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第2話 たぬきを助けて異世界へ2

 理央が発注書のミスをやっと直して職場を出た時は、辺りはすっかり暗くなっていた。


(仕事、辞めようかな……)


 仕事を指導してくれる先輩に嫌われたらしい。しなくてもいい失敗をして後始末することが度々あった。

 先輩に間違いを指摘され「教えたはずでしょ」と注意されても実際は聞いていなかったり。

 あらかじめ教えて貰わないと仕事に差し障りのある話を期限直前になって言ってきたり。

 失敗したらしたで、「そんなことを間違えるなんて」と冷たく非難されたり。

 色々と重なって顔を合わすのも嫌になっていた。


 きっかけは、理央が先輩の勘違いを指摘したことだった。

 ある日、その先輩がミスをした別の同僚を叱責していた。彼女の文句を聞いていると、書類の不備に気づかないまま決済を通したミスのようだった。影響の大きいミスでもないのに、とてもきつい口調で、怒られている同僚が見るからに可哀想だった。

 ミスした女性は素直に謝罪していた。ところが、理央は用があって近くを通りがかった際、ふと書類を見て気づいたのだ。

 決済を通したのが、怒られている人ではないことに。


「あの、それを決済したのは、別の人ですよね?」


 気付いたら、理央は思わず口に出していた。


「え?」


 その指摘に戸惑った先輩たちが書類を確認したところ、確かに理央の言う通り名前が違っていた。

 怒られていた同僚は、途端に苦笑する。一方で、先輩は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 理央は先輩が勘違いを謝れば済むことだと思っていた。ところが、彼女は理央と同僚を憎らしげに睨むと、「次は気をつけなさいよね」と見当外れのことを言って去っていったのだ。

 それからだった。何かと目の敵にされて意地悪をされるようになったのは。


 理央が助けた同僚は寿退社していなくなってしまい、他の同僚たちはあの意地悪な先輩が怖いのか表立って庇ってもくれない。影で、理央に同情してくれるだけ。元々、あの先輩は勤続年数が長く、職場の人間にも顔が利いていた。

 間違ったことをしたつもりはないのに、なぜ自分がこんな目に遭うのか納得できなかった。だんだんと職場に行くのが憂鬱になり、被害に遭っているのは自分なのに、自分が悪いような気すらしていた。

 上司に訴えようにも、決定的な証拠がなく、理央の気のせいだと一蹴されてしまうことばかり。

 もう少し自分の要領が良かったら、こんな目には遭っていなかったのだろうか。適当に仲良く付き合い、敵を作らず、上手く立ち回れば……。


 最寄り駅から社宅のアパートに向かっている最中、路上にたぬきの親子を目撃した。側溝から母たぬきがひょっこりと顔を出したと思ったら、路上に向かって歩き出したのだ。その後に子たぬきが二匹出てきた。

 必死に親の後を追いかける可愛らしい様子に理央は少しだけ憂鬱な気分を忘れることができた。


 ところが、もう一匹子たぬきがいることに気付いた。側溝から上手く出てこられず、みんなから遅れをとっていた。一生懸命に這い登ろうとしても、力を入れるタイミングが合わないみたいで、何度も失敗していた。見ているこちらまで、置いていかれてしまうと心配してしまうほどだった。鈍臭い様子を見て、思わず理央は子たぬきに自分の姿を重ね合わせていた。


(そっか、お前も大変なんだね)


 不器用で、上手く立ち回れない不甲斐なさを、たぬきを通して深く感じてしまった。

 一生懸命にもがき、それでも諦めずにたぬきが側溝から出てこれたとき、思わず理央も我が事のように喜んだ。

 その直後だ。その子たぬきがみんなに追いつこうと駆け出したタイミングで、一台の車がそれを遮るように近づいて来たのだ。


「危ない!」


 理央は叫ぶのと同時に勝手に体が動いていた。

 眩しいヘッドライトが理央とたぬきを激しく照らす。

 気付いたら、真っ白な世界に立っていた。


「ここはどこ?」


 その理央の声に反応するように、

「どこでもない」

 謎の老人のような声が響いた。


「あの、あなたは誰ですか?」

「神と呼ばれるものだ」

「神さま……!?」

「死ぬのは、あのオスの子たぬきだけのはずだった。お主は死ぬはずではなかった」

「そ、そんな……!」


 理央はその説明で自分が死んだことを理解した。それから、助けようとしたたぬきまで死んでしまったことも。まだ小さかったのに、死んでしまうなんて。

 自分の身を危険に晒してまで助けようとしたのに駄目だった。結局、死に損だった。なんてドジなんだろう。上手くいかないことが続いて自分がとことん嫌になる。

 きっと家族も悲しんでいるのに違いない。


「お母さん、お父さん……」

「ああ、そういえば、お主の親なら、お前らしい最期だったと死を受け入れておったぞ」

「え? 私らしいって?」

「捨てられていた動物を見捨てられず、飼い主を見つけていたではないか。それに困っている人もよく助けたりしておったからの。そういうお主のことを両親はよく理解しておった」

「ううう……」


 聞きながら涙が流れ落ちてくる。この両親のもとに生まれてこれて本当に幸せだった。そう思わずにはいられなかった。


「だから、ずいぶん徳が貯まっておるのだ。サービスができるぞ」

「え?」


 神様が別の話を始めたので、理央は泣いている場合ではなくなっていた。


「あの、サービスって、なんですか……?」

「良い条件で新しい人生を始められる」

「え、新しい人生? もう生まれ変わるんですか?」

「そうだ。新たに生を受けて別の人生を始める」

「そんな。私はこのまま終わりたくないです」


 会社での出来事が頭をかすめる。親切心から行った行為であんなに人に恨まれたのは初めてだった。理由も分からないままでは、同じことを繰り返しそうで恐ろしかった。こんな後味の悪い状況のままでは、新しい人生に晴れ晴れしい気持ちで旅立てそうになかった。


「そうか。お主には未練があるのだな。じゃあ、その姿のままで、別の世界に行ってもらうのはどうだ?」


 その神様の提案にも、素直に頷けなかった。


「それだって、住むところもお金もなければ言葉も違いますよね? そんなところにいきなり放り込まれるなんて、私怖いです。そもそも生き返れないんですか?」

「生き返るのは無理だ」


 その回答に理央はかなりの衝撃を受ける。はっきりと言い切られ、望みが絶たれたからだ。


「困ったの。ふむ、それなら、こうしようではないか」


 突然、目の前に子たぬきが現れた。理央を見上げながら、つぶらな瞳を向けている。理央には動物の見分けはつかないが、直感的に自分が助けようとしたたぬきだと感じた。出会って間もないのに、既にこちらに対して懐いているような気配を感じていた。


「事情を話したら、お主に恩返しがしたいと言っての。殊勝な心掛けに免じて、お主の同行を許した。励めよ」


 たぬきが可愛らしくクルンと回転して身を翻す。大きな尻尾がふさふさと揺れて、その愛らしい仕草に思わず胸がキュンとする。

 それからたぬきは、しゃきっと二本足で立ち上がると、前足で自分の胸を鼓舞するように叩いた。そのとき、たぬきの体がキラキラと光った気がした。


「可愛い!」


 このオスの子たぬきと一緒に過ごすのも悪くない。

 でも、今度は余計なお世話をして、嫌われたり死んだりしないようにしようと強く思った。


(だって、きっとこんな風に神様に助けられるチャンスは、二度とないでしょ!?)


 気になることがあっても、首を突っ込まない。

 スルーだ。スルースキルを鍛えるのだ。


「これで、言葉には不自由せんぞ」

「がんばるぽん!」

「たぬきがしゃべった!?」


 理央が驚いている最中、突然足元から発生した光の渦に包まれる。


「ではな」


 神様の短い別れの言葉を耳にした直後、急に暗転した。


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