり振り払おうとした。だが、痛いくらい握られていて、力づくで押さえられていた。まるで逃さないと言わんばかりに。


「おとなしくしろ!」

「……くっ!」

(理央ぽん! 変身するぽん!?)

「ダメ」


 理央は小さくつぶやく。

 今ここで変身したら、戻ったときに丸裸になってしまう。それは避けたかった。


(じゃあ、どうしたらいいぽん!?)


 心配するたぬ吉の声に気を取られていたら、男の仲間たちに囲まれていた。

 羽交い絞めにされて、口元を押さえつけられて、身動きが封じ込められる。あっと思った瞬間には、頭から何か被されて、いきなり視界が真っ暗になった。



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