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第6話 まさか、しかばね先生が……

 そんな、しかばね先生が死ぬなんて……。


 こわごわ、近づいていく。先生はピクリともせず、固まったまま。魅力的だった目は白くにごり、まるで死んだ金魚みたい。


「先生」


 目の前まで言って、呼びかけるけど、返事はない。でも、あのしかばね先生が、1年365日死にそうだった先生が、どうして今日にかぎって死んでるの?


「先生……僕、小説の書き方を教えてもらいたくて来たんです……」


 こんなときに、なんてマヌケなことを言うんだって思うだろうけど、だってほかに、なにを言えばいいの?


「せ、先生が落とした小説大賞のチラシ、あれに応募したくて。だから先生、起きてください」


 肩をそっと押してみる。起きてくださいと言って、本当に起きてきたら怖いけど……でもいまは、そうするしかないよ。


 先生は起きる気配がない。僕が押したせいで、目に前髪が入ったけど、まばたきひとつしない。うつろなまなざしで、虚空こくうをながめてる。


 い、生きていれば絶対、反射でまばたきするよね。なのに先生は、まったく無反応。

 本当に死んでるんだ。いま目の前にあるのは、しかばね先生のしかばねなんだ。


 た、たいへんだ!


 あとずさりして離れる。先生はじっとくうをながめてる。見えているのはこの部屋じゃなく、あの世なのかもしれない……。


 ドアまでやってきた。外に飛び出そうとドアを押すと、風が猛烈に入ってくる。


 うわっ! 風をあびてドアがバタンと閉まる。


 なんなんだいったい! ふり返って部室を見ると、どうしてだろう、天井近くの窓が開いてる。ねえたしか、さっきは閉まってたよね?


 窓が開いてるから、ドアを開けたとたん廊下から風が入ってきたんだ。

 バサバサ! 音がする。見ると先生の腕の下で、なにかが風に吹かれてる。


 近寄って見てみると、原稿用紙の束だ。何十枚、何百枚かもしれない。のばした腕が文鎮代わりになって、飛ばされなかったらしい。


 いちばん上の紙に「鹿羽根はじめ」と名前が見える。これって先生の名前? ってことはもしかして、先生が書いた小説?


 どんな小説を書いたんだろう。がぜん興味がわいてくる。だってそうじゃないか。

 ごめんなさい……。心のなかで謝りながら、先生の腕の下から原稿を引きぬく。


 ズシリと手ごたえがある。積みあげた創作の重みだ。これを書くのに、どのくらいかかったんだろう。

 表紙をめくり、1枚目を読もうと思っ――


 ズルッ。音がした。きぬれのような、土砂崩れのような。

 なんだろう? 不思議に思って音の方を見ると、しかばね先生が動きだしてる。


「うわああ!」


 尻餅をついて、あとずさる。


「先生! 生きてたんですか!」


 しかばね先生は、だらしなくおじぎするみたいに、体を机の端にすべらせて、いまにもひっくり返りそうだ。


 生きてるんじゃない、生き返ったわけでもない。原稿を引きぬいたときにバランスがくずれ、原稿でたもたれていた死の均衡が、僕によって破られたんだ。


 なんてかっこいいことを言ってる場合じゃない。だって先生はマリオネットみたいにガクンとうなだれ、そのまま前かがみに倒れてくんだ。


 まずい、まずい!

 先生の体が投げ出され、プールに飛びこむみたいに、頭から落ちていく。


 ゴン! いやな衝撃音が響く。顔をそむけた僕は、もう走りだしてる。力いっぱいドアを開け、逆風にさからって、廊下に飛び出す。暗い廊下を、走る、走る。


 先生が……先生が……。


  *


 教室にたどりついた僕は、荒ぶる息をととのえ、なんとか平穏な日常にもどろうとする。まわりはいつもの教室だ。しゃべったり、はしゃいだり。


 ようやく僕は、手のなかにあるものに気がついた。

 原稿用紙。しかばね先生の小説を、持ってきちゃった。

 なんだか、いやな予感がする。


 午後の授業は国語から。だけどしかばね先生は現れない。

 みんなはじめは、先生遅いな、くらいのつぶやきだったけど、時間がたつごとに、だんだん大きなざわめきになっていき、


「このままいけば自習じゃネ?」


 新井葉あらいばしょうがうれしそうに言うと、予期せぬプレゼントにみんなは浮かれはじめる。


 僕だけが知ってるんだよね。しかばね先生は死んで、いまも地下のサッカ部で、冷たい床に倒れてる……はずだ。


「もしかして、なんかあったんじゃない?」


 星良せいらの声がした。

 ドキッとする。


「だれか職員室、見てきなよ」


 星良は自分から行く気はないみたいだ。


「オレが行ってこようカナ~」


 新井葉が立ちあがったとき、ドアが開く。視線がいっせいに集まる。

 まさか……しかばね先生が……


 食い入るように見つめると、そこにいたのは、老いたゴリラみたいな学年主任の先生だった。


 ガクッと力がぬける。名前を書くほど重要人物じゃないので、ここでは老ゴリラとでも書いておくけど、ともかく老ゴリラは廊下を歩いてて教室のざわめきに気づいたらしい。


 新井葉が老ゴリラにテキパキと事情を伝え、ポイントをかせぐ。老ゴリラはいったん職員室に行ってもどってくると、クラスに自習を告げた。


 わっと歓声があがった。

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