第13話 子爵夫人 華小路薫②
薫の無心に対して、由紀はあらかじめ桜子との打ち合わせしておいたものを出すことにした。
ちなみに、桜子との打ち合わせで、軍事転用できるような品、技術進歩を大きく先取りする様な品はNGとした。
「興味を持っていただき有り難うございます。
お近づきの印にと用意したものがございますので、ご笑納ください。
まずは、シャンプーとトリートメントのセットです。
シャンプーは髪を洗う洗剤で、トリートメントはシャンプーの後髪の毛の艶を出しサラサラに仕上げる物です。セットで使ってください。
桜子さんに実際の使って見せてもらえばいいでしょう。
次は、ボディシャンプーです。
これは、体を洗う液体の石鹸だと思ってください。
だた、石鹸と違って皮膚の油分を取り過ぎないと言う好ましい特徴があります。
石鹸で体を洗うと肌がカサカサになることがあるでしょう。
これで洗えば、お肌はしっとりに仕上がります。
海綿をつかうと泡立ちが良くてより良いと思います。
最後にこのお米です。五キロほどありますので今晩でも炊いて召し上がってください。」
シャンプー、トリートメント、ボディシャンプーは、クルーザー船の展望大浴場備え付けの一リットル近い容量のものだ。
見た目に安っぽいが、仮にも豪華客船の備品だから悪いものではないだろうと渡した。
薫は、 シャンプー、トリートメント、ボディシャンプーには関心を示したが、最後のお米にはあからさまに落胆した様子であった。
「このシャンプーと言うのは、こちらでも数年前に売り出されたものがあるけど固形であまり良いものではありませんわ。
リンスと言うのは、初めて聞きますわ。
髪が艶々のサラサラになるんでしたら是非とも使ってみたいですわね。
桜子さん、一緒にお風呂に入って使い方を教えてくださいませ。
ボディーシャンプーと言うのも良いですわね。
これも使うのが楽しみですわ。
でも、このお米と言うのは何ですか?あまり、変わり映えしないというかなんと言うか。」
由紀は、薫の戸惑いに対して、自信を持っていった。
「いえ、そのお米こそが、僕が自信を持ってお奨めするものです。
口で説明するより実際食べていただくのがよろしいかと、今晩でも炊いてみてください。」
何と言っても、多くの稲作農家を差配している山本翁の太鼓判付きのお米である。
味よりも量が取れることを第一に考えたこの国の米と食味を第一に品種改良が続けられた現代日本の米を比べたらどちらに軍配が上がるかは火を見るより明らかである。
薫は、納得いかない様子であったが、シャンプー、リンスに対する興味が勝ったようで、
「桜子さん、早速お風呂に行きますわよ。
シャンプーとリンスの使い方を教えてくださいませ。」
といって、桜子を伴って部屋を出て行くのであった。
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その晩、夕食は和食であった。旬の鱈の西京焼きをメインに、根菜中心の筑前煮、あさりと生姜の佃煮、鱈のお吸い物などが並んだ。
最初に箸をつけた当主の貴久が、西京焼きに続きご飯を口にした後に言った。
「気のせいかご飯がすごく美味しく感じるのだが、お米を変えたのか?」
思い当たる節がある薫夫人が、はっとした表情でご飯を口に運んだ。
「美味しい……。
ふっくらした柔らかな食感で、べたついてもぱさついてもおらず、甘みも強い。
よくみるとご飯粒が今まで食べていたものより少し大きいわ。
これが、由紀君が提供してくれたお米かしら。」
由紀は、「ええ、そうです。詳しくお知りになりたければ、食後にゆっくりとお話します。」
と言うにとどめた。
貴子や貴佳が、由紀たちのことをどこまで知らされているか分からないため、未来のこと(としている異世界のこと)を説明するのを躊躇ったのである。
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和やかに夕食が済んだ後、貴久の執務室に呼ばれた由紀と桜子は、夕食に供された米のことを問われた。
由紀は、
未来(と偽っている異世界)では、米の生産性が飛躍的に向上した一方で、パン食の習慣も増えてきて、米あまりの状況となっていること。
そうした中で、米の需要喚起のため、農業試験場や農家の方々の努力によって、より美味しい米ができるように品種改良が続けられていること。
結果として、九十年前よりはるかに食味の良い米が一般的となっていること。
を説明した。
貴久と薫夫人は、由紀の説明を感心して聞いた後、あの米はもうないのかと尋ねた。
由紀は手持ちにはないが、こちらの世界に遭難したときに乗っていたトラックを越生の松本翁に預かってもらっており、その積荷に何トンかあるという話をでっち上げた。
これも、華小路邸を訪ねる前から、桜子と打ち合わせていた説明であった。
こちらでは、免許も車両登録もないトラックを無闇に乗り回すことはできないし、もしそれで官憲に捕まったら戸籍がないことなどで問題が大きくなる懸念があったので、松本翁に預けたと説明した。
その話を聞いた貴久は、戸籍の取得と共に、運転免許と車両登録の取得にも便宜を図ると約束してくれた。
その見返りとして由紀は、手持ちの米を百キロほど無償で華小路家に提供することとなった。




