第八話 最終バトル
もう迷わない。パパを絶対にあの田村柚衣から取り戻してみせる! だってあの女はあたしの家庭を壊した張本人。それに弟の川澄暖都も……。人は見かけによらないと言うけどまさにあの人は仮面をかぶって瑶葵と付き合った。瑶葵はそんなことも知らずにあの事故に巻き込まれてしまった。ママ、瑶葵、この勝負あたしが絶対に勝利するから応援していてね。
我が家の前に立ち尽くすあたしだが、一瞬やめようかと思った。でも、そんな気は一時的なもので玄関の扉が静かに開いた。
「あら、家に何か用かしら?」
たしか柚衣さんはこの家から出て行ったと新聞に書いてなかったっけ?
「パパはどこ?」
「勇太さん? 勇太さんなら寝室でグッスリと眠っているわ」
「まさか、睡眠薬で眠らせているんじゃないんでしょうね?」
「アハハ。さすが成績優秀だけ分かるのね、そういうことは。そんなに睨まないでよ。殺すつもりなんかないから。あたしは勇太さんさえいれば何もいらないのだから」
「ひどい! 睡眠薬で眠らせているなんてそれでも愛していると言えるの?」
「いいじゃないの。好きなんだもの。あたしが何をしようが小娘には関係のないことでしょ。だいたい、何しに来たの?」
「なんですって? ここはあたしとパパのお家なのよ! 勝手に人の家に上がりこまないでよ。しかも、あなたは離婚届に判を押して出て行った人でしょ?」
「そうよ。でもあたしのお腹の中にはれっきとした勇太さんの赤ちゃんがいるんですもの」
「ふざけないでよ!」
あたしはとっさにハンドバッグを柚衣さんに投げつけた。バッグは見事に柚衣さんの顔に命中した。
「……っ痛いわねっ! 何するのよ」
そう言った隙にあたしは玄関に飛び込んだ。
靴を脱ぎ捨て靴下のままでパパが眠っている寝室へと向かった。でもドアは開かなかった。
「アハハ。バカよねぇ。鍵がかかっているのよ」
「鍵を渡して!」
「嫌よ! 簡単に渡すものですか。あなたとはもう一度きっちりと話をつけておきたいのよ。ここじゃなんだから、居間に行きましょ。勇太さんが目を覚ますといけないから」
あたしは言われたとおり居間のソファーに腰をおろした。
「疲れたでしょ? 今までどこで雲隠れをしていたわけ? あなたに行くあてなんてあったのかしら? 学校も無断欠席で、こんな状態でよくも留学をしようとしたいわけ? バッカじゃないの。これだけ騒ぎを起こしておいて行方不明だなんて、あなたはもう居場所なんかどこにもないの。学校は今のところ停学処分というところね。今朝、担任の先生から連絡が入ったのよ。コーヒーでも入れましょうか」
「けっこうよ。毒薬なんて入れられたらあたしがここに来た意味がないもの。この際学校なんてどうでもいいわ。あなたはあたしの家族を壊した。そして、ママと妹の瑶葵を交通事故に見せかけて殺した。次はあたしでしょ? 立派な犯罪じゃないの」
「でも、現にあたしは捕まってなんかないわ。あたしは殺そうとしてまでも勇太さんを手に入れるつもりはないのよ。仮に本当にあたしが交通事故を見せかけでやったにしろ、あなたの言ったとおり邪魔者は消すわ。そう、あなたをね。でも、あたしはあなたを殺してなんかいないわ。殺そうとも思ってないわ。あなたを殺したって別にメリットなんてないものねぇ、こんなこと話すつもりはないの。あたしはあなたと今後の話をしていきたいの。あなたとあたしではあまりにも違いすぎるわ。だから一緒には暮らせはしない。義理の母になりたいの」
「だったら、犯人はいったい誰なのよ!」
「そんなことあたしが知りたいわよ。あの日は土砂降りの雨が降っていたのはあなただって知ってたでしょ? 視界が悪くて運が悪かっただけにすぎないのよ。いつまでも根に持たないでよ」
「だって、警察は車の中から煙草の燃えかすが残っていたって。柚衣さんが吸っていたんでしょ?」
「確かに、あたしは吸ってるわよ。でもね、あの車に乗った時などは必ず始末はするわ。それにそのことは勇太さんがいちばん知っているわ。帰り際に点検しているもの。だからあたしは違うの。楓さんが内緒で吸ってたんじゃないの?」
「それは、絶対にないわ。あなたなんでしょ? ママや瑶葵を殺したのは?」
「あのね! いい加減なこと言わないで! あたしは知らないの。もし仮にあたしがそうだったにしろ何かメリットでもあるわけ? あたしは勇太さんと幸せな結婚生活が送れたはずなのに。確かに楓さんは勇太さんとは離婚したくないって言ってたけど……。もうこの世にはいないんですもの。あたしが何しようがあなたには全く関係のないことなの!」
「じゃあ、川澄先輩のことはなぜ内緒にしてたの?」
「暖都? あたしにとっては邪魔な弟だわね。あなたとはケンカしたくないんだけどな。お腹の赤ちゃんに影響が悪いでしょ」
「流産すればいいのよ。どういうこと? 邪魔な弟って?」
「あたしが勇太さんと付き合っていること知ってたのよ。つまり、あなたの双子の妹、瑶葵ちゃんももちろん知っていた。全ては暖都が仕組んだ罠だったのよ」
「う、嘘……でしょ? だって瑶葵は嬉しそうに川澄先輩と付き合っていたのよ」
「そんなの、仮面かぶっているに違いないでしょ。あの事故が起きた日をよく思い出してごらんなさいよ。あたしは勇太さんと駅前の喫茶店でコーヒーを飲んでいた。あなたは一人で寂しく夕飯を食べていた。弟の暖都は塾に行っていた。ここでアリバイがないのは暖都だけなの」
「え? だってあたし、警察の連絡受けてから病院の交差点で川澄先輩と出会いました。その時、塾の帰り道だと言ってましたけど……」
「……分かってないわね。あたしは暖都の塾が何時に終わるのか知っていたの。だからあなたと出会ったということは、暖都はその日塾には行ってない。もしくは塾のない日だったということになるわけ」
「そ、そんなぁ……犯人は……」
その時、裏の勝手口の硝子がガシャンと鳴り響いたの。足音がこっちに近づいてくる。いったい、誰なの? もしかして……。
「暖都……」
柚衣さんは蚊の鳴くような声で川澄先輩を……。
なぜ? どうして? 川澄先輩があたしの家に上がりこんでいるの?
「君は驚きで何も言い出せないようだね。久しぶりだね姉貴。どう? この生活は?」
何事もなかったかのようにいつもの先輩の口調だった。
「ま、待ってよ! 先輩、正直に答えてください。あの雨のあった事故の日のことを覚えていますか?」
「あ~、よぉ~く覚えているよ。確か君は信号が赤なのにも関わらず、横断歩道を歩いて行こうとしたんだよな」
「先輩、その日は塾はあったんですか?」
「塾? あるわけないじゃん」
「……でも、先輩はあの日あたしを助けた日、塾の帰り道だと言いました。これはどういうことですか? 先輩は塾があるとあたしに証拠を残していますが、実際はあの事故現場を見たのではないのですか? もしくはあの事故に携わっていたのではありませんか?」
先輩の顔はみるみる、顔色が悪くなってきている。そうだ。そうなのだ。やっぱり先輩があの事故を引き起こしたんだ。
「フッ……。バレちゃってるんだ。そうだよ。俺がお前の家の車にブレーキが利かないように仕組んでおいた。ぶつかった相手には多額のお金を渡してあった。全ては完璧だったんだよ。おまえさえ何もこの件に突っ込んでくれなければね!」
「どうして? 瑶葵のこと好きだったんじゃないの?」
「そんなことあるわけないじゃん、あいつが勝手に俺に告白してきた。もとい、俺がそう仕向けたか……。まんまと瑶葵お譲様は俺の虜になった。誰とも付き合ったことのない瑶葵お譲様は案外とやりやすかったしな」
「暖都! あなたまさか……」
今度は柚衣さんが横から口を挟んだ。
「まさかとは思うけど、復讐のつもりなの?」
「姉貴だって復讐のつもりで、大塚コンツェルンの社長の秘書をしてたんじゃないのかよ!」
「あたしだって、初めは復讐のつもりでいろいろと調べていたわよ。十年も前の資料をね」
なに? 何なの? 復讐って? この二人はパパの会社に恨みがあるの?
「あの、復讐って何の恨みがあってママや瑶葵を殺したのよ!」
「あなたには少ししゃべったでしょ。あたしたちは幼い頃両親が離婚してバラバラになったこと。離婚の原因は父の会社が買収されたの。父は大塚グループの小さな町工場だった。あたしたちは何もかも失って生活はひどいものだった。母はそんな生活が耐え切れなくなってとうとう離婚をした。あたしは母のもとへ引き取られた。暖都は父の方へ引き取られたの」
「父は多額の借金があった。毎日取り立てやが追っかけてきて俺は嫌になってきた。そのうち父が持病の発作が出て、頭が少しいかれた。しばらくしてから父は大塚コンツェルンのビルから飛び降り自殺をした。俺、その時思ったよ。ここにいる会社全ての人が憎いって思ったよ。必ずこの会社を潰してみせるってね。それからは無我夢中で勉強をしたよ。気がつけば周りからはエリートでクールな川澄暖都が出来上がっていたんだよ。高校も進学高校を選んだ。その頃は何もない平凡な毎日を送っていたよ。でもな、久しぶりに大塚の会社に行けば十年以上も前に別れて音沙汰もなかった姉貴がいたんだよ。姉貴はもう既におまえの父親とできていた。俺は姉貴がどこに住んでいるのか調べて手紙を送ったんだよ。姉貴も俺と同じ気持ちだと思っていた。だけど、姉貴は次第に本気でお前の父親を好きになってしまったと返事が返ってきた。姉貴がこんな状態だと復讐は無理だなって思ってた頃に、新入生で双子の妹が入学したといちわく学校では有名になった。誰なんだよそいつはって思って名簿を見たら大塚駒葵、瑶葵だった。住所とも一致した。まさかこんなことが起こるとは思わなかったんだよ。おまえは成績優秀で校内でも有名だった。でも、俺はあえてそんな奴を選ばずに妹の瑶葵を選んだよ。瑶葵はそれはもう嬉しがっていたよ。俺がおまえの会社を狙っていることに気がついていなくてね」
「自殺……。そんなこと十年も前の話なんでしょ? パパはもう関係ないじゃないの。あれから社長は二回も代わっているのよ。でもパパはまだ生きているっていうことはどういう意味なの?」
「変わったんだよ。確かに社長が代わっている。いまさら、そんな昔の話をしたってらちがあかないって分かったんだよ。会社はまあいずれということで、会社の大切なものから消しちまえばラクだっていうことに気がついたんだよ」
「その、大切なものってママと瑶葵なの?」
「そうだよ。俺たちだって家族が崩壊したんだ。この分からずやお譲様にも家族がバラバラにならなきゃ意味がないってね。ただ一つ失敗したんだよな」
「失敗って何なのよ! ママと瑶葵の命を奪っておきながらよくもそんなことが言えるわね。帰してよ! ママと瑶葵をここに戻して謝ってよ! そんなのひどすぎる! 柚衣さんだって初めから知ってたんでしょ。だったらどうして止めてはくれなかったのよ! 二人してひどすぎるわよ!」
「……煙草なんでしょ? 暖都? ブレーキを触っている間、煙草を吸いながらやってた。でも、暖都は家族の誰かが吸っているものと思っていたし、あたしが現に吸っていることも知っていたから灰皿受けに入れず落としたままだったのよね? バカね。暖都は……。この家族は誰一人煙草は吸っていないわ。あたしは吸っているけど、必ず点検してから車から降りていたし勇太さんもそれは十分に点検していたのよ」
「先輩、高校生なのに煙草を吸っていたの?」
「そんなの高校になったら当たり前だろ。学校では吸えないからイライラしていたけどな」
その時あたしは何を思ったのかソファーから急に立ち上がり、泣きながら先輩の顔を二度平手打ちした。
「ふざけないでよ! あたしの家をこれだけ無茶苦茶にしてなんとも思わないの? ……思わないでしょうね。あなたの場合は。父親が自殺したからと言って会社が買収されたからと言って人の命を奪うなんてあなたは人として最低なことをしでかしたのよ! 柚衣さんも柚衣さんだわ。離婚しているのにこの家にいるし。お腹の赤ちゃん、本当にパパの子供なの? どうなの? 嘘なんでしょう?」
「赤ちゃんは本当よ。たとえ離婚していたって、あたしは赤ちゃんを産むわ」
「姉貴、一人で育てるつもりなのかよ。こいつの親に認知してもらえよな」
「そんなことありえないわよ。きちんと勇太さんにも面倒を見てもらえるようにするから、それに暖都の言うとおり認知させてもらうわ。この子が大きくなった時にあなたのパパに会わせるし、会社の方だって継がなきゃならないし、大変だわ」
「会社を継ぐ? そんなのパパが許すと思っているの?」
「だって勇太さん言ったんだもの。あなたたち双子は女の子だし、婿養子をとってまで俺の会社を継がせる気はないとね。だからあたしと勇太さんの子供が自動的に大塚コンツェルンを継ぐことになるのよ」
「そ、そんなのあたしが許さないわ。だいたいその赤ちゃんが男の子だっていう証拠はまだないのでしょ? 女の子が生まれたらそこであなたはおしまいなのよ。パパとも縁を切ってもらいたいわ。いいえ、今すぐに縁を切ってもらいたいの」
「あたしには分かるわ。男の子が生まれるって確信があるの。これは母性本能かしらね。あなたにはまだ分からないでしょうけどね。子供が生まれるからには勇太さんとは縁を切ることなんてできないの。だって父親は勇太さんなんだもの。離婚していてもきちんと子供の面倒を見るというのが父親の役割でしょ」
「……なんかさ、話がズレてきているんだけど。俺のことはどうでもいいわけ? お二人さん」
「あ~もう、何がなんだかわけ分からなくなっちゃったじゃない! 先輩は今すぐにでも。警察へ出頭してください」
「出頭? そんな気はまだないぜ。俺はまだやり残しているのがあるのだからな」
先輩の目の色が変わった。先輩はまだ誰かを狙っているのだろうか? だとしたら、それはいったい、誰なの? ま、まさかあたし? あたしが全てを知っちゃったわけだから、このまま先輩が出頭しなければ間違いなくあたしが全てを話すことになる。と、いうことは、やっぱりあたしをこの世から消すということなの?
先輩があたしの目の前にきた。あたしはとっさに目をつぶってしまった。
「おまえなんか別に関係ない。まさかおまえ、俺に殺されると思ったのか?」
え??? 何? 違うの? あたしじゃない……。
「じゃあ、いったい誰なのよ!」
先輩はニヤリと笑った。まだおまえは知らないのかっていう顔をした。
「おまえでもなく、姉貴でもない。だったら一人いるじゃねぇかよ。寝室でさ、姉貴に睡眠薬を飲まされているお前の父親がさ~」
「嘘でしょ? パパを殺す気なの? やめてよ、そんなのやだぁよぉ~!」
あたしは先輩の腕を力づくで引っ張った。寝室なんかには行かせない。パパ、お願いだから早く目を覚まして。お願い。早く。
「パパは、もう関係ないでしょ? もう会社は新しくパパの代に変わっているのよ。十年前とは違うのよ。今のパパを恨んだって何もメリットはないでしょ! 柚衣さん! あなた実の姉なんだから引き留めなさいよ! それでも姉なの?」
柚衣さんはあたしには関係のないことだわっという顔をして優雅にソファーに足を組んでいる。
そうこうしているうちにあたしの力がだんだんと衰えていき先輩が一気にあたしをソファーの方へ押し倒した。
「きゃぁ~」
あたしは柚衣さんの真上に倒れ込んだ。
「あたしの赤ちゃん、赤ちゃん。亡くなったらあなたの責任よ!」
「責任? 今はその話ではないでしょ!」
あたしたち二人がもつれている間に、先輩は二階へ上がり一つずつ部屋の確認をしている。そのとき、ドンドンと叩く音が響いてきた。
そうだ、パパの部屋は柚衣さんが勝手に鍵をかってしまって開かないのだわ。だから……え? じゃあ、もしかしてドアを壊すつもりなの? そんなの、パパが危ない! 待ってて、パパ。今、あたしが助けに行くから待ってて。あたしはもつれる足を必死で階段を上がり先輩の目の前にやっとたどり着くことが出来た。先輩は体当たりで何度もドアに触れた。
「やめて、先輩! お願いだから」
「おまえは邪魔なんだよ! とっとと姉貴の元へ行けよな!」
そのとき、あたしの中で何かがキレた。
「てめぇ、何が邪魔なんだよ! ふざけるな。土足で人の家に上がりこんで十年も前のことを恨んで親父を殺すとはいい度胸じゃねえかよ!」
この際だ、何をやったってかまやしない。先輩はあたしの声にビックリしたせいか、力が緩んだ隙に足で先輩のお腹を蹴り飛ばした。あたしの足がお腹に直撃してその場に倒れ込んだ先輩。あたしは急いでこの部屋のスペアキーを鎖しこみベッドに向かった。パパはまだ眠っていた。
「パパ、パパ、起きてよお願い!」
あたしは必死な思いでパパの顔を引っぱたいたり肩を揺さぶった。しばらくすると、パパの手が微かに動き始めた。もう少しで目を覚ます。でも、早く目を覚ましてよ。早くしなくちゃ、先輩がここにきちゃうよ。
「……。う、ここはどこだ?」
「パパ! 目を覚ましたのね! 早くここから逃げて!」
「逃げる? 何で逃げるんだ? それに何が起きたというんだ」
パパはまだ、眠りから完璧に覚めてない。うろ覚えなんだ。でも、早くしなくちゃ。
「パパ、理由はあとで話すから、今はここからいち早く逃げることが大事なの。早く逃げなきゃ先輩に殺されちゃうの!」
パパをベッドから立たせたと同時に遠くの方からパトカーと救急車のサイレンが鳴り響いてきた。先輩が起き上がりこんで、服の中に忍び込ませてあった包丁を持って廊下からあたしたちのほうをめがけて駆け込んできた。
もう、間に合わない! 誰か助けて、ママ、瑶葵! どっかから見ているんでしょ? だったら早くこの状況をどうにかして。あたしのことはいいからパパを助けて!
そのとき、ふっとあたしの耳元で囁き声がした。
「大丈夫よ、もう大丈夫。助けてくれる人が今、目の前に来ているわ」
ママ? ママの声? 助けてくれる人って、誰? 目の前って?
え? 嘘。もう目の前に先輩がいるよ。間に合わないよ。どうすればいいのよ!
「いやぁ~!」
あたしが叫んだと同時にドシンと床が揺れた。
な、何が起きたの? 地震? パパは大丈夫なのかしら?
「イテテッテテテエェ~。分かった。悪かったよ。だからそこをどいてくれよ」
恐る恐る目の前を見ると、先輩が誰かの下敷きになっていた。警察の人かしら? それにしてはずいぶんと小柄だし、だいいち警察の服も着ていない。いったい、誰なの?
「駒葵! 何をボケッとしておる。何か縄はないのか?」
この声、どこかで聞き覚えが、でもどこで?
「駒葵! 聞いておるのか?」
「く、熊五郎おじいちゃん!」
「やっと、わしのことが分かったのか。それよりも早く縄を持って来い」
「あ、うん」
押入れの中に縄があったので持っていき、おじいちゃんが手際よく先輩を体ごと結んでしまった。と、同時にサイレンがあたしの家の前で止まり、警察の人がバタバタと何人かこの寝室へ上がりこんできた。
「川澄暖都。住居不法侵入および殺人罪にて逮捕する」
ガチャッと先輩の手首に手錠がかかった。
「それにしてもすごいですね。誰がこの縄をしたのですか?」
「アハハ、わしじゃ。これでも空手二段なんだわい。警察のかた、どうかよろしくお願いします」
「そうですか、おじいさんが……。こりゃまたすごいですなぁ~」
まだ部屋に残っている警察の人が拍手をする。
「どういった状況かもう一度署のほうに行ってみて話してくださいませんか?」
「あ、はい。あのあたしが行きます。父は少し、睡眠薬を飲まされていてまだ完全ではありませんので」
「それでは、下に救急車も呼んでありますので乗ってください」
「おじいちゃん、パパの面倒よろしくお願いね。あたし、警察行ってくるから。あ、あとそれと下のリビングにいる柚衣さんなんですけども……」
「あ~、あの方ね。あの人は容疑者の姉でしょ? あの交通事故に関わっていると思うから連行したよ」
「すいませんが、よろしくお願いします」
と、いうことでそれぞれ病院、警察の方へ向かったの。
あの交通事故の犯人は、やはり先輩だった。吸殻についている指紋と一致し、あの日、塾には行っていなかったという証拠と前々から大塚コンツェルンを狙っていたということで、幕は静かに下りた。しかし、先輩の姉、柚衣さんは妊娠もしていなくて偽造妊娠だった。そして近く、書類送検されることになった。
パパは一週間で病院を退院して体は元の正常に戻った。おじいちゃんはというと、毎日パパの看護を看ていたそうで、今はあたしの家にいる。
「しかし、この家、どうするんじゃ?」
「そうですね、勝手口は壊されていますし、二階の寝室のドアは半分壊れていますしね」
あたしは紅茶を入れながら、
「ねえ、パパ。お手伝いさんたちってどうなったの?」
「ああ、もう必要ないだろ。パパはもう田村柚衣とは縁を切ることが出来たわけだし、会社の方は何とかなりそうだからな。それにしてもお義父さん、空手二段とは驚きましたよ」
「アハハ。勇太くんも少し変わったかのぉ~。楓や孫の瑶葵が亡くなっても、駒葵と何とかやっていけそうかい? まぁ、駒葵はわしがビシビシと家庭の方はしごいたから大丈夫だとは思うんじゃがな」
「ああ、今思うと、楓と瑶葵は悲惨にも巻き込まれてしまってわたしも悲しいばかりです。なぜあの女と不倫してまでもして子供まで作ろうとして結婚しようとしたのかが、わたしのすべてが悪かったのです。ほんとにお義父さんには大変なことをしでかしてしまいました。どうもすいませんでした。それに、駒葵、おまえにも辛く当たってしまって留学の件を白紙に戻してしまってなんと言っていいのか。パパは、本当に申し訳ないことをしてしまった。どうか二人とも許して欲しい。このとおりだ」
と、パパはソファーから下り、膝をつきあたしとおじいちゃんに土下座して謝ったのよ。「もう、済んでしまったことは今更何もすることが出来ない。楓や瑶葵はもうここには二度と帰ってこないのだからな。その分、おまえたち二人が協力し合ってこの先を生きていくんだぞ。駒葵、おまえはまだ高校生だ。留学は大学になってからでも遅くはないだろう?今、ここから離れてしまったら勇太くんはまた同じことを繰り返すのかもしれないのだぞ。それでもいいと言うなら、わしのところへ来い」
「留学は、当分あきらめるよ。だって瑶葵は夢叶わなかったんだもの。あたしだけ叶うのってなんか瑶葵が許さないと思うの。おじいちゃん、おじいちゃんこそここで一緒にパパとあたしとで暮らさない? おじいちゃん、もう年なんだし。一人であそこにいるのは寂しいでしょ?」
「わしゃ、まだ一人がいいわい。その時がきたらここへ来るよ。勇太くん、それでもいいかね?」
「もちろん、歓迎いたしますよ」
「それじゃあ、あたし明日から学校、行って来るね。そのための準備をしてくるね。おじいちゃんはどうするの、今日は?」
「わしは、そろそろおいとまするかな。なにしろ家のほうはそのまま飛び出して出てきたもんだからな。畑のほうも世話しなだめだしな。勇太くん、それじゃあ、本当に駒葵をお願いするよ」
「分かりました。二度とこういうことを起こさないよう十分気をつけたいと思います。本当にお義父さん、ありがとうございました」
こうして、おじいちゃんは田舎へ帰っていった。パパは大工さんに頼んで、家の修理を頼み込んだ。
三 年 後
今日は、ママと瑶葵の命日です。お墓の前であたしはあの時のことを思うの。ママ、あのときは本当にありがとうね! おかげでパパも会社、順調に進んでいるし、不倫なんてもうしていないよ。瑶葵は天国でも料理作っているのかな? あたしはまだまだ修行が足りないけど、いつか結婚する時までには完璧にしておくから安心していいよ。
今、あたしは大学生だけど経営の勉強をしています。将来、パパの会社を継ぐ時に困るといけないから頑張って勉強をしています。もちろん、留学の夢を捨てたわけじゃないよ。留学はもしかすると来年当たりイギリスへ行ってきます。二年という短い期間だけど海外のことを知るのにもパパの会社にとってもプラスになるから、パパは賛成です。その間、パパは一人になるわけですが、ご心配なく。田舎から熊五郎おじいちゃんが土地を全て売り払ったお金でおじいちゃんは庭に畑を耕して野菜作りに励んでいます。相変わらずおじいちゃんからあたしはスパルタ教育を受けているわけだけど、これはこれで結構楽しかったりもします。
だから、ママ、瑶葵、心配しないでいいよ。あたしはもう大丈夫だから。時が過ぎてもママと瑶葵は、あたしの心の中で永遠に生き続けているから安心してよ!
「駒葵、もう行くぞ」
パパが車のほうから呼んでいるからもう行くね。本当はもっともっといっぱいママや瑶葵に話したいことがたくさんあるけどね。
「は~い。パパ、おじいちゃん。今行くよ!」
今日は、快晴。雲一つない良い天気です!
大塚駒葵は、夢に向かってこれから羽ばたいていきます!