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第21話 都市ハルディア2

 とある民家の前で、リントが立ち止まった。


「調べによると、この家の中らしいです」


 リントはアディードたちを振り向く。


「出入り口はここだけか?」

「はい」


 主人の問いにリントが頷く。


「じゃあ、聞いてみよう」


 アディードのその言葉をきっかけに扉がノックされる。


「はーい、どなたですか」


 扉の向こうから中年らしき女性の声が返ってくる。


「宮殿の者だ。尋ねたいことがあるのだが、開けてもらえないか」

「宮殿ですって!? は、はい!」


 慌てたような声と共に扉が勢いよく開いた。

 目の前には、想像通り中年の女性が立っていた。用事を伝えると、彼女に案内されて、住居を移動する。案内人があるドアを開けると、そこには一人の女性がいた。

 椅子に座った後ろ姿しか見えなかったが、確かに彼女の髪は黒くなかった。白っぽい髪だ。

 緊張が一瞬で高まった。

 理央たちの気配に気付いたのか、椅子に座っていた女性は慌てて振り返る。

 その彼女の瞳の色は、真っ赤だ。なにより、顔が全然別人だ。


「誰ですか……?」


 女性は少し怯えた目でこちらを見ていた。




 アルビノの女性に詫びを丁重にした後、理央たちは民家を後にした。


「色素のない方でしたね……」

「そうですね……」


 理央の言葉にリントが反応する。特に理央の落胆は激しかった。やっと重責が終わると思っていただけに。


「申し訳なかった。ご足労をかけてしまったのに」


 アディードが詫びてくるので、慌てて理央は手を振った。


「そんなことないです! 結果は残念でしたけど、きっと見つかりますよ! それに、こういう機会がないと、宮殿から出られなかったと思いますし」


 明るめに話すと、彼の表情がいつも通りに戻った気がする。


「それでは、ちょっと寄り道をして帰ろうか」

「寄り道ですか?」

「ええ、たぬ吉様が食べたいと言っていた出店によろう」

「本当ぽん!? お前、いい人ぽん!」


 アディードの肩の上にいたたぬ吉が、彼の頭に覆いかぶさるように抱き着いていた。

 その様子を見て、理央は思わず吹き出してしまった。


「どうされた?」


 アディードがたぬ吉を頭にぶら下げたまま尋ねてくるので、理央は余計に可笑しくて仕方がなかった。


「いえ、なんでもありません。ププ。たぬ吉があなたにとても感謝しているそうです」


 出店に着いた途端、たぬ吉が理央の中に入ってくる。理央と同化していないと、食べ物が味わえないからだ。途端に、理央のお尻に今までなかった存在が現れる。


(ひぃ!)


 この柔らかい感触が突然生えてくる瞬間に、まだ慣れない。そのうち慣れるのだろうかと心の中で苦悶していると、頼んだ商品が串に刺された状態で渡された。たぬ吉が頭の中で大喜びするので、体の違和感を気にしているどころではなくなった。




「美味しかったぽん~!」


 たぬ吉はご機嫌だ。色々と買い食いを要求した後、再びアディードの肩に戻って、眼下に広がる光景を楽しんでいるようだ。

 店主の呼び込みも賑やかで、日本ではあまり見かけないお茶売りまでいる。

 カップが素焼きなので、客は飲んだ後に地面に割って捨てている。耳に入った値段が、先ほど食べたものより高価でびっくりした。


「それにしても、すごい賑わいですね。アディさん、いつもこんなに人が多いんですか?」


 理央が尋ねると、アディードは嬉しそうにこちらを見た。


「いや、国王の誕生祭に合わせて人が集まるんだ。色んな地方の長が来るから、それと一緒に行商人も来る。こんなに大通りが人だかりなのも、この時期ならではだ」

「へ~。だから、こんなに街も飾られているんですね」


 通りには、色とりどりの緑や花が飾られている。色鮮やかなリボンや布でも装飾されているので、街全体でお祝いを盛り上げようとする気持ちがすごく伝わってくる。


「自然がいっぱいですね」


 きれいな花に見惚れながら言うと、アディードが困ったような顔をした。


「あれは、造りものなんだ」

「え、ほんとうに? 全然分からなかった」


 驚いて再度確認しても、遠目では生花とほとんど変わりのないように見える。


「水不足だから、あまり花が育たないんだ」

「でも、宮殿では、あんなに水があるのに」

「昔、サルグリーアのおかげで水が湧くようになったらしい。豊富な水は街中にも流れていたんだが、今は水量が少なく、宮殿内でも循環して再利用しているぐらいだ」

「そうだったんだ」


 歩きながら街を案内される。用水路だと説明されたところには、水は流れていなかった。石材を隙間なく積んで造られた貴重なインフラの設備なのに、底はほとんど砂で埋もれて見えない。生えた雑草すら枯れている。

 水は生命線だ。枯渇すれば、人は生きてはいけない。理央は宮殿を出て、初めてアムールが抱える深刻な問題を知った。


「以前は目撃されることもあった、美しく光るオーブ(精霊玉)も、滅多に見かけなくなった。精霊の影響が弱まっているのかもしれないと言う者がいて、私もそれに同感だ。精霊を皆が祀らなくなり、土地自体の加護が弱まったのかもしれない」

「だから、サルグリーアのオルビア姫が必要なんですね」

「ああ」


 サルグリーアが皇太子妃になれば、保護もしやすくなるだろう。

 理央はこの国に来てから、彼の話すオーブなんて見たことがない。


「私は昔のようにアムールを緑豊かな国にしたいんだ」


 アディードの呟きを理央は拾い、彼を仰ぎ見る。

 こちらの視線に気付いて、彼は少し照れくさそうに笑う。


「だから、私はいずれ宮殿から出るつもりだ」


 理央はその少ない言葉からアディードの気持ちを察した。彼は外に出て、国中で起きているサルグリーアの問題を解決するつもりなのだ。

 彼の立派な大志に触れて、理央は彼を尊敬の念で見つめる。彼は広い視野で物事を捉え、自分の国をより良くしようと努めている。だからこそ、兄に王位を任そうと、彼は決意した。


 理央は雷に打たれたみたいに衝撃を受けた。

 アディードは理央よりも年は少し下だが、自分とのこの違いはなんだろう。

 理央はただ駆け落ち騒動に巻き込まれて、身代わりを務めているだけだ。けれども、この仕事が終わったら、理央は自分の将来を考えなくてはならない。


 精霊のたぬ吉がいて、万能翻訳もあるのに、この世界に転生して、何かしようと考えたことがなかった。

 それどころか、厄介事からスルーしようと考えていた。


 身代わりの仕事が終わればヤッサム国で保護してもらえるみたいだが、本当にそんな安易な道を選んで良かったのだろうか。後悔しないだろうか。


 目の前にこんなに問題を抱えている人々がいる。それなのに見過ごしていいのだろうか。


「あら?」


 考え事をしていたら、また黒い大きな毛玉みたいなものを目撃した。地面にごろごろと転がっている。

 気になって注意して観察していると、その黒い玉を誰も避けようとしていない。


(もしかして、見えていない?)


 理央はアディードに尋ねようと思い、彼を振り返る。その直後、理央はびっくり仰天する破目になった。

 たぬ吉の長い尻尾がアディードの顔の前に垂れ下がっていたからである。どうやら、彼の頭の上に座って後ろを向いていたようである。


「やだ、たぬ吉ったら! アディさんから降りなさい!」

「どうしたぽん?」


 慌ててアディードの背後に回って、たぬ吉に自分の腕の中に降りてもらう。そのまま体の中に入ってもらった。


「リオ、どうしたのだ?」


 何も気づいていないアディードが、理央を不思議そうに見つめている。

 たぬ吉がアディードの体で好き勝手していたとは言えず、「いえ、たぬ吉が困っていたので助けたのです」と誤魔化した。

 そんなことをしているうちに黒い玉を見失っていた。アディードに聞きそびれてしまい、そのまま宮殿に帰ることになった。

 だから理央は気づかなかった。喧騒に紛れて消えた黒い玉が、何かをずっと呟いていたことに。




 ハインリヒ公爵がいる屋敷にエディルド皇子が先触れもなく訪れたのは、理央たちが街へ出かけている最中のことだった。

 先方の非礼に対して、思うところがあったが、将来姫の伴侶となる相手だ。ハインリヒ本人がエディルドに会いに玄関まで向かった。


「申し訳ございません、姫は頭が痛いと体調不良で現在休んでおりまして」


 お引き取り願おうとした矢先、エディルドは愛想の良い笑顔を浮かべて口を開いた。


「それでは、リオ様はいらっしゃいますか?」

「えっ……」


 相手の耳から入った情報がハインリヒの頭に入ると、驚愕がじわじわと襲ってくる。


「リオ様……?」


 そう呟くと、皇子は勝ち誇ったようにほくそ笑んだ。その表情を見て、ハインリヒは背筋がぞっとするような悪寒を感じた。

 アディード皇子のみならず、もう一方の皇子にまで正体を知られてしまうとは。ハインリヒの寿命がかなり縮んだ気がした。

 恐らく、理央本人がアディード皇子に切り出されたときも同じ心境だったに違いない。

 エディルド皇子の目的は何か。今度は自分が頑張る番だと、気を引き締めて、皇子と会うことを決めた。


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