第27話 近づく別れ1
「姫が見つかったようだ」
顔色を変えた叔父が知らせてきたのは、翌日のことだった。それまで館で理央は侍女たちと昼休みを過ごしていたが、その叔父の発言によって一同の表情は一変する。
「先ほど、アディード皇子の近侍から連絡が来たのだ。これから時間が空き次第、皇子も来ると言っている」
「分かりました。それでは、外出の準備をします」
場合によってはオルビア姫の格好が必要かもしれない。もう誕生祭まで幾日しかない。猶予はなかった。
本物のオルビア姫が宮殿に入るためには、その前に理央がオルビア姫の格好で出なければならない。
宮殿から出ていない姫が入ってきたら、事情を知らない者に怪しまれてしまうからだ。
来客が多いこの時期は警備が厳しくなるらしい。宮殿の警備兵による検めがあり、皇子だからといって許しもなく人を出入りさせられない。
前回も外出するとき、王宮から発行された許可証にサインをもらっていた。
理央は侍女のイリアに目配せすると、彼女はすぐに合点して頷いた。
その後、アディードがやってきて、理央と付き添いの侍女は、彼とともに馬車に乗って宮殿の外へ向かう。やはり予想通り、姫の迎えは早急に行われることになった。あらかじめ、ヤッサムではなく、アムールの衣装に着替えていて正解だった。
姫の白い肌と紫の目は目立つかもしれないと、夕方の人が少ない時間帯を狙った。前回と同じように黒い外套をかぶり、極力容姿を隠すようにする。もちろん、尻尾も分からないようにする。
「配下の報告によると、このハルディアまで姫を移送しているそうだ。宿に隠れているが、今はそうでなくても一番客が多く、人目に付きやすい時期だ。早々に宿から去った方がいいだろう」
淡々と仕事をこなすアディードを頼もしく感じる。
馬車の後ろには、さらに護衛兵が乗った馬車がついて来ているようだ。
「申し訳ないが、馬車では目立つため、街中は前回と同じように徒歩での移動になる。それと、一時的にだが、リオを馬車に置いて行くことになる。すぐに戻るから、不安がらずに待っていて欲しい」
「ええ、分かったわ」
そう理央が答えると、馬車の中は静かになった。蹄の音と、車輪が軋む物音がやたらと聞こえる。
いよいよ本番だと思うと酷く緊張する。宿まで移送したということは、オルビア姫本人で間違いないだろう。
「そういえば、姫はどこで見つかったんですか?」
「ああ、姫がいなくなった街バルムだ。ずっと、そこにいたようだ」
「すごい! アディさんの推理通りですね」
「ああ」
アディードも緊張しているのか、表情も口調も硬い。話しかけづらい雰囲気をまとっていた。
姫が戻ったら理央のお役目も終わる。本来、皇子たちと関わるのはオルビア姫の仕事だ。理央は侍女たちみたいに姫の後ろに控えるようになり、丁重に扱われることはないだろう。アディードと個別に会う機会なんて、あるのか怪しかった。
忙しい彼がわざわざ理央に掛ける時間はなくなるだろう。だから、このタイミングを逃せば、伝えたいことも言えずじまいになる。
理央は意を決して口を開く。
「アディさんのおかげで、姫を見つけることができて感謝してます。おかげで、私の身代わり生活も無事に終わりそうです」
「いきなりなにを……」
アディードは、戸惑った表情を浮かべる。それもそうだ。こうして勝手に感謝して礼を伝えることは、理央の自己満足だった。
もっと気持ちを伝えたくて、彼の顔を祈るような気持ちで見つめる。ぎゅっと手を握りしめて、勇気を奮い立たせる。
「アディさんに出会えて、とても光栄でした。今回、助けてもらったから、アディさんがお困りのときに力になれたら嬉しいです」
きちんと胸の内を言い終えて、張り詰めていた緊張の糸が緩んだ。
けれども、肝心の相手は、凛々しい眉を寄せて怪訝な顔をしていた。突然、仕事と関係ない私語をベラベラと語り出して呆れられたのかもしれない。
「いきなりこんなことを言ってごめんなさい」
理央は自分の行為を反省して、口を噤んでうなだれた。
「いや、待て。怒っているわけではない。ただ、あなたが今そんなことを言う意味が分からなかったんだ。まるで別れの挨拶のようだったから。私はリオがオルビア姫の身代わりでなくなっても、あなたと今後も会いたいと思っている。前にも言っただろう。また会って欲しいと。私は社交辞令を言わない」
アディードの言葉を聞いた瞬間、彼の好意に心が弾けそうなほどの喜びを感じた。
けれども、不安が拭えない。
アディードは側妃を持つつもりはないと言うが、王や王妃から命じられたら断れない身分だ。だから、理央とは結ばれない。
距離をこちらから置くしかなかった。
「何か私に別の用事でもあるんでしょうか」
理央の口からとても慎重な言葉が出た。すると、皇子の眉間の皺がさらに深まった気がした。美形が凄んだ顔は、非常に迫力があって怖かった。思わず、隣にいるイリアにしがみついてしまったが、彼女に嫌がられて避けられてしまった。助けを求めるように見ても、そっぽを向かれて知らないふりをされる。
(ど、どうして!? 前は助けてくれたのに)
「リオに会いたいだけでは駄目なのか?」
その言葉だけで、理央は心臓が破裂しそうなほどの勢いと破壊力を持っていた。
「……ですが、誤解されでもしたら」
キュッと胸が締めつけられたみたいに苦しい。
好きな相手から求められているのに、全然喜べない。
理央を激しく揺さぶり、失望のどん底に陥れる。
だからこそ、理央は自分の恋を終わらせる決心をした。
「誰が誤解をすると言うのだ。私は、リオが何か誤解しているように感じるぞ」
「……そうでしょうか?」
「私はリオと出会えて良かったと思っている。だから、これからも仲良くしてもらいたいだけだ。他意はない」
アディードの率直な物言いは、彼の母親を思い出させた。
本人が言う通り、彼は社交辞令を言わない人だと理央自身も感じていた。
もしかしたら、理央と会いたい以外に他に意味はないのかもしれない。
好意以外に理央を近づく理由を考えたとき、簡単に答えが見つかった。
(そっか。私の勘違いってそういうことだったんだ。単に彼はサルグリーアが物珍しかったのね)
そう考えると、ようやく落ち着きを取り戻すことができた。
「お気持ちよく分かりました。こちらこそよろしくお願いします」
要は、お友達の関係だ。理央はようやく落とし所を見つけて一安心した。
理央が彼にお辞儀すると、ようやく相手も納得した表情を見せた。
「落ち着いたら、リオのことをもっと聞かせてほしい」
アディードは、優しく誠実な気持ちを伝えてくれる。あくまで一人の友達として。
悲しいが、それが現実だった。




