第1話 星がきらめく冬の夜に
西武鉄道秩父線吾野駅を下車し、少年は外灯も少ない山道を歩き始めた。
現在の時間は午後十時過ぎ日付が変わるころには、目的地に着くだろう。
少年の名は山縣由紀。身長百六十センチ、体重五十キロと華奢な体躯で、艶があるストレートの黒髪と母親譲りの優しげな女顔もあって、クラスメートからは「ゆきちゃん」と呼ばれたりするが、名前は「よしのり」と読む。
由紀の服装は、インナーからアウターまでほぼ全て大手のカジュアルウェア量販店の商品である。ありていに言えばチープな服装である。
でも、今の由紀の行動には最適な服装である。
今日は、12月31日、間もなく新年を迎える。由紀は初日の出を見るべく、地元ではちょっとした観賞スポットに向かっている。
澄んだ冬の空には、無数の星が煌めき、明朝は素晴しい日の出が拝めるだろう。だが、それは明朝には厳しい放射冷却が予想されることであり、標高五百メートルの目的地は氷点下の気温になるであろう。
その点、由紀は保温素材の下着と靴下を履き、フリースでハイネックの長袖Tシャツの上に超軽量のダウンベストとダウンジャケットを羽織っており、ボトムは風を通さないナイロンの表地にフリースの裏地のついたジョガーパンツを身に着けている。
要するに非常に軽くて暖かく、軽登山という今日の行動に非常に適した服装なのである。
由紀は目的地に着いたら日の出まで仮眠を取るつもりだったため、軽登山にしては大きめのザックを背負いテントと寝袋を持ってきていた。
山道を歩き始めてどのくらい経ったろうか?
山道といってもグリーンラインと呼ばれている観光道路であり、舗装もされていれば少ないが一応外灯もある道路であり、登山というよりハイキングと言ったほうが良い緩い道である。
華奢な由紀といえど、まだ体力が有り余っている高校一年生であり、然したる疲れも感じてない。
「おやっ?」
由紀がつい呟きを零す。
元々外灯が少なく薄暗かった道が、突然暗さを増したような気がしたからである。
(外灯の電球が切れたのかな?)
と由紀は思い、ザックの中から懐中電灯を取り出した。
電灯を点灯させた由紀は、信じられないものを目にする。
道がなくなっていた。いや、正確には道は存在している、土が剥き出しの幅員一メートル程の道が。
由紀は混乱した。アスファルト舗装された道が突然なくなったのである。
引き返そうと後ろを振り返ると、当然のようにそこにあるのも、土が剥き出しの狭い道であった。
突然、ダウンジャケットのポケットに入れていたスマホの着信音が、静寂を切り裂いた。
慌てて、電話に出ると知らない女性の声で、
「ストップ!そのまま動かないで!」
と切羽詰った呼びかけがあった。
驚いて由紀が立ち止まっていると、スマホから話の続きが聞こえてきた。
「ごめんね。急に大きな声を出して驚いたでしょう。
でもね、あなたにこれ以上進まれると、通信ができなくなるのであせっていたの。
私の名前は、カレン・イーストウッド。時空管理局で時空監視員をしています。」
(時空管理局って、なのはさんやフェイトちゃんがいるのかな?)
なんて由紀が愚にもつかないことを考えていると、カレンは続けて話してきた。
「 信じられないかもしれないけど、真面目に話を聞いて。
今あなたは、時空の綻びに偶然嵌ってしまい、今までいた時空とは違った時空に飛ばされたの。
私は、そういった事故が発生しないように監視しているの。
でも、あなたのいた世界は、時空管理条約に加盟していない未開世界で、監視の目的は条約加盟世界と偶然繋がって悪影響を及ぼすことを防ぐことなので、常時監視はしてないの。
たまたま、巡回時期になったので、あなたの世界に監視モニターをつないだら、いきなりあなたが、時空の綻びに落ちたじゃない。
まあ、今回は条約加盟世界に入り込んだんじゃないから、放って置いても良かったんだ。
でも、いたいけな少女が、知らない世界に放り込まれてのたれ死んだら夢見が悪いじゃん。
だから、少しでも手助けになるならって、あなたに通信マーカーをつけて連絡をとったの。
簡易マーカーなんで、時空の裂け目のあったところから離れると通信が困難なのよ。」
手助けと聞いて由紀は尋ねた。
「手助けって、元いた場所に戻してくれるのですか?」
「ごめん、それは無理。時空の綻びが閉じちゃったから。
私達の技術でも生物の時空間の移転は、時空間航行船を使わなければできないの。
一個人、しかも条約が異世界の人間の救出に時空間航行船は派遣できないわ。
でもね、物なら送れるの。だから、支援物資を送ってあげる。
私のお腹の中に赤ちゃんがいるのだけど、この子の父親が時空管理局の事務所に迷い込んだあなたの世界の男の人だったの。
結局、私の世界への移住が認められなくて、条約外世界に送られたんだけど、そのとき餞別として贈った物のコピーが丁度手元にあるから贈ってあげるね。
時空管理条約に加入していない程度の文明水準の世界でなら、十分手助けになると思うよ。
今から送るね。そのまま、目の前を見ていて。」
すると、目の前の空間が明るくなり、その中に金属のリングが浮かんでいる。
「腕輪?」
由紀が呟くと、
「そう、腕輪。そこには、二十種類のアイテムと生体維持ナノマシーンアンプルが千本収納されているわ。
素肌の腕につけて、宝石の部分を押すと生体認証されてあなた以外には使えなくなるわ。
装着すれば、使い方は自然とわかるから、早速着けてみて。」
由紀は指示された通り二の腕まで腕輪を通し、腕輪についた青い宝石を押す。
すると、不思議なことに腕輪が縮んで由紀の腕にフィットしたそのときチクッとしたと思ったら、「生体認証が終わりました。」という機械的な声が直接頭に響いた。
「着けたかな?
使い方はわかると思うから、説明は省くね。
言いたいことは、あと二つ。
ひとつは、簡易マーカーの性能の関係で、あなたが移動したらもう私と連絡は取れないし、支援もできないということ。
もうひとつは、あなたが時空の綻びに嵌まる十五分ほど前にもう一人、綻びに嵌まった人がいる痕跡がデータ上見受けられるの。
もし、見つけたら力になってあげて。お願いね。」
そこまで言ったところで、ぷつりとカレンの言葉は途切れ、それ以降由紀のスマホからカレンの声が聞こえることはなかった。
「一方的にしゃべって、切れちゃいやんの。」
由紀は一人愚痴るが、誰もそれを聞くものはなかった。
はじめまして。
読んでいただき有り難うございます。
不慣れな点が多いですがよろしくお願いします。