第4話 街についた、「驛生越」って書いてあった。
たわいのない会話をするうちに、由紀たちは越生の街に着いた。
その時、二人の目の前を蒸気機関車がモクモクと黒煙を上げながら通り過ぎていった。
由紀たちは、呆然としてお互いの顔を見合わせた。
「SLですね。ちなみに僕の知る限り八高線にSLは運行してないです。
埼玉県で観光列車としてSLを運行しているのは秩父鉄道だけです。」
「私も実際に運行しているSLを見たのは初めてだ。すごい迫力があるものだな。」
駅に着いた、駅の屋根には「驛生越」と駅名を書いた板が掲げられている。
駅には、少しチャライ感じの若い駅員が一人暇そうにしていた。
桜子が駅員に問いかけた。
「水道橋まで行きたいのだが、どう行けばよい?運賃は幾らになる?」
駅員からの返答は想像の斜め上を行くものだった。
「水道橋?どこだそれ?少し調べるから時間をくれ。」
待つことしばし、なにやら分厚い本で調べていた駅員が桜子に返答する。
「あったあった、帝都の駅か。お嬢さん、下車許可証は持っていかい。
許可証がないと駅の外に出られないよ。」
桜子は耳を疑って聞き返した。
「下車許可証?なんだそれは?」
「え、知らないの?
だって帝都って貴族様とその使用人、官吏と将校、帝立大の学生くらいしか住めないじゃないか。
だから、治安の維持のため許可があるものしか帝都には入れないようになっているんだよ。
具体的には、山手線の内側ね。
山手線の内側にある駅、山手線の内側の改札口で下りる場合は許可証がいるのね。
まあ、俺達みたいな下々のものには帝都なんか用がないから、知らなくても無理ないけど。
それで、お嬢さんどうするの?」
「とりあえず行き方と運賃を教えてくれるか。」
「ここから私鉄に乗って坂戸まで行って、乗り換えて池袋まで行くのが近いかな。
運賃は二十五銭ね。今日は元旦で運行本数が減っているから、次は二時半かな。
池袋からは新宿経由中央線で水道橋だね。これが七銭だね。
でも、さっき言った様に許可証がないと駅で降りれないよ。」
「ありがとう助かった。ところで、度忘れしたんだけど今年は、西暦何年になったんだっけ?」
「お嬢さん、変なこと聞くね。西暦って洋暦のことだよね、一昨年使用禁止になったじゃないか。
うかつなこと言うと特公にひっぱられるよ。
今年は、帝暦二五九五年、平民はそれだけ知っていればいいの。
口は災いの素ってな。」
「そうか、無駄話に付き合わせて悪かったな。」
「いいってことよ。こっちだってお嬢さんのようなハイカラさんと話が出来れば悪い気はしねえさ。」
話を終えて駅舎をでた由紀たちは、駅前広場の隅で今後について話し合うことにした。
「由紀、私達の予想はかなり甘かったようだ。
タイムスリップしたわけではなく、ここは間違いなく異世界だ。
しかも、昔の日本よりかなり身分差別の大きい国のようだ。
帝都には住めるのは、基本は貴族と官吏と将校だけで、その使用人と官吏候補のエリート学生を加えるだと。
とんでもなく、住み難い社会じゃないか。
しかも、外交関係も芳しくないようだ。西暦が使用禁止というのはそういうことだろう。」
「華小路さん、もっと深刻な問題があるよ。
僕達二人とも、一文無しだよ。
ラノベみたいに冒険者になって魔物を狩ってみたいなことが出来る異世界じゃなくて、こんなリアルに近い異世界で一文無しはきついよ。
しかも、戦前の日本くらいの社会水準の世界だとしたら、僕ら戸籍も住民登録もなくて生きていけるの?」
桜子は、由紀の意見に頷いて、
「とりあえず、何か手持ちのものを売ってお金に換えるしかないか。
私の時計とか、ティファニーの百万円位する時計だけど、質屋で幾らくらいになるかな。」
「ちょっと待って華小路さん!
こんな田舎で、ティファニーの時計なんて正当な評価してもらえると思えないよ。
それに、時計はこれからも必要になるよ。
こんなときこそ、カレンさんから貰った支援物資を活用しようよ。」
「おお、そういえばそんな事言っていたな。
で、何か売れるものはあるのか。」
「えーとね、四半世紀前に建造されたクルーザー船があるんだ。
建造当時は豪華客船といわれたらしいけど、その後もっと豪華なのが増えて、今はミドルクラスらしいけど。
その中の消耗品は、無限にコピーできるんだって。だから、米とか、ワインとか、各種調味料とか、洋食器とか、掛け布団や枕とかいろいろ売れそうなものがあるんだ。」
「米とか調味料とかは大量に売らないとそれなりの金額にはならないな。大量に売るのは、この国の法律を調べてからにしたいな。専売とかがあると面倒だ。
日本では酒類も昔は専売制だったんだから、ここでも難しい恐れがあるな。
無難なのは食器とか布団か。
試しに出してもらえるかな。」
由紀は、左手の手のひらを上に向けて、右手で服の上から左腕の腕輪の宝石を軽く押した。
すると、左手の手のひらの中にスマホ大の操作端末が現れた。
チュートリアルで聞いたとおり端末の画面に触れて、クルーザー船の写真をタッチする。
すると、本体をコピーする、消耗品をコピーする、という選択肢が表示された。
消耗品をコピーするを選択すると、コピー可能な消耗品のリストがズラズラと表示された。
その中から、スウィートルームの掛け布団と枕、レストランの洋食器を選択して各一つコピーをとった。最後に、外部にコピーを作成する、腕輪の中にコピーを作成するという選択肢が表示されたので、腕輪の中にコピーを選択した。
すると、腕輪の中にコピー品として、洋食器と掛け布団と枕が表示されていた。
なんと洋食器は、レストランにあるもの全てで一つと数えるようで三百ピースづつあった。
由紀は、枕とティーカップ1ピースを外部に出力した。
すると、由紀の目の前の空間に枕とティーカップが浮かんでいる。
どうやって浮かんでいるのか不思議に思ったが、そもそもが謎技術なので深く考えるのは放棄した。
とりあえず、枕とティーカップを桜子に手渡す。
「枕は羽枕か、ティーカップは白磁の磁器と。両方とも結構よいもんだな。
様子見にカップアンドソーサーを十ピースに掛け布団と枕を一組質屋に持ち込んでみるか。」
桜子の提案に対し、由紀も了承し質屋を探した。質屋はあったが、正月早々営業はしていなかった。
振り出しに戻って肩を落とす二人であった。