第69話 遊女を身請けしました。
御影と夕霧は屋敷までの道のりを歩いた。
「身請けして頂いたということは、私はあなた様の妻や愛人となればよろしいのでしょうか?」
道すがら夕霧が御影に尋ねた。
遊女が身請けされるということは、ある程度の自由と引き換えに身請けした者の愛人や妻となる事が一般的であった。
身請けされた遊女は年季が明ける前に遊郭を出ることができるため、たとえ愛人枠であろうと、いわば、勝ち組なのである。
しかし、自由の身になったとはいえ、実質的には男の顔色をうかがい、かごの中の鳥のままで暮らさざるを得なかったという。
実際に身請けされて幸せだったかは人それぞれだったのだろう。
「いや、別にそんなつもりで身請けしたんじゃない。夕霧にはうちのメイドカフェで働いてもらおうと思ってな。まあ、スカウトってやつかな」
「え、それだけのためにあんな高額な身請け金まで支払ったんですか?」
「まあ、それだけって訳じゃないけど、主な理由はそれかな」
夕霧は驚いた表情をしていた。
「はい、着いたよ。ここが僕の家」
「え、大きい......」
夕霧はほとんど遊郭から出て来なかったため、遊郭から反対方向にある御影の屋敷など、知る由もなかった。
「まあ、入ってくれ」
御影に促され、夕霧も中に入った。
「ただいまー」
「お帰りなさいませ。おや、もう、身請けしてこられたのですか?」
「ああ、まあな。彼女は夕霧だ。今日からうちに住んでもらおうと思っている」
「お、お世話になります」
夕霧はペコッと頭を下げた。
「叢雲家の家令を務めております、ロイクと申します。よろしくお願いいたします」
ロイクが綺麗に一礼した。
「ところで、夕霧って源氏名だろ? 本名は何て言うんだ?」
御影が尋ねた。
「わ、私の本名はアリサと申します」
「アリサか。いい名前だな。これからはアリサと呼ぶ事にするよ。よろしくな」
その言葉を聞くとアリサはポロポロと涙を流し始めた。
「ど、どうした? 俺、何かしたか?」
「い、いえ、嬉しくて……本名で呼ばれるのなんて何年ぶりだろう」
遊郭にいるときはずっと夕霧として過ごしてきたのだから無理もない。
遊女としてお客を取るまでに10年、遊女になってからは3年ほど働いていたのだ。
その間はアリサではなく、夕霧として、生活していたのだ。
「落ち着いたか?」
「は、はい。取り乱してすみません」
「いや、気にする事はないさ。アリサの部屋二階だから、夕食までゆっくりしてて。ロイク、案内頼むよ」
「承知致しました」
ロイクの案内により、アリサは二階へと上がって言った。
「杏にはまた何か小言を言われる気がするな……」
そんな事を考えながら御影も自分の部屋へと入った。
そして、御影は店の経営状態などの一通りの仕事を始めた。
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