第13話 皇妃のお誘い1
翌日、理央の目の前では、アムールの兵士たちが武器を持って鍛錬をしている。
お茶会に誘われたので皇妃の御殿に理央と侍女が着いたとき、いきなり馬車に乗せられ、この練兵場に連れて行かれたのだ。
今回もできれば皇妃からの誘いを断りたかった。しかし、蒸し風呂に誘われたときに一度断っていたので、今度も拒否するのは角が立ちそうだと渋々了承したのだが、予想外の皇妃の行動に理央は侍女と顔を見合わせていた。
「皇妃様、どうされたのですか? このようなむさくるしいところへ」
その場にいた上官たちは、いきなり来た皇妃たちに、戸惑いの色を隠していない。普段、身分ある人が、訪れる場所ではないのだろう。
ここは、練兵場の広い敷地の一部の、屋根のある広い屋内の施設だ。体育館みたいに飾り映えのない木造の素っ気無い造りで、明らかに見栄えの良いところではない。
「アディード殿はいるのでしょう? あの子の様子をオルビア姫にも観ていただきたくて」
そう説明する皇妃はいたずらに目を輝かせている。とても楽しそうだ。
彼女はバラのように真っ赤でスリムな長衣を着て、その場にいるだけで華やかで美しい。今日も多くの宝石で胸元が飾られている。頭にベールらしき大きな黒い布をかぶっていた。
呼ばれたのか、すぐにやって来たアディードの顔は、皇妃を発見するなり、すごく困ったように顔を顰めた。
「母上、なぜここに?」
「まあ、そのように邪険にするなんて。今日はオルビア姫も来ているのよ」
「え?」
言われて初めて気づいたのか、アディードは皇妃の後ろにいた理央を見て、驚いたように目を見開いた。理央は彼に会釈して「お邪魔しております」と挨拶する。すると、彼は慌てた様子で「いや、こちらこそ」と、ヘンテコな返事をしてきて面白かった。
彼の格好は以前の長衣とは異なり、袖のないタンクトップみたいな無地の白服と、工事現場で見かけるような裾に向かって膨らんだ白いズボンをはいている。ここにいる兵士たちと同じような格好だ。
「あの、ところで、オルビア姫まで、なぜここに……」
理央と会って、嬉しいというより、戸惑いが大きいように見えた。もしかして、来てはまずかったのでは。その可能性に気付いて、皇妃に誘われたからと言って、彼のプライベートな場所に踏み込んでしまった気まずさを感じた。
「あの、もしかして、ご迷惑だったでしょうか」
理央が恐るおそる尋ねると、皇妃が驚いたように反応した。
「あら、そんなことはないわよ。アディード殿は照れているのよ。ねぇ?」
皇妃の話を聞いて、理央はその言葉を確かめるように皇子を見上げる。彼は理央と目が合うと、恥ずかしそうに目を伏せる。長いまつ毛と彫りの深い鼻筋によって、彫刻のような美しい陰影が頬にできる。
「申し訳ない。母上の言う通りだ」
嫌がられてないことが分かり、途端に先ほどの暗かった気持ちが吹き飛んだ。
思えば、親に人前で構われたくないものだ。彼の気持ちを察して、ちょっとだけ相手に同情した。
それから理央たちは、アディードの普段の訓練の様子を見学することになった。
「今日は皇妃陛下もお越しである。皆の者、いつも以上に気を抜かないように。なお、アディード殿下に一本入れた者には、褒美をとらすとお言葉を賜っている」
その上官の言葉に整列していた兵士たちから歓声が上がる。
(え、そこまで言って大丈夫なの?)
アディードは大柄で丈夫そうだが、彼の強さを理央は全く知らなかったので、彼がうっかり負けてオルビア姫の前で恥をかくのではないかと心配する破目になった。
兵士たちは木造の剣を持ち、一対一で対決している。
「勝ち抜き戦らしいわよ? 以前、アディード殿から聞いたことがあるの」
皇妃がわざわざ解説してくれる。とても楽しそうだ。
なかなか白熱した打ち合いが行われ、続々と決着をつけていく。そんな中、アディードも兵士たちに交じって参戦し始めた。
彼は他の者たちと全然雰囲気が違っていた。剣が体の一部のように動き、あっという間に相手の剣を払いのけ、剣先を目の前に突きつける。瞬殺だ。
対戦相手が変わるが、その勢いは止まらない。まるで武神のように一撃必殺で圧勝だ。
他の人の動きが緩やかに見えるほどだ。
次々と相手を打ち負かして、勝ち残ったのは、アディードになった。
「すごい!」
理央は思わず感嘆の声を漏らしていた。
「そうでしょう?」
隣にいた皇妃はご満悦な顔をしている。
「ほんと、体は動くのよね」
そうぼそりと呟いて彼女はため息をついた。理央はそれに危うく同意しそうになったが、寸でのところで止めた。多分、皇妃は「口は動かない」と続きを言いたかったに違いない。だが、皇妃の前で彼のことを悪く言うのは恐れ多くて、あえて聞かなかったふりをした。
兵士たちの様子を見守っていると、今度は剣を持ったままアディードを囲みだした。すると、いきなり彼のことを背後から襲いだす。
どうやら優勝者を集団で叩く流れになっているようだ。
次から次へと攻撃されるが、アディードは剣だけではなく、足を使ったキックや、対戦相手を盾にして、目まぐるしく応戦している。
まだ彼に一撃を入れている者は現れていない。まるで後ろに目があるかのような的確で流れるような動きと、相手の隙をついた連携攻撃に誰も太刀打ちできない。
あっという間に勝敗がつき、涼しそうな顔をしたアディードただ一人が、最後に立っていた。
彼の戦いの才能の凄さに言葉を失うほどだった。理央の脳裏に彼の姿が焼きつき、興奮がいつまでも治まらなかった。




