冒険者ご用達・おっさん料理人グルメの料理は味が濃い
「水のおかわり!」
冒険者の大きな声が食堂内に響いた。
「ハーイ、少々お待ちくださいね」
給仕のブリジットが水差しを持って呼ばれた席に行った。
猫のように真ん丸な目の少女は食堂の人気者だ。彼女を目当てに通う冒険者も多い。
「この料理は味はいいが、少し濃すぎる」
おかわりの水を飲み干して冒険者は言った。
「料理人にもう少し薄味にしてくれって言っておいてくれ」
「文句があるなら、食べなくてもいいんだぞ」
冒険者の背後から声がかかる。冒険者が振り向くと巨大な体にコックコートを着た男。
名物店主のグルメだ。
他の席の冒険者達が「新参者だな」と囁いている。
「俺は、冒険者を退いてから15年。冒険者のために食事を提供し続けている。ちょっと前に冒険者になったような若造が知った口をきくな」
「でも、塩味が濃いのは体に悪いって。味が濃いのが美味しいってのは古いんだ」
冒険者が抗弁を試みた。
「なんだと」
グルメの目に剣呑な光が宿った。その手には包丁がある。冒険者になったばかりの男は迫力に気おされて立ち上がった。
「お客様、お勘定」
心得たようにブリジットが男に支払いを求める。男は代金をテーブルに叩きつけるようにして支払っていった。
「ブリジットちゃん、こっちにも水を頼むよ」
常連の冒険者たちがブリジットを呼ぶ。今の一連のやり取りは彼らがよく見る光景だ。
「ごちそうさん、今日もちょうどいい味だった」
手練れの冒険者達はブリジットが注いだ水を飲み干すと、外へと出ていった。
日はまだ長い。魔物の出る平原でもうひと稼ぎしに行くのだろう。
いっきに人がいなくなる。ブリジットは休憩中の看板を出しに行く。
これから、店主と共に賄いを食べるのだ。
「ちゃんと説明してあげればいいのに」
グルメが作った料理を食べながらブリジットは言う。
「何をだ」
「重い鎧を着て戦う冒険者は、思った以上に汗をかく。塩分や水分が無くなって、倒れてしまう。いえ、最悪死ぬこともある。まだ春だからって油断してはダメだって。だから、この店では味が濃いし、水もただなんだって」
「めんどくさい」
「もお、素直じゃないんだから。誰より冒険者の身を心配してるくせに」
でも、そんなところがいいのだけど。
小さく呟いたブリジットの言葉は届かなかったのか、グルメは自分の作った料理を平然と食べている。
ブリジットも食事を続ける。
その料理は、冒険者に出している料理より、いくぶんか薄くて優しい。