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転生したので厄介事はスルーしたい。~変身たぬきつき女子は、砂漠の皇子に愛される~  作者: 藤谷 要


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第23話 気づかれた秘密1

 理央はアディードを見送った直後、自分も家に戻るために踵を返した。

 彼と別れても、まだ一緒にいたときの胸の中のふわふわとした高揚感が残っている。

 楽しい時間はあっという間だ。思いのほか、長話になってしまったようで、陽がかなり傾いていた。目的地に向かう足は、自然と速くなる。


 まだ顔が火照ったように熱かった。

 理央は彼に抱きしめられて気付いてしまった。自分の恋心に。以前から彼に惹かれているとは感じていた。けれども、今回彼に抱きしめられて、はっきりと自覚してしまった。

 アディードも理央のことを好ましく感じているのだろうか。はっきりと彼から気持ちを告げられていないので、もしかして――とは思うが、まだ分からない。

 考えているだけでドキドキする。恥ずかしいことに、彼のたくましい胸の感触と温もりをもっと感じたいと願っていた。


 植木を避けて、庭を進んでいくと、建物が見え始める。そこで意外な人物に出会った。

 エディルドだ。夕暮れどきに、一人きりで立ち、こちらを見ていた。無表情だったので、不穏な気配を感じる。

 何故、こんなところに。

 エディルド皇子と、思わず名前を呼びそうになったが、今の自分はオルビア姫ではないことを思い出して口をつぐむ。


(ええと、こういうときは、どうすればいいんだろう)


 理央は分からなかったが、すれ違うときに皇子に頭を下げた後、彼を避けて通り過ぎようとした。


「待ってください」


 急に呼び止められて、理央は心臓が止まるかと思うほど驚いた。

 身分が高い皇子を相手に無視するわけにもいかず、渋々ながら足を止めた。


「……なんですか」


 俯いたまま答えると、エディルドがこちらにわざわざ向き直る。


「名前を教えてもらえますか」


 緊張がますます高まる。なぜ、彼は理央の存在を気にするのか。そういえば、今の自分はアムール人の格好をしていた。だから、ヤッサムの館へ向かうのは怪しかったのだろうか。

 自分の選択に後悔しながらも、何も答えないのは失礼になるので、重い口をやっと開いた。


「……理央と申します」


 どうせ付き添いの名前など知らないだろうと思い、理央は嘘をつかずに答えた。

 ところが、言った瞬間、相手は息を呑んだ。


「リオ!? そうか、お前がリオだったか」


 皇子の口調と声色が激変して、急に人が変わったようだった。

 相手の予想を上回る反応に理央はかなり警戒心を抱いた。

 なぜ、エディルドは、理央の名前を知っている口ぶりなのか。しかも、彼は理央から名を聞くまで、顔までは知らなかったようだ。

 一体、誰から理央の存在を聞いたのだろうか。アディードのように疑いを持たれて調べられたのだろうか。分からないため、どう反応して良いのか迷う。


「あの、急いで戻らなくてはならないため失礼します」


 一人では対応仕切れないと思い、恐ろしくなって叔父たちが待つ家へ早く戻ろうとした。きっと彼らなら、理央のことを上手く庇ってくれるだろうと。

 ところが、エディルドに腕を急に掴まれ、引っ張られた。

 理央があっと思ったときには、エディルドに顎を掴まれて、無理やり上を向かせられる。否応なしに彼と向き合う破目になる。

 こちらを見つめるエディルドは、いつもの柔和な笑顔ではなかった。厳しい双眸で理央を見据えている。彼の瞳は以前と同じなのに、雰囲気はまるで別人のようだ。


(何するぽん!)


 流石にたぬ吉も黙って見ていられなくなったらしい。掴まれていないほうの腕が勝手に動きそうになったとき、理央は慌てて制止する。


「ダメよ」

(でも、理央ぽんが!)


 たぬ吉が戸惑っているが、決して見過ごすことはできなかった。ここで手を出してしまったら、オルビア姫ではなく、理央が非礼を働いたことになる。立場上いないことになっているので、目立つことをしてはまずかった。


「やはり、お前はそんな格好をしているが、女ではないな」

「えっ?」


 理央は戸惑い、相手を見返した。鳶色の美しい目が嘲るように理央を見下ろしている。


「とぼけるつもりか?」


 理央が呆然としていると、顎から素早く手を離された。その手がどこへ行ったのかと思った直後、理央の下半身に向かっていた。


「えっ!?」


 何か相手にされると思い、とっさに身をひるがえして躱したが、少しだけ腰に触れられてしまった。

 一瞬、何が起きたのか分からなかった。でも、脳に刺激が到達したときにようやく事態を把握できた。


「きゃあ! 痴漢!」


 理央は気付けば、エディルドを振り払うように暴れていた。

 彼は殴られる前に後退り、こちらと距離を取っていた。


「何度も殴られないぞ」


 そういう彼は勝ち誇ったように嘲笑を浮かべている。今まで好意的な印象を抱いていた相手からのひどい仕打ちに、理央はかなり衝撃を受けていた。

 いきなり女性のプライベートなところを触ろうとするなんて。気持ち悪くて仕方がない。背筋が凍りついたように寒く、固まっていた。

 一方、エディルドは見下すような眼差しを理央に向けている。こんな強制わいせつをしたのに、ふてぶてしい態度だった。


「ふん、触れられてまずいものが、そこにぶら下がっているんだろう?」

「えっ?」


 エディルドがそうつぶやいたとき、たぬ吉が突然理央の体から飛び出してきた。

 理央の前にたぬ吉が四つん這いの格好で、エディルドに対して低く唸っている。地面から彼に激しく威嚇していた。そのとき、一瞬、エディルドの顔色が変わり、視線が理央から外されて下へ向けられる。彼は見ていた。たぬ吉のことを。


「たぬ吉、逃げるわよ!」


 たぬ吉は今にも相手に襲い掛かりそうな雰囲気だったが、これ以上相手に何かされないうちに逃げ出すことを選択した。捕まっていない今がチャンスだ。家まで全速力で向かう。


「要求に従え。さもなくば、弟にばらすぞ!」


 エディルドの声が理央の背中に投げつけられる。その言葉の意味が咄嗟に分からず、逃げながら後ろを向けば、彼も背中を向けて立ち去っている最中だった。


 一体、エディルドが何をばらすつもりなのか分からない。彼は何か勘違いしてるように感じた。そうでなければ、ここまで蔑まれる覚えがなかった。


 本日最後の日の光が、まさに沈もうとしている。より一層冷えた風が、理央の頬を撫でていき、ますます体を震えさせた。


 エディルドに会うまでは、幸せな気分だったのに。それまでの気持ちが、全部彼によって台無しにされてしまった。





 叔父たちが待つ館に逃げ込むように帰ると、理央の尋常ではない様子にかなり心配された。

 玄関から近い、広いリビングに連れて行かれて、ソファに座ることを勧められる。隣にイリアが座って、抱きしめるように肩に手を回される。伝わってくる温もりは、とても理央を安心させてくれる。


「さっき、屋敷の前でエディルド皇子に会ったの」


 震えながら、そう伝えると、叔父たちは息を呑んだ。


「実は、理央様が不在のときにエディルド皇子が訪れたのです」


 理央は叔父たちから改めて話を聞くことになった。


「え、エディルド皇子もオルビア姫が偽物だって気付いていたの!?」

「ええ。それで、皇子は内密理に姫を探す代わりに、結婚相手として自分を指名するように我々に迫ってきたのです」

「まあ、なんてことを……!」


 叔父の説明を聞いて、理央は絶句してしまう。

 エディルド皇子の弱みに付け込んだ要求を聞いて、ますます彼に対して嫌悪感が増えるばかりだ。


「それだけではありません。理央様の身柄をエディルド皇子は求めてきたのです!」

「ええ!? 私まで寄越せって言ってきたんですか!? 本当に酷いですね。さっき彼に会ったとき、私に酷いことをしてきたんですよ!」


 そう憤慨して理央は先ほどの出来事を彼らに説明した。


「いきなり下半身まで触ろうとして、本当に気持ち悪かったです!」

「まあ、そんな酷いことをする方だったなんて。私たちには優しく声を掛けてくれたから、すっかり騙されていましたわ」


 イリアや他の侍女たちも、険しい表情で何度も頷いている。


「愛想の良さに騙されていましたけど、考えてみれば、いきなり初対面で手を握ってきて、おかしいと思えば良かったですわ」

「そうそう、馴れ馴れしかったですよね」


 侍女たちは皇子の手のひら返しにかなり憤慨している。

 話を聞いていて初めて知ったが、どうやらエディルドは、ヤッサム国の侍女たちに親しげに話しかけていたようだ。


「それで、おじ様は、なんてお答えになったんですか?」


 理央が叔父に尋ねると、彼は表情を曇らせた。


「考えさせて欲しいと答えました。この件について、アディード皇子に相談したほうがいいと思ったのです」

「そうですよね。そのほうがいいと思います。今日アディード皇子に会ったときは、エディルド皇子とは何も話していないと言っていましたから、恐らく彼らは別々に行動しているのでしょう」


 アディード皇子に理央が疑われたのは、尻尾がきっかけだった。しかし、エディルド皇子には何故疑われたのだろうか。それが分からない。彼はどんな手段で、姫が偽物だと勘付いたのだろうか。


「あ、そういえば」


 理央は大事なことを思い出した。エディルドがたぬ吉を見ていたことだ。しかし、この場ですぐに発言することは憚られた。

 恐らく、自分が知った事実は、とても重要なことだ。だから、信頼のおける人にまず相談したほうがいいだろう。


「あの、おじ様、実は相談があるんですが」


 理央は真剣な面持ちで、彼のほうを向き直った。


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