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転生したので厄介事はスルーしたい。~変身たぬきつき女子は、砂漠の皇子に愛される~  作者: 藤谷 要


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第14話 皇妃のお誘い2

 それから場所は皇妃の住まいに戻った。アディードも一緒だ。


「そこに座ってちょうだい」


 先に座った皇妃は、たおやかに手を動かし、向かいのソファを示した。その所作はまるで優雅に舞うような仕草で、育ちが一般庶民とは明らかに違うことを感じる。

 一方、アディードは勝手に空いているソファに座り込んでいる。


「失礼します」


 理央が緊張しながら座ると、柔らかい動物皮のソファに包まれる感覚がした。いまだに慣れないしっぽの感触も伝わってくる。


 本日、理央に同伴している侍女イリアは後ろで控えている。今回、皇妃に呼ばれたため、彼女の住まいには男の叔父は同伴できないと、彼女がお供につけられたのだ。理央が何か困ったとき、彼女がフォローしてくれるらしい。

 皇妃の御殿は、すごく贅沢な造りの建物だ。アーチ状に天井へと高く伸びていく柱は、煌びやかな色をしたタイルによって装飾されている。壁はないため解放感溢れ、緑で賑やかな庭から爽やかな風が流れてくる。広い床には涼しげな白い大理石が敷かれ、高級そうな家具や調度品がいくつも置かれている。


 先ほどまでは、訓練の見学だったので、特に気を遣わなかったが、お茶会は別だ。こちらの情報を引き出そうと、どんな質問が飛んでくるのか。攻略難易度が一気に上がった問題を理央は果たして無事にこなせるのか。昨晩はそのせいで、あまり寝つきが良くなかった。なにしろ皇妃はライバルのエディルド皇子に対して平気で嫌味を言っていたので、目的のためには手段は選ばないタイプに見えた。

 理央が見守る中、皇妃のお付きの女性たちによって、お茶とお菓子を給仕される。

 クッキーみたいな焼き菓子が、色んな種類用意されている。


(うわ〜、おいしそうぽん!)


 食べ物を見た瞬間、たぬ吉が嬉しそうな声を上げる。

 皇妃がお茶の産地や種類について熱く語ってくれるが、理央は聞き慣れない名前ばかりで、無難に相槌をうつことくらいしか反応できない。

 本物の姫だったら、もっと良い返事をできると思うのだが。ここでもお茶は熱かった。アムールは暖かい地域なので、たまには冷たいものを飲みたいと思うが、恐らく文化レベルから推測すると氷の製造は無理だろう。

 一部は不便なところはあるが、アムールは生活水準はそんなに低くはなかった。

 トイレは日本の和式便所みたいなものがあり、きちんと糞尿を管理しているようだ。

 入浴は蒸し風呂が一般的で、市井にも公衆浴場もあると聞いた。


「先ほどのアディード殿はどうだったかしら?」


 皇妃に尋ねられて、理央は深く頷く。


「ええ、とても強くて驚きました」


 それを聞いて皇妃は満足そうに口角を上げて微笑む。

 一方、話題の当人であるアディードは、置かれたお菓子を熱心にぼりぼり食べていたが、理央の言葉を聞いた瞬間に手を止めて、ちらりとこちらを窺うように視線を向ける。

 彼とちょうど目が合ったので理央が微笑むと、アディードは途端に挙動不審になり、視線があちこちに泳ぎ始めた。そして、落ち着きのないまま、カップに手を伸ばすと、一気に熱いお茶を飲んでむせていた。


「だ、大丈夫ですか」


 高温のお湯は危険だ。理央は思わず心配して声を掛ける。


「まあ、はしたない」


 皇妃がテーブルにあった布巾を彼に手渡して、母親らしく甲斐甲斐しく世話をする。


「も、申し訳ない」


 二人の前で大失態したアディードは、目に見えてシュンと落ち込んだ様子だ。大きい体が縮んだ気がした。きっと彼はあまり親しくない理央がいるせいで、必要以上に緊張してしまっているのかもしれない。


 エディルドや母である皇妃には、普通に話しているので、新参者の理央が彼と普通に会話できるのは当分先だろう。けれども、理央は特に気にしなかった。職場の先輩みたいに悪意をぶつけられるのは絶対ご免だが、相手がいくらドジをしようが恐らく人見知りか口下手だと察しているので、目くじらを立てるつもりは全くなかった。

 理央自身も、いつも上手く人と接していたわけではない。先輩に嫌われた過去があり、どこかに自信がなかった。あのとき、どうすれば良かったんだろうと、何度も考えたこともあった。


「みっともないところをお見せしてごめんなさいね。いつもはもっとしっかりしているんだけど、綺麗な姫がいるから柄にもなく緊張しているんだわ」


 皇妃が場を和ますように声を掛けてくる。


「まあ、綺麗だなんて、照れますわ」


 理央も明るめの口調で皇妃に倣った。

 アディードは無言のまま、布巾で濡れた箇所を拭いている。


「あの、アディード皇子。前回の食事会のときに、助けてくださり、ありがとうございました。おかげで足の調子はだいぶ良くなりました。お礼が遅くなって申し訳ないです」


 理央がそう頭を下げて改めて礼を言うと、

「あ、ああ。治って本当に良かった」

 彼は手を止めて理央を見る。目が合った瞬間、少し照れくさそうに笑ってくれた。いつもは恐そうな雰囲気なのに、一瞬見せた彼の優しそうな表情が新鮮で、まるで彼の内面に少し触れた、そんな不思議な感覚がした。


「そういえば、ここ最近は、エディルド殿とお会いしているとお聞きしましたわ。オルビア姫は、ああいう女性なら誰にでも優しい男性が好みなのかしら?」


(うわああ、とうとう来たわ!)


 皇妃の優しそうな口調とは裏腹に毒の混じった質問を聞いた途端、背中に冷汗が流れた気がした。


「エディルド皇子は親しみやすい方だと感じております。もちろん、アディード皇子も困ったときに助けて頂いたことがあり、優しくて頼もしい方だと思っております」


 理央はあらかじめ用意しておいた台詞を話した。両方持ち上げておけば、とりあえず角が立たないだろう。

 皇妃の表情は口角が上がったまま、あまり変化がないように感じる。とりあえず、相手の気分を害さなかったので、難関はクリアしたようだ。


「そうなの。わたくし、てっきり誤解しておりましたわ。それなら、これからはアディード殿とも時間を作ってくださると嬉しいわ」

「ええ、アディード皇子ともご一緒できるのは、私としても嬉しいです」


 恐らく、皇妃はエディルド皇子とだけ仲良くするなと言いたいのだ。まだ二回しか会っていないのに反応の速さに感心するばかりだ。

 早く帰りたいと、気を遣うばかりのお茶会に理央は早々に根を上げていた。


「じゃあ、さっそく、明日もアディード殿に会ってくれるかしら?」

「え?」


 驚いた声を上げたのは、理央ではなくアディード皇子だ。当人が戸惑っている様子を見ると、皇妃は彼に話を通さずに決めようとしているらしい。


「あの、母上、そのようなことを勝手に決められては困る」

「だって、あなたったら、ずっと兵舎にいるじゃない」


 それにアディードは無表情のまま何も答えなかった。

 その後も彼は黙って、お菓子に手を伸ばし続ける。


(いいなぁ~。ぼくも食べたいぽん……)


 たぬ吉に我慢ばかりさせては可哀想なので、彼のために理央はお菓子を一つ取って、食べ始めた。


(お、おいしいぽ~ん! 口の中に入ったしゅんかん、お菓子がほろほろと解けてなくなるぽん!)


 たぬ吉はお菓子に感動して、いつもよりも饒舌な気がする。

 確かに、アーモンドみたいなナッツの味が、ふわっと口の中で広がって美味しかった。

 最初は優しく見守っていた皇妃だったが、あまりにもアディードが話しかけないので、だんだんと息子に対する眼差しに険が含まれるようになっていく。

 危険な雰囲気を感じた理央は、気を利かせて口を開いた。そのとき、お菓子が口の中に勝手に放り込まれてきた。気付いたら、勝手にお菓子をとって食べていた。


(おいしいぽ~ん。やみつきになるぽん。もぐもぐ)


 たぬ吉の仕業だった。先ほど食べたお菓子を気に入ったようで、また次を取ろうとしている。

 気付いたら、お茶会は静かなものになっていた。いや、アディードと理央がぼりぼり齧る微かな音だけが聞こえる。


(た、たぬ吉をそろそろ止めないと……!)


 皇妃の表情はいつの間にか硬くなっている。完全に機嫌を損ねてしまったようだ。

 何か言わなくてはと思うが、たぬ吉は手を止める様子はなく、焦るばかりで何も言葉が出てこない。

 こんなとき、エディルドのように、少しでも話題の巧みさがあれば。

 エディルドが一緒にいたときは、絶えず楽しそうに誰かが話していたものだった。彼の人付き合いの素質の高さが、いかにずば抜けているかが分かる。

 皇妃の眉間に皺が深く刻まれる。ますます危機感が強くなる。そのとき、目の前で皇妃はいきなり噴き出して笑い出した。とても堪らないといった風に。


「おほほ、なんてお似合いなんでしょう。二人とも、食いしん坊なのね」


 皇妃の反応にびっくりして、お菓子を食べていた理央たちはピタリとその手を止めた。


「アディード殿下ならともかく、私の前でオルビア姫が美味しそうにお菓子を食べる姿は、とてもありのままでしたわ。出会ったばかりなのに、もう気を許してくれたと思うと嬉しかったわ」


 そう語る皇妃の眼差しはとても優しくて、母性の慈しみに溢れていた。


「いえ、とても美味しくて食べすぎてしまいました」

「おほほ、いいのよ。気に入ってくれて良かったわ」


 皇妃は恐い人だと思っていたが、意外な優しい面を見かけて、それまでの印象が随分変わった気がした。

 皇妃が姿勢を急に正して、背筋をまっすぐにする。


「実は、改めて姫にお願いがあるのよ」


 皇妃が深刻そうな表情を浮かべて、理央を強く見つめながら話しかけてきた。


「なんでございましょうか」


 理央の手に余ることだったらどうしようと心配しながらも、相手の言葉を待った。


「オルビア姫もご存じの通り、姫が選んだ皇子と結婚する約束になっていますが、どうか我が息子アディードを選んでほしいのです」


 その言葉を理央が聞いたとき、胸を鋭い刃物で刺されたような危機を感じた。

 指先が思わず震えるのを止められなかった。


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