第1話 たぬきを助けて異世界へ1
理央の心臓は、先ほどからリズムを刻む打楽器のように激しく鼓動している。
案内されてやってきたのは、宮殿の一角。植物園のような場所だ。
皇子たちとここで対面する。
ドレスに身を包んだ自分の姿を理央は見下ろす。お姫様そのものだ。
今の理央は、美しい銀色の長い髪、滑らかな白い肌。本来の黒髪黒目の日本人とは大違いだ。この世界に突然来るまで、ごく普通の新入社員として働いていた。
(だいじょうぶぽん! しっぽはスカートの中に上手くかくれているぽん!)
たぬきのたぬ吉の、のんきな声が理央の頭の中に元気に響く。
優しい心遣いに思いがけず癒されて、口元に笑みが浮かんだ。
勧められるままに付添人とともに石造りの腰掛けに座って待つ。お尻にいまだに慣れない違和感があった。
思わず顔が引きつりそうになったとき、遠くで人の気配を感じた。
そちらに視線を向けると、ひと際目を惹く存在が現れていた。
誰に尋ねなくても分かった。予定通り二人の皇子が来た。
付添人に促されて理央は立ち上り、これから挨拶を交わすことになる。
だが、理央の隣にいる付添人にはこう言われている。
極力話さないで欲しい。とりあえず、今回は姫の代わりに他国の皇子たちと顔を合わせればいいのだと。
だから、指示通りに淡々と挨拶をこなしていたはずだった。この美貌の第二皇子の出番になるまでは。
「初めまして」
理央は先ほどの第一皇子と同じように挨拶する。
次に相手も名乗れば、無事に終わる。そう思っていたら、
「は、初めm」
いきなり相手の男性が台詞を噛んだ。驚いて視線を向ければ、男は「やっちまった」みたいな苦い表情をしている。
咄嗟に理央も何かフォローしたほうがいいと思うが、自分も緊張していたため、すぐに気の利いた言葉が出てこなかった。
(ど、どうすればいいの――!?)
理央は心の中で慌てるが、こんなトラブルは序章に過ぎなかった。
なぜ、こんな風に理央が姫の身代わり生活をすることになったのか。それは少し込み入った事情があったからだった。