名前
その瞳に見つめられると心臓が高鳴るのはなぜだろう。
「…翔渓です。韋翔渓。」
意を決したように彼は名前を告げる。
「い、しょうけい。」
私が名前を呟くと彼はぱっと照れ臭そうにして私に詰め寄る。
「はっはい!!!翔渓です。えっと、此度24になります!!!」
「あっあの近い…」
「すみません!!!」
ずっしゃあと音がするほどに後ろに下がる。きいていないことまでこたえるしすごいなんだか元気だな…悪い人ではなさそうだ。それに盗人だったとしたら馬鹿正直に本当の名前を告げたりはしないだろうし、彼の顔を見ても嘘をついているようなそぶりは見られない。たまたま見つからず迷い込んだ運のいい平民だろうか。
「あっと、韋殿?はどうしてここにおられるのですか?」
「えっえっと……実は道に迷ってしまって」
「はい?」
「道に迷ってしまって」
「道???」
ここは公園などではなく貴族の屋敷なのだが、これまた嘘を言っている様子は見られない。
「そうなんですよ!!!昔から少し道に迷いやすくて!」
「少し」
「はい、幼い頃街の門から正面にある木まで競争しようと言われまして…でも何故だかたどり着けなくて」
正面に…?それはだいぶというのでは?
「だからおつかいとかを頼まれてもできないんです。夕飯までに帰れないから。」
「ははは!」
思わず笑ってしまう。
「そっそれじゃあ仕事も何もできないじゃないですか」
「いやそれは助けてくれる人がいたんです」
「それ方向音痴を認めていますよ」
「あっあれ?」
「ははははは」
思わず被っていた薄絹が後ろにずれる。
「やっぱり…」
翔渓は青く光る瞳で私を見つめる。
「え?」
「あっあなたは綺麗です」
「へっ」
思いもよらぬ発言に私の顔に熱が集まる。
「本当にあなたは僕の知「旦那様!!!」
翔渓の声を遮って女の声が聞こえてくる。有鄰だ。姿を偽っているというのに見知らぬ男と話をしていたと知れたらまた面倒くさいことになる。ばっと翔渓から離れ立ち上がる。
「ここは汀家のお屋敷です。警備の者に見つからぬようお早めに退散ください。」
そういって振り返り、歩みを進める。
「楽しい月見でした。ありがとう。」
「ま、待ってください!」
早く行かねば翔渓がみつかってしまう。
「あなたのお名前を教えてください!!!」
「…せつ。です」