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第7話 締切に間に合うのか!

 けっきょく、しかばね先生が来ないまま授業は終わり、学校も終わった。

 僕は爆弾をかかえたまま帰宅する。いつもより重いカバンには、例のものが入ってる。


 玄関を開けると、ザムザがちょこんと座ってる。


「ザムザ! 待っててくれたの?」

「うぬぼれるニャ。ネコ缶を運んでくる業者かと思ったニャー」

「そんな業者いるのかよ」

「世界中の、飼い主とやらのことだニャー」

「なんだよ『飼い主とやら』って」

「人間はワレワレを飼ってると思ってるけど、本当に飼われてるのはどっちかニャー」

「ワレワレって言うなよ怖いから」

「ニャハッ」とザムザは笑った。世界一かわいい笑顔だ。


 だけど僕は、部屋までついてきたザムザを閉め出す。


「ニャンだニャンだ、遊んでくれニャいのか?」

「ごめんねザムザ、やることあるんだ」

「ニャンだ小説でも読むのかニャ?」


 ドキリとした。さすが本を読むネコ、するどい(図書室で出会ったんだよ!)。


「ザムザ、ごめんね」


 そう言ってドアを閉めると、ドアの向こうから鳴き声が聞こえてくる。

 ニャー、ニャー。


 胸が締めつけられる。

 コンコンと、せつなくドアをたたく音がする。


 うう……ダメだ。

 僕は机の引き出しからプレミアムネコ缶を出し、ドアを開ける。


「僕は悪い飼い主だね。これでガマンしてね」


 フタを開け、プレミアムネコ缶を置くとザムザは、


「人間はちょろいニャ!」


 そう言っておいしそうに食べはじめる。

 う……。かわいいけど、かわいくないネコだ。


 ともあれザムザは片づいた。僕はカバンから例のものを取り出す。もったいぶった言い方だけど、しかばね先生の小説だよ。


 サッカ部に返しにいこうとも思ったけど、しかばね先生の小説を読んでみたかったんだ。奇妙な妖しさを持つ先生が、どんな小説を書くのか。


 イスに座り、机の上に原稿を置く。あらためて見てみると、表紙に「詩学三十六景」と書いてある。どんな内容なのか想像もつかない。


 表紙をめくろうとして、ふと思う。先生が落としたチラシ、あれは「小説大賞」だったよね。ってことは、この小説を応募しようとしてたんじゃない?


 そうだ。応募するつもりだからチラシを持ってたんだ。

 いま、先生は死んでしまい、小説は僕が持っている。どうしよう……っていうか、するべきことはもう決まってるような気もした。


 僕が代わりに応募する?

 カバンから例のチラシを出す。応募要項を見る。


「締切:6月12日(木)」


 あと6日。そのあいだに小説を読んで、送ってあげれば……。

 あれ? おかしい。なんだろう、この違和感。なにか変じゃない?


 もう一度、応募要項を見る。


「締切:6月11日(水)」


 締切はたしか13日じゃなかった? それに、さっき見たときより日にちが減ってる。

 そんなわけない。もう一度チラシを見る。


「締切:6月10日(火)」


 どういうこと? あと4日になってる。見れば見るほど日にちが減るなんて、そんなバカな! チラッ。


「締切:6月9日(月)」


 やっぱり減ってる! おちつこう、おちつこう。まずは呼吸だ。イスの背に体をあずけ、大きく息を吸って、吐く。


 冷静になれば大丈夫だ。僕は締切とやらに追われすぎてたんだ。1文字も書けないから、締切って文字だけで錯乱してるだけだよね?


 よし、大丈夫。もうふつうになった。冷静に判断できる。

 あらためてチラシを見てみる。


「締切:6月8日(日)」


 そんな、そんな……。もう、またばきをするだけで日にちが減っていく。締切が近づいてくる。


「締切:6月7日(土)」


 またばたき。


「締切:6月6日(金)」


 うわあ! チラシを裏にして、机にたたきつける。


 荒い息が止まらない。冷や汗がダラダラ出てくる。いつのまにか立ちあがってた。ひっくり返ったイスの音が、まくが張ったように遠くから聞こえた。


 今日になっちゃった。「締切」その言葉にゾッとする。


 どうすればいい? もし、もう一度チラシを見て、締切が6月5日になってたら? 締切がすぎてしまったら、しかばね先生の小説も、僕の小説も、間に合わないってこと?


 机の上に横たわるチラシが、いまにも生き返って動きだしそうで、不気味だ。

 恐る恐る、チラシをめくる。


 締切の数字は……


「6月6日」


 変わってない。いや、最初に見たときからは変わってるんだけど、ひとまず今日の日付で止まってる。

 もう何度見ても6月6日のまま。日にちは動かない。


 変わらない数字を見ているうちに、ようやく僕は、状況を理解する。

 僕の小説は、間に合わないんだ。


 今日が締切。それは揺るがない。だから……。

 悲しみと悔しさと絶望感みたいなものが襲ってくる。目の奥が熱くなり、脳みそがジンとしびれる。


 はじめて小説を、書きたかったのに……。


 ドアの開く音がする。

 ザムザがニャアと入ってくる。


「なにかあったかニャ?」


 背を向けたまま、


「なんでもないんだ。ただ小説が、間に合わなかっただけで……」


 ザムザは一度、ニャアと鳴いたまま、なにも言わない。ザムザなりに気をつかってくれてるのかも。

 しばらくしてふり返ると、ザムザはまだそこにいる。


「いいときも悪いときもあるのが小説だニャー。どんな作品も、苦悩と喜びのなかから生まれるんだニャ」

「苦悩と喜びのなかから……」

「リチャード・バックが言ったニャ。『プロの作家とは、書くことをやめなかったアマチュアのことだ』ってニャ」


 ジンと言葉がしみる。リチャード・バックがどんな人かは知らないけど、きっと彼にも苦労があって、その言葉が生まれたんだと思う。ありがとうリチャード。気安く呼んでしまったけど。


 それからザムザにも感謝だ。


「ありがとうザムザ。おまえはいいネコだ」

「ニャニャニャ」


 照れくさそうに笑う。


「でもザムザ、口の横にネコ缶の残りついてるぞ」

「ニャー!」


 ザムザはペロリと舌でなめとって、恥ずかしそうに部屋から飛び出していく。本当にいいネコだ。

 イスを起こして、座りなおす。机に、しかばね先生の小説がある。


 締切は今日。僕の小説はダメだったけど、先生の小説はまだ間に合う。

 そうだ、送ってあげよう。せっかく書いたんだ。このままだと、先生も小説も浮かばれないよ。


 チラシを読むと、応募要項に「住所と電話番号を明記」とある。先生の住所や電話番号なんてわからないよ。

 しかたない、僕の住所と電話番号を書く。あとは封筒に宛先を書いて、先生の原稿を入れて……


  *


 陽が沈んでいく。

 外に出ると、夕方と夜の境目で、赤と紺の世界が入りまじっている。


 僕は封筒をかかえ、だんだん闇に浸食されていく街を走る。

 商店街のはずれ、郵便局に駆けこむと、しかばね先生の小説は「6月6日」の消印を押され、引きとられていった。


 間に合った。このあと集荷され、選別されて、何日かしたら出版者に届くんだろう。それからどうなるか僕にはわからない。賞を取るか取らないかは先生の小説しだいだよね。


 僕の役目は終わった。ほっとして郵便局を出る。商店街を歩くと、夜の冷気が心地いい。


 夕食を買う主婦の姿は消えていて、サラリーマンが、帰宅する時間を引き延ばしたいのか、おもちゃをねだる子供のように居酒屋の前をうろついてる。


 商店街をなかばまで歩くと、左右の店はシャッターをおろしてるけど、一軒だけ、まだ明かりのついてる店があった。本屋だ。


 僕は導かれるように、ふらふらとなかに入る。壁のようにそびえ立つ本棚に、本がぎっしり詰まってる。


 小説を書けなかった僕には、ここにあるすべての本が輝いて見える。1冊1冊が、光を発してるようにまばゆいんだ。


 新しい本とか古い本とか、有名な作家の本とかそうじゃないとか、そんなこと全然関係ない。僕にはわかる。どの本も、すさまじい努力の積み重ねなんだ。


 それまで存在しない、形のなかったものが、作家によって想像されて、何万、何十万の文字として書かれる。しかもそのなかの、ほんのひとにぎりの作品だけが、ものすごい倍率を勝ちぬいて本になる。


 売れる本とか売れない本とか、そんなの関係ない。すべての本が特別なんだ。


 本屋を出た。

 いつかあの本棚に、僕の本を仲間入りさせたい。この気持ち、わかるよね。


 とぼとぼ外に出て、商店街を歩きだすと、背後で明かりが消えた。書店も店じまいだ。

 はあ、とため息をつく。商店街のくもったアーケードを通して空を見ると、月も星もなにもない。暗いだけの夜だ。


 そのとき、携帯が鳴った。

 ポケットをまさぐって取り出すと、知らない番号からの着信だ。


 いつもなら絶対に出ないんだよ。重要な電話なら、またかけなおしてくるだろうっていう理論だ。

 でも僕は、どうしてなんだろう、今日にかぎって電話に出てしまう。


「もしもし……」

「おめでとうございます」

「え?」

「ヘル出版小説大賞、受賞されました」


 なにかが、動きだす。

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