第3話 小説大賞? 出版化?
その声で、金縛りがとけた。
みんないっせいに動きだす。まるでなにごともなかったかのように、立ちあがったり、おしゃべりしたり、いつもの教室にもどる。
僕はしかばね先生の言葉に打ちのめされてるよ。
「小説もコミュニケーション」
でもまだ、その言葉の意味を理解できていないんだ。
星良が黒板まで走っていく。小動物のようなすばやい動きで、なにをするのかと思ったら、黒板の文章の下に「by 新井葉翔」と付け加える。
あわてて新井葉も走っていく。スクールカースト上位組がはやしたてると、新井葉は「うるせー」と笑いながら黒板を消す。
楽しそうだ。あんな一件があったのに、新井葉たちは、はやくもそれを愉快なできごとに変えてしまってる。
黒板を消し終わった新井葉が、教壇の横でしゃがみこんだのが見えた。ふたたび立ちあがると、紙を持っている。あれ、なんだろう?
新井葉は、笑いながら紙を星良に見せる。星良は無関心に廊下へ歩いてく。新井葉はあとを追いながら、紙をゴミ箱に捨てた。
わかった。あれはしかばね先生のだ。教室を出るときにスルリと落ちたの、見たよね?
新井葉がいなくなって、僕はドア横に行く。ゴミ箱から取り出してみると、どうやらこれ、なにかのチラシみたいだよ。
平静を装って自分の席にもどるけど、心臓はドキドキしてる。くしゃくしゃのチラシをゆっくり開く。いきなりドンと、大きな文字が飛びこんでくる。
「出版社 小説大賞!」
赤い文字が、血のように鮮烈だ。その下に、「大賞受賞作は出版化! あらたなる才能求む!」の文字。
ガツンと殴られたみたいに、目の前が真っ白になる。それからだんだん、景色がもどってくる。いつもの教室、クラスのざわめき。
頭をふって、クラつく意識を引きもどす。もう一度チラシを見る。
白いチラシに赤や黒の文字がおどってる。「小説大賞」ってことはコンテストだよね。大賞になった小説は本になるらしいよ。
締切は、「6月13日(金)」と書いてある。えーと、今日は1日だから、あと12日だ。小説を書いたことのない僕には、12日が長いのか短いのかわからないけど。
チラシを読むと、募集してる枚数は「不問」。内容やジャンルも「不問」。あらゆることが「不問」だらけ。ってことは、なにか書いて13日まで間に合えば、僕も応募していいってこと?
応募資格の欄を見る。ほかは「不問」なのに、ここだけ規定があった。
「応募資格:生きていれば大丈夫」
どういうこと? 「生きていれば」って。でも、とにかく僕は生きてる。それは間違いない。
急にまわりが明るくなったような気がする。きっと、雲に隠れていた太陽が顔を出しただけなんだろう。だけど……。
気持ちがどんどん晴れやかになっていく。気分が高揚する。なんだろうこの気持ち。
突然むしょうに小説が書きたくなった。体のなかからムクムクと、抑えきれない衝動がわきあがる。
もしかして、これが世に言う「創作意欲」ってやつ? 僕のなかに灯った、永遠の炎。
小説を書こう。うん、小説だ。
人生が少し、動きだしたような気がした。