第57話 杏、御影との出会い。
両親を早くに亡くした杏はその日の生活をすることだけでも精一杯だった。
みすぼらしい服装をした杏は表通りを歩くことが出来ない。
今日も裏路地の隅で寝ていた。
裏通りは決して治安が言い訳ではないが、杏にはここしか居場所がなかった。
「おい、こいついい体してねぇか？」
「こいつなら何してもバレなそうだし、いい声が聞けるかもしれねぇな」
近くで男たちの声が聞こえた。
『逃げなきゃ』
そう思った瞬間、腕を掴まれた。
「離して！ やめて！」
「いいじゃん。ちょっとだけ、痛いことしないから」
男の力にかなう訳もなく、杏は諦めかけた。
その時、誰かがこちらに近づいてくる足音がした。
「取り込んでいる所悪いが彼女を離してもらおうか」
その時、初めて御影さんと目が合った。
今まで見てみぬ振りをする人しか居なかったのだが、御影さんは初めて私を助けてくれようとした。
「あぁ？ なんだてめぇは？」
「叢雲御影、この名前に聞き覚えがあったら今すぐに去りなさい」
叢雲御影、その名前に杏は聞き覚えがあったが、顔までは知らなかった。
『あれが、世界最強の賢者様？ 若くてイケメン』
最強賢者というのだからもっとお爺さんとばかり思っていたのだ。
「おい、こいつはまずいぞ」
男たちは尻込みした。
「最強賢者か何か知らねぇがヒーロー気取ってんじゃねぇぞ」
男の一人が懐からナイフを抜き、御影さんに向かって切りつけようとした。
御影さんはそれをサラッと躱し、男たちを次々に気絶させた。
『かっこいい』
心の底からそう思った。
同時に私なんか相手にされないとも思った。
しかし、御影さんはの反応は違った。
「君、大丈夫か？ 立てるか？」
そう言って手を差し伸べてくれた。
「は、はい。助けて頂き、ありがとうございます。私、杏と申します」
「とりあえず、ここは危ないから表に出ようか」
その手に引かれて杏は表通りへと出た。
御影さんは気づいているのか分からなかったが、杏に向けられる視線はそのみすぼらしい服装のせいか痛いものがあった。
『やっぱり、ここは私の歩く道じゃないのかな』
そう思った矢先、御影さんから思いもよらない提案を受けた。
「よっかったらさ、俺に雇われてみない？」
「え！？」
「もちろん、嫌ならいいんだけど」
「是非、お願いします」
御影さんが最後まで言い終わる前に言ってしまって少し恥ずかしかった。
「ありがとう。じゃあ、まずは服を着替えにいこうか」
「あ、やっぱりこの服じゃ隣歩けないですよね……」
「そんなことないよ。でも、可愛い女の子には可愛い服が似合うと思ってね」
そう言って御影さんは呉服店に連れて行ってくれ、決して安いとは言えない服を買ってくれた。
「うん、やっぱりよく似あってる」
「その、本当にいいんですか？」
「いいからいいから、気にしないで。好きでやってることだからさ」
カードで代金を支払う御影さんに店主の方は可愛い子には甘いんですね、とニヤニヤしていた。
「可愛いは正義だからね」
御影さんはどこか誇らしげに言った。
その言葉に思わず笑ってしまった。
「あ、やっと笑ってくれた。そっちの方が可愛いよ」
そう言って御影さんは私の頭をそっと撫でた。
それだけではなく、住む所まで提供してくれた。
この恩は一生忘れられない。
御影さんからもらった日常は凄く美しかった。
『この方に一生ついていく』
そう、心に誓う杏であった。
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