第5話 サッカ部へ、おりていく……
「そうして月日は流れたニャ。今日がいよいよ締切だニャ~」
「なに言ってんだよ、まだだよ!」
ザムザはニャーと笑いながら部屋から出ていく。
でもザムザが言うように、時間はたってしまった。今日は6日。あれから5日がすぎた。
そのあいだ僕は何度も小説を書こうとしたけど、まったくダメ。小説大賞の締切まであと1週間なのに、このままじゃ絶対書けるわけがない。
まずい。僕にはもう、最後の手段しか残されていない。
*
午前の授業を終えて、昼休み。みんな楽しくご飯を食べてるけど、僕はそれどころじゃない。
立ちあがって教室を出る。2階から1階へおりると、目の前に玄関がある。でも外に出るわけじゃないよ。
廊下は両端に階段があって、いまおりてきたのが通称「A階段」。明るく人通りが多い。そして僕が向かおうとしてるのが「B階段」。いつも暗く、じめじめしていて、生徒はほとんど近寄らない。
廊下を歩いていく。向こう端が近づいてくる。左に図書室、右にB階段がある。ほら見て、暗いB階段がパックリ口を開け、僕を待ちかまえてる。
どうしてこんな場所に来たのか。それはB階段だけが唯一、地下に通じているからなんだ。この階段の先に、僕の目的地がある。
階段をのぞきこむ。地下の深淵が見返してくる。弱々しく光る蛍光灯が、いつ消えるかわかない。まるで死にかけの光のように。
死にかけ……。
そう、書けない僕の最後の手段。いつも死にかけで弱々しいけれど、小説の書き方を教えたときだけ、圧倒的な輝き見せた人――
しかばね先生。
先生に小説の書き方を教えてもらうんだ。僕はあの輝きを、超新星のようなまばゆさを忘れてない。
「超新星」の言葉の使い方あってるかなあ? なんて思いながら階段をおりていく。1段おりるたびに気温が1度さがっていくような。だんだん身の毛がよだってく。えっと「よだつ」ってどういう意味だっけ。
地下1階におりたつと、ブルブルッと体が震えた。
まるで病院の地下のような、静まりかえった廊下。昼間とは思えないうす暗さで、ゲームなら絶対、幽霊とかゾンビとか出てくるよね。
僕はひとつ息を吐く。
しかばね先生に会いに行くんだ。
心に灯った炎は、まだ消えていない。僕は1歩踏み出した。前に歩きはじめる。
さびしい足音が廊下に響く。物置として使われてる教室、廃部になった部室の残骸、その前を通りすぎる。
ぎゅっと手を強くにぎる。廊下の先に、唯一、部室として使われてる部屋があるんだ。先生はその部活の顧問で、いつも部室にいるというウワサで……
「サッカ部」
それが部活の名前。こんな部活、聞いたことないよね。小説を書くっていう文芸部みたいなものだけど、人気がなくてだれも入らないんだ。なので「サッカ部」なんて名前をつけたらしい。えーと、「サッカー部」と間違えると思ってね。
もちろん、そんなセコい作戦に引っかかる人なんていない。だれも入部せず、いまは幽霊部員がいるくらいで、活動してる部員はゼロ。今年にも廃部が決まるというウワサで、しかばね先生同様、サッカ部も死にかけなんだ。
廊下のいちばん奥に、たどりつく。ここだ。この世の終わりのような場所に「サッカ部」という小さなプレートがかかったドアがある。
天井の蛍光灯が、不気味さを演出するようについたり消えたりしてる。そのたびに「サッカ部」という文字が消えたり現れたりを繰り返す。
いつか、光が消えて、またもどったときに、目の前になにか現れるんじゃないか。
怖くなって、すばやくドアをノックする。
コンコン!
返事はない。
もう1度ノックする。
無反応。
「せ、先生……」
か細い声で呼んでみる。もしかして、いないのかも。
どうしてだろう、僕はいまホッとしてる。逃げる口実ができたから? だって怖さと不安が、いつのまにか僕の足をつかんでいるんだ。わかる? この気持ち。
教室にもどろう。教わるのはまた今度にしよう。
僕は弱気に負けた。ドアに背を向け――
ぎぃぃぃ。
え? いま、音がしたよね?
ふり返る。ドアが少し、開いてる。
震える手をのばす。ドアノブをそっとさわった瞬間、ドアがスーッと開く。向こうからだれかが押したみたいに。
先生、いるの?
「せ、先生……」
ドアのすきまから、部室をのぞく。なかはモヤがかかったみたいにうす暗い。明かりは天井近くにある窓だけ。そこから光がおりている。
そのとき、サッと影が差す。ひえっ! 部室が一瞬暗くなって、すぐに明るさがもどる。
だれかが窓の前を通ったんだ。白い天使の羽がついた靴が見えたぞ。
そうか、わかった。窓はとても高いけど、あそこは地面とおなじ高さなんだ。だから僕は、地下から地上を仰ぎ見てるんだ。
ゆっくりと、なかに入る。部室は縦長にのびた、せまい長方形。天井だけが異様に高く、なんか、墓穴のなかに入った気分だ。
部室の左右には、さすがサッカ部らしく高い本棚がそびえて、本もびっしり入ってる。だけどそれ以外に物は少なく、ガランとしてる。
あ、いた。しかばね先生を見つけた。
ドアからまっすぐ突きあたり、机とイスがあって、先生がダランと座ってる。机に上半身を投げ出して、のばした片腕をセルフ腕枕みたいにして、こっちを見てる。
いるなら、なにか言ってくれたらいいのに。
「あの、先生……」
僕は先生に近づいてく。
先生は動かない。まばたきをせず、じっとこっちを見つめてる。
「先生、僕、小説の書き方を――」
ようやく、僕は気づいた。
そんな、そんな……。言葉が出ない。激しい動悸がドキドキドキドキ、止まらない。
まさか、こんな……。
しかばね先生が、死んでる。