第24話 気づかれた秘密2
翌日、理央はたぬ吉の力で動物になり、アディードの元へ急いでいた。
昨日のエディルドの件を相談するためだ。近侍にアディードの予定を尋ねたら、今日はぎっしりと詰まっていて、理央たちと会える余裕がないらしい。
重要な情報だったので、近侍経由で伝えるわけにもいかず、彼に伝えられないと落胆していたとき、たぬ吉が提案したのだ。
「動物に変身すれば、きっと自由に動けるぽん。こっそり会いに行けばいいぽん」
「でも、たぬ吉の変身って、尻尾は隠せないんじゃ……」
「同じたぬきなら、大丈夫ぽん!」
「そっか!」
というわけで、理央は時折生垣に身を隠しながら、宮殿内を移動していた。
身長が低いので、見える景色が全然違う。思いついたのはいいものの、無事にアディードの元へたどり着けるのか不安でたまらない。
「アディさんはどこにいるかしら」
(こういう時は匂いを頼りに行くぽん)
さすが野生動物。鼻が効くらしい。
「たぬ吉、任せたわよ」
動物の姿のときは、たぬ吉の方が有能だと判断した。
たぬ吉は鼻をヒクヒクと動かして、周囲の匂いを識別する。
(こっちに知っている匂いがするぽん)
たぬ吉は素早く動いて、とある建物へ近づいていく。護衛の兵たちが周囲をうろつく状況で、理央たちは広い庭へ侵入する。
若い女性たちが歓談する賑やかな声が遠くから聞こえてくる。
あの女性たちの中にアディードがいるのだろうか。花のように美しい女性を侍らせて。想像するだけで重苦しい気持ちが理央を襲ってくる。嫌だ、見たくないと思うが、たぬ吉は忍び足で近くまで寄っていく。
「ごめんなさいね。せっかく遠くから来てくれたのに、アディードったら無愛想で。でも、照れているだけだから、気にしないでほしいわ。あの子ったら、いつもあんな感じなの」
声だけで理央は分かった。皇妃エクリゼがここにいるようだ。けれども、肝心のアディードは既に去った後らしい。
「いいえ、アディード様にお会いできただけでも感激でした。久しぶりにお会いしましたが、ますます凛々しくなられて……」
若い女性の声だ。うっとりしたような嬉しそうな声を聞いて、理央は複雑な気分になる。
確かに彼女の言う通り、アディードは見目麗しい上に逞しく、非常に魅力的だ。
「あら、アディード殿を気に入ってくれて良かったわ。オルビア姫との縁組が終わったら、次は側妃選びを勧めたいと思っているの。私、前々から我が一族から出すなら、是非あなたにって思っていたのよ」
「まあ、光栄ですわ!」
理央はこれ以上、話を聞いていられなくて、この場から早々に立ち去った。
胸の奥が騒ついて、苦しくなっていく。エディルドから以前受けた忠告を思い出さずにはいられなかった。
(どうしたぽん?)
たぬ吉が心配そうに尋ねてくるが、理央は今の自分の状況を説明できなかった。
自分ではどうすることもできない暗い気持ちを抱えたまま、目的の達成を優先させる。
アムール王国では、基本一夫一妻だが、王族では側妃を持つこともあると知っていたはずなのに。風習の違いだから、アディードは何も悪くない。
それなのに。
理央は割り切れなかった。
「アディさんはここにはいないみたい。次を探して」
(分かったぽん)
たぬ吉は鼻を使って次の場所に移動を始める。
(こっちに向かったみたいぽん)
たぬ吉が今度向かった先は、先ほどよりももっと大きな建物だった。
遠くから様子を窺っていると、御一行がぞろぞろと列をなして訪れてくる。
使用人によって門が開けられ、彼らを中に招き入れる。その中を覗くと、そこにアディードとエディルドがいた。
訪問客を歓迎して、接待しているようだ。誕生祭で来客が多いと聞いていた。その対応に追われているのだろう。
理央は茂みに隠れながら、アディードと会うためのタイミングを見計らうことにした。
しばらくうつ伏せになって茂みに隠れて、のんびりと待機していたが、再び人の動きが見られて緊張が走る。
客たちが建物から去り、彼らと別れたアディードとエディルドの二人は、揃って移動していく。その後を理央は黙ってついていく。
「兄上、お時間を頂いてもよろしいですか」
アディードがエディルドに話しかけると、兄は訝しげな視線を寄越したが、拒否することなく、無言で頷いた。
それから二人は場所を庭園に移動する。理央が身を隠して側にいることに気づかず、二人は人払いをして会話を始める。
どうやらアディードは理央の助言を受け入れて、兄のエディルドと話し合うことにしたらしい。理央はそれを嬉しく感じる。
上手くいきますように。祈るように二人の会話に聞き耳を立てる。
「私はオリビア姫を兄上に任せたいと思っています。そのことは、既にヤッサム国にも話は通してあります」
アディードの言葉にエディルドは顔色を変える。
「それは私に皇太子を譲るということか。なぜだ!?」
エディルドが不審そうに見つめると、アディードは戸惑った表情を浮かべる。兄にしてみれば、寝耳に水の話だ。驚くのも無理はない。
兄は弟をライバルだと考えていた。弟は兄に敵わないと考えていた。そのお互いの認識の違いが浮き彫りになっていた。
「そもそもアムールは、外交に特化した国です。兄上のように話術に長けた方がふさわしいと思いました」
アディードが説明しても、エディルドはまだ納得がいかない感じだった。
「だが、アムールの社交では、私の狩り下手は致命的なのを忘れたのか。みな、口には出さないが、私のことを笑っている。武神の生まれ変わりと言われた弟と比べられ、馬鹿にされてきた私が王にふさわしいだと?」
「しかし……」
兄の激情を目の当たりにして、アディードは自分の認識が間違っていることに気付いたようだ。困惑して次の言葉が告げなくなっている。
「アディード、一体、何を企んでいる!?」
エディルドはアディードの気持ちを理解できず、弟に対して疑惑の目を向けている。
「何も企んでいません」
アディードは必死に否定するが、エディルドは全く取り合う気配がなかった。
「ふん、あのリオという女にそこまで入れ揚げたのか? それとも、あの皇妃の言いなりには嫌気が差したか。ふん、ばかばかしい。そんなことで、皇太子を望まないとは。見損なったぞ」
「違います……!」
「まあ、いい。アディードが継承者の条件を放棄するなら、私としても願ったりだ。ではな」
「兄上!」
去ろうとする兄をアディードが誤解を解こうと呼び止めるが、兄は振り向きもしない。弟からの歩み寄りをあっさりと無下にした。
立ち去る兄の後ろ姿を見つめるアディードは、ショックのあまりに愕然としていた。
理央も二人を黙って見守っていたが、ここまで二人の溝が深いことに衝撃を受けていた。
エディルドのわだかまりは、理央の予想よりも遥かに酷かった。
安易にアディードに兄との和解を勧めてしまったと、理央は深く後悔せずにはいられなかった。
理央が見つめる中、アディードがおぼつかない足取りで歩き始める。
(理央ぽん、今がチャンスぽん!)
たぬ吉の言う通り、アディードが一人きりの今が昨日の出来事を伝えるチャンスだった。
けれども、傷心の彼になんて声を掛ければ良いのか、理央は分からなかった。
ただ、彼がこの庭園から去っていく姿を見送ることしかできなかった。
二人の兄弟の仲をどうしたら取り持てるのか。理央はとても責任を感じて、頭の中で一生懸命に考えていた。
翌日、理央のもとにとうとう二人の皇子たちが訪れる。
内密な話なので、客を応接室に案内する。
理央はオルビア姫ではなく、自分の格好をしていた。アディードはそれに気付いて理央本人がいることに驚いていたが、こちらが目配せしたお陰で、彼は黙ったまま席に着いた。
「話はアディードから聞きました。そちらもオルビア姫が私を選ぶことに了解していたんですね」
にこにこと笑顔を浮かべ、猫をかぶったエディルドが叔父に話しかけている。
足を組んで椅子に腰掛けて、かなりの余裕の態度だ。
「ええ。ですが、理央様はヤッサムの国賓です。私の一存で簡単にアムール国にはお渡しできません」
叔父は硬い表情で躊躇なく断言した。
叔父の毅然とした態度に理央は好感を持つ。エディルドから守ってくれる気持ちがとても伝わってくる。
「兄上、それは一体どういうことですか?」
何も知らないアディードは驚いた表情を浮かべている。
エディルドは弟に何も反応しなかった。まるで彼を無視するように。
彼はまっすぐに叔父の顔を見つめたまま、片方の眉を上げ、まるで揶揄するような表情を向ける。
「おや? まだ国賓ではないのでは? 事前に届いていたヤッサム国一行の一覧に理央という女の名前はありませんでした。恐らく、途中で拾われたのでしょう?」
理央だけではなく、ここにいたヤッサム国の者たちは、みな息を呑んだに違いない。
「急遽、出発前に増員したのです」
叔父が冷静に対応する。嘘をついてまで理央を庇う彼に感謝せずにいられなかった。
「へぇ、サルグリーアをですか? そもそも国賓なのになぜですか? それに、あなた方はオルビア姫を連れてきていない時点で我が国に負い目があることをお忘れなく。今すぐに公にしてよろしいのですか?」
「兄上!」
エディルドの隣に着席していたアディードが、鋭い声で兄の横暴さを制止しようとした。きっと、今のエディルドの発言で、彼の意図に気づいたのだろう。自分と同じように兄がオルビア姫たちの秘密を握り、交渉を迫っていたことに。
ところが、エディルドは「お前は黙っていろ」と言わんばかりに相手を睨みつけて黙らせた。
「我々にあなた方の失態を庇うだけの利益が欲しい。そう言っているんです」
叔父は眉間に皺を寄せて苦渋の表情を浮かべる。膝の上に置かれた手の指に力が込められて、ズボンに皺が寄っていた。
「申し訳ございません、理央様」
無念そうな声が叔父から漏れる。
「あなた様を守れませんでした」




