第6話 この世界のことを知ろう
山本翁に頼み込んで、この世界の常識や情勢を教えてもらうことになった.
幸い山本翁は、学校の先生をしていたというだけあって蔵書が豊富で調べ物も捗った。
山本翁から話しを聞き、書物を読んだ由紀と桜子は、初日から驚きの連続であった。
由紀は、桜子に指示されて、昨日今日で調べたことを次のような簡単なレポートにまとめた。
大八洲帝国の概要報告
1.国名と首都
この国の名前は、大八洲 帝国という。
地図を見ると日本そっくりであるが、日本でも大日本帝国でもない。
首都は帝都で、 概ね山手線(この国では帝都環状線と呼ばれる)の内側の地域である。
帝都は、皇帝が直接統治する土地であり、居住できる人間が一部の特権階級に限られるらしい。
東京都と埼玉県はなく、埼玉県と帝都を除く東京都を併せた部分は武蔵県と言うらしい。
2.政治体制
大八洲帝国は、皇帝を国家元首とする立憲君主制の国である。
一応憲法に基づいて政治が行われるが、皇帝の権力が非常に強い国らしい。
貴族制度が存在し、貴族は貴族院や枢密院を通して政治に影響を与えている特権階級である。
軍の統帥権は皇帝が握っており、シビリアンコントロールが全くない状況のようだ。
選挙で選ばれた政治家がおり、宰相は政治家から選ばれるが、軍のクーデターで宰相が殺害される事件があり、政治家は軍に頭が上がらないらしい。
3.外交関係
現在、大陸にある大夏帝国と小競り合いが、多発している。
大八洲帝国は、どさくさに紛れて関東国という傀儡国家を樹立させたものの、諸外国はどこも関東国を国家として承認しておらず、 大八洲帝国は孤立を深めている。
列強諸国は、関東国からの大八洲帝国の撤退を強く主張しており、これが世界連盟脱退の直接の原因となった。
4.経済情勢
経済は六年前の世界恐慌以来経済の建て直しは進んでおらず、不況が続いている。
不況下で税収が伸びない中、軍事費がかさんでいるため、財政赤字が拡大している。
例外的に、軍事産業部門を持っている大財閥の業績は急激に上向いている。
東北地方の冷害で、農村の疲弊が顕著に見られる。
女子の身売りが多発しているほか、働き手の男が徴兵で取られ、労働力不足から農業の生産性がいっそう落ちているらしい。
5.物価
新聞代が一ヶ月で一円らしいので、新聞代に基ずくと、一円の価値が現代日本の四千円くらいになる。
一方で、大卒の初任給が七十三円ということから計算すると、一円の価値は現代日本の二千七百円程度になる。
現代日本と物の相対価格が異なるので、一概には言えないが、1円の価値は二千五百円から4千円くらいか。
6.戸籍制度
この国では、戸籍制度が完備されていることであった。
戸籍の捕捉率は、ほぼ百%であり、無国籍では住民登録もできない。
また、戸籍に基づいて満十七歳以上の男子には徴兵が義務付けられていて、毎年抽選で当選した者は兵役に服さなければならない。
この抽選であるが、以前は徴兵対象者の十%程度だったものが、戦争が始まってから五十%近くにまで上昇している。
以上
由紀が書いた簡単なレポートを前に由紀と桜子は頭を抱えていた。
「とりあえず、調べたのはこんなところですか。戸籍制度がしっかりしているのは困りものですね。
ラノベと違って社会に入り込むのが難しいです。
それと、徴兵制。戸籍を手に入れたとしても、僕はあと一年ちょっとで引っかかりますよ。
それから、カレンさんから貰ったものの中に車があったんで使おうと思ったんですが、自動車運転免許制度と車両登録制度が既にあって、無免許・無登録で乗り回すのは難しそうですね。」
と由紀が感想を言うと
「社会情勢が戦前の日本そっくりだな。中国戦線で泥沼に入り込んで、中国の利権をめぐって欧米と対立して、これから太平洋戦争へ突入ってか?」
と桜子が思ったことを口にし、続けて
「戸籍については、少しだが考えていることがある。
もしかしたら、意外とすんなり手に入るかもしれない。
ところで、由紀はこれからどうしたいと考えているんだ。」
と由紀に問いかけた。