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第9話 出版の条件

「大賞作品は出版されて、印税が賞金みたいなものになるが、おまえのはできない」

「ど、どうしてですか?」

「応募要項にあるようにな、コンテストに応募できるのは、生きてるものだけだ」


 そうだ、チラシに「応募資格:生きていれば大丈夫」って書いてた。


「だがおまえの小説は死の臭いがひどすぎる。これじゃあうちの商品にならない」

「でも、生きていればって」

「だから賞はやる、出版は無理だ」

「どうして……」

「おまえ、ここがどこだかわかってるのか? ヘル出版だぞ」

「はあ」

「はあじゃねえ。うちは地獄の亡者どもに本を売ってるんだ。地獄に堕ちたやつらも本は読むからな」

「そうなんですか?」

「むかしからそうだが、天国に行くヤツよりも地獄に堕ちるヤツの方が多い。ところが近ごろは輪をかけて多すぎる。天国に行くのはだいたい1万人にひとりだ」

「少ないですね……」

「いまにおまえもそうなる」

「ひどい!」


 僕のリアルないきどおりに編集者はニヤリと笑い、はじめておいしそうにタバコを吸った。


「でも、地獄で本なんか読むんですか? 地獄に堕とされたらみんな、釜ゆでとか針の山とか」

「バカかおまえは。そんなこと四六時中やってられるか? すげー数の人間が、ほとんど無限の時間をすごすんだぞ。まあたまにはそういうマネごとくらいするかもしれねえが、いつまでもずっと、おなじことしてられねえだろ。あきるだろ」

「そういうものですか?」

「だから現に俺たちみたいな出版社があるわけだろうが。いまの話がウソだったら、俺たちはどうやって喰ってるんだ? ウソの地獄でっちあげて、本を作ったところで売れねえだろう」

「それも、そうですね。でも地獄の亡者は本を読みますか?」

「読む。ヤツらの唯一の娯楽は読書だ。本以外はなにもねえ。あとはダラダラぐだぐだしてるだけだ」

「それはそれで、つらそうですね……」

「地獄だからな。で、そこで本を売ればもうかるだろ」

「はい」

「だけどな、ヤツらは死んでる。だから死んだヤツの書いた本なんてまったく読みたくねえんだ。生きてるヤツが書いた、生命力のある小説がいちばんの好みだ」

「生命力……あ、だから応募資格に『生きてれば』って!」

「いいぞ、作家らしく頭を使いだしたな」

「へへへ……」

「だから小説大賞をぶちあげて、若くて生命力のある、おまえみたいな学生を何人も入選させたんだ」


 められてうれしくなる。帰ったらザムザに自慢してやろう。


「よし、じゃあつぎの展開も読めるな。受賞第1作を書け」

「え?」

「締切は1ヶ月後だ。1秒でも遅れたら殺すからな」

「ウソでしょ!」

「言ったはずだ。俺はウソと作家は嫌いだ」

「でも……」

「よし、締切は2週間後だ」

「なんで短くなるんですか!」

「たてつくからだ。作家のクセに編集に文句を言うとはな。殺されないだけありがたいと思え」

「でも!」

「よし、あと1週間だ」

「ぐっ!」


 と、こらえる。これ以上なにか言ったら、さらに減らされるだけだ。とにかくまず、なにも言わないようにしよう。


 えて、ひとことも発しないで編集を見つめる。卸屋おろしやさだめ、通称殺し屋の目が、怖いほどよく切れるナイフのようにギラギラ輝いて僕を見る。


 突如とつじょ静かになった僕たちふたりのあいだに、悲鳴だけが入りこむ。拷問されてる作家たちだ。1秒でも遅れたら僕も……。


 ようやく編集者が口を開く。


「よし、あと5日だ」

「なんで減るんですか! しかも2日減りましたよ!」

「その目が気にくわねえ。やる気のある作家の目になりやがった」

「ダメなんですか? これ以上減らされたら書けないですよ!」

「書けなかったら死ぬだけだな」

「も、目的は本を出すことですよね? 作家を殺すことじゃないはずですよ。それなりの時間をくれないと書けないですよ」


 編集は笑ってる。どうして?


「おまえ、作家みたいなこと言うな。ヤツらはみんなそう言うんだ。自分たちが中心だと思ってるからな。いいか、作家が書きたいものを読者が読むんじゃない。読者が読みたいものを作家が書くんだ。この業界の中心にいるのは作家じゃない。作品でもない。読者だ!」


 ビリビリと空気がしびれる。


「作家にあわせて出版スケジュールなんか作れるかよ。逆なんだよ、出版スケジュールにあわせて作家が書くんだ。おまえらは1年やろうが10年やろうが、時間がない、もう少しほしいとぬかしやがる。いいか、好きなだけ時間を使って最高のものを書くのが作家じゃねえんだ、きめられた時間のなかで、できるかぎりいいものを書くのが作家なんだ」


 僕はまだ、編集の目を見つめてた。まばたきひとつ、できないで。


 編集も僕をにらみ返してる。吸わないままずっと持ってたタバコから、灰が落ちる。ちぇっ。舌打ちをして灰をはらうと、


「おまえらは呪われてるんだ」


 編集がぼそりと言う。


「書かないと死んじまう、そういう種族だ。金になろうがなるまいが、められようが、そうでなかろうが、とにかく書かずにはいられない。世のなかには腐るほど娯楽やら趣味やら仕事やらがあるのによ、小説を書くなんて、見返りのねえものを選んじまった呪われたヤツら、それが作家よ。作家ってヤツよ」


 編集はニヤリと笑う。


「おまえもそうだ。だから、おい、いいのものを書けよ」

「はい」


 なぜか応えてしまった。


「よし。締切は5日後、今日を入れて5日だ。遅れたら殺す、わかったか」


 ああ、そうだった……僕はそんなありえない締切を設定されていたんだ。それに、実のところ僕は、うまれてから1文字も小説を書いたことがない。それなのに……。


 ぎゃああああ。


 ひときわ大きな悲鳴が、ヘル出版に鳴り響く。僕のじゃない。だれか別の、締切を破った作家のだ。


 だけどもしかしたら、未来の僕の悲鳴かもしれない。締切を破って、殺し屋の異名を持つ編集者に、血祭りにあげられてる僕の。


 ゾッと寒気が襲う。不安げに編集を見る。


 笑ってる。狂気に満ちた目で、僕を見てる。

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