第19話 黒き想い
オアシスの都市バルム。その一角にある食堂。客を迎える扉は古びている。労働階級の平民たちが、昼休みや帰り際に寄る、庶民的な店だ。今は来客が疎らな夜の時間。店の隅では、三人の男たちがテーブルで顔をつき合わせている。一日が終わり、疲れを見せた表情を浮かべている。黒い髪と日に焼けた肌は、汗と皮脂で汚れていた。
それまで若い男が世間話をしていたが、
「聞いた話によると、ネグロガの姫がハルディアの宮殿にいるらしいな」
その物騒な話題を振った途端、同じテーブルにいた中年男たちの顔色が変わる。
「若様、本当ですか! なんと忌々しいことを」
「アムール族も何を考えているのだ。我々に喧嘩を売るつもりか。先の戦で何をしたのか、忘れたとは言わせないぞ」
細身と太めの対照的な体格の男たちが、それぞれ文句を口にする。
恨みを込めた目つきで、遠くにいるであろう怨敵を睨みつける。
同胞を何人もネグロガの餌食になったことを先祖から男たちは聞かされていた。
男たちの肌は、苦労で深く刻まれている。
戦で負けた彼らは、限られた領地で暮らす破目になったが、資源と環境は乏しく、貨幣を多く得るためには外に働きに行くしか手はなかった。故郷を離れて戻らない若者が続出して、寂れていくばかりだ。
それを憂いて、アバネールの族長に苦言した者がいた。この若者アムドだった。彼は族長の息子で、故郷の衰退に危機を感じていたが、年老いた父は弱腰だった。強固な地位を既に確立しているアムールの族長に今更敵うわけもないと。
この若様と呼ばれたアムドは、アムールの誕生祭に向かうべく、同郷の者たちに会いながら旅を続けていた。
今日はバルムにいる同郷の二人と久々に顔を合わせている最中だ。
話題を提供したアムドは、さらに口を開く。
「宮殿にいる姫はヤッサムから来たそうだが、そいつら道中でカナベに滞在していたときに、なぜか突然、小さいネグロガが街で発生して暴れたそうだ」
アムドは、さらに続けて言う。
「街の者たちで、無事になんとか退治して、被害は最小限に抑えたそうだが、姫が来るまで今までそんなことはなかったそうだ」
アムドの話を聞いている男たちは、震えあがっていた。
その姫がやって来たせいで起きたことだと、二人は信じざるをえなかった。
「さらに、これは極秘でまだ表沙汰になっていない情報だが、カベナにいる同族の奴らが、そのネグロガの姫の襲撃を企んだらしい」
それを聞いて男たちが顔色を変える。
「そ、そんなことがあったとは! ですが、ネグロガが宮殿にいると言うことは、失敗したと言うことですか」
「恐らく。だが、同志の決意を無駄にしたくないと思う。それに知っているか。最近、この辺りで人探しをしているアムール人たちがいるらしい。そいつらは白い肌で、銀髪の若い男女を探していたようだ。その前には、他の街でヤッサム人が白い肌で銀髪の若い男女を探していたと聞いたことがある。何やら訳ありだな」
「あ、そういえば、ヤッサム国のネグロガの姫も、同じような特徴だと噂で聞いた覚えが……」
「でも若様、どうしてわざわざ、その男女を探しているんで?」
アムドはその質問に嬉しそうにほくそ笑む。
「あくまで仮定だが、そうまでして両国が探すほど重要な人物に違いない。それに、先ほどヤッサム国のネグロガの姫と同じ特徴だと聞くと、導き出される答えは一つではないか?」
「まさか……」
中年の男たちは、息を呑んだ。
それを見て、アムドは満足そうに微笑んだ。
「どうやら我々にも好機が来たようだ。先にその男女を見つけて捕らえれば、アムールに一矢報いることができるかもしれない」
アムドの提案に男たちは、驚いて大きく目を見開く。様子を窺うように互いに見つめ合うと、顔つきを改めて真剣な顔つきで頷いた。その途端、彼らの口角が上がり、覚悟を決めた凄みのある笑みまで浮かぶ。
「面白そうじゃないですか、若様。我々もいっちょ乗りますぜ」
三人は顔を付き合わせて、今後の動きについて話し出した。




